シカによる水稲被害が深刻化している千葉県房総半島南部において、約350軒の稲作農家を対象とした聞き取りアンケート調査から、シカによる水稲被害のレベルを定量化し、それをシカの局所密度と水田周辺の景観構造により説明する統計モデルを構築した。その結果、被害レベルはシカ密度に加え、対象水田から半径400m以内の景観構造により影響を受けていることが明らかになった。具体的には、水田周囲の森林率の増加に伴い被害は大きくなること、またシカの高密度地域では周辺景観の林縁長が長いと被害が軽減される傾向があることがわかった。この空間スケールは、既往研究から示された房総のシカの行動圏や食物の質、妊娠率が決まる空間スケールとほぼ一致していた。次に統計モデルを用いて被害が軽度に維持されるシカ密度をシカ分布域とその周辺を含めた地域で推定し、水稲被害のリスクマップを作成したところ、被害が軽度に維持されるシカ密度は地域の景観構造により大きく異なることがわかった。異質な景観構造をもつ地域では、こうしたリスクマップと現在のシカ生息密度とを比較し、短期的な捕獲目標個体数を局所レベルで定めることで、被害防除努力をより効率的に配分することができるだろう。