人間科学
Online ISSN : 2434-4753
実践報告
スタジアム観戦者調査のデジタル化:質問紙調査との比較からみたメリットとデメリット
福田 拓哉
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2020 年 2 巻 p. 107-113

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抄録

本研究は,プロスポーツの試合観戦者調査において,質問紙をタブレットPCに置き換えることで生まれるメリットとデメリットを明らかにするものである。費用,雨天時,電波環境といった対応すべき課題が見つかったものの,調査精度の向上,調査員の負担軽減,調査結果の即時的な報告とデータ共有,各種作業の省略という効果が得られた。それにより,調査全体に要する時間を従来から55.5%削減することができた。

Abstract

This study clarifies the merits and demerits of replacing questionnaires with tablet PCs in professional sports game spectator surveys. Although there are issues to be dealt with such as cost, rainy weather, and radio wave environment, it became clear that Digital survey is enabled researchers and business parsons to improve survey accuracy, reduce burden on investigators, immediate reporting and data sharing of survey results. As a result, the survey time was reduced by 55.5%.

1. 背景

試合会場での観戦者を対象としたアンケート調査は,スポーツマーケティングの実務と研究の両面において欠かせない重要資料の1つである1)。わが国における代表的な資料として,Jリーグ観戦者調査がある2)。これは,Jリーグが全国の大学・研究者との協力関係に基づき,加盟クラブのホームゲームにおいて,年1回実施する公式調査である。結果は,2004年度から公開されており,Jリーグ全体の観戦者の動向を把握する貴重な資料として用いられている。

筆者も2010年より,実査協力者として当該調査に関与しており,今年度は6月に10回目となる調査を終えた。また,Jリーグ観戦者調査以外でも,これまで試合会場での観戦者を対象とした複数のアンケート調査を行ってきた。

こうした中,従来の質問紙を用いる観戦者調査は後述のとおりサンプルの代表性や欠損値の多さ,データ入力の際に膨大な時間がかかるといった問題点がある。そのため,調査過程の一部をデジタル化することによって,調査結果の正確性を高めると同時に,調査対象クラブへのフィードバックの即時化と,調査員の作業負担を図れるのではないかと着想した。その効果を検証するとともに,メリットとデメリットを明らかにしたいという課題意識が本研究の背景に存在している。

2. 目的

上記課題意識に基づき,本研究はプロスポーツの試合会場で実施される観戦者を対象としたアンケート調査をデジタル化する際のメリットとデメリットを,従来の質問紙調査との比較によって明らかにすることを目的とする。

3. 従来型質問紙調査の課題

(1) 一定割合の欠損値

観戦者調査では,回答者の記入漏れや無回答等により,調査データのある調査項目のデータが欠落する場合があり,これを欠損値という3)。欠損値は,調査データを分析・解析する際に,統計学的な検出力の低下,バイアスのある推定結果,データの代表性低下といった影響を及ぼすことが指摘されている3)4)

試合会場での質問紙調査は,調査員が回収時に記入漏れ等がないか確認するものの,全てを細かく行うことは時間的にも不可能である。そのため,一定割合での欠損値が発生する。表1は,2015年から2019年までに筆者が担当したJリーグ観戦者調査における必須回答項目での欠損値発生率の一覧である。過去5年の欠損値発生平均は4.2%におよび,項目ごとの欠損値発生平均は最小で0.2%,最大で25.5%となっている。この数値が調査全体に与える影響に関しては統計学の専門家に委ねるとして,毎年の調査で一定の欠損値が発生していることが明らかになった。

表1  Jリーグ観戦者調査(2015–2019)における欠損値発生率
2015年
(n=426)
2016年
(n=471)
2017年
(n=492)
2018年
(n=451)
2019年
(n=444)
平均
 1)性別 0.2 0.4 0.2 0.0 0.0 0.2
 2)年齢 1.2 2.1 1.6 1.1 0.0 1.2
 3)都道府県(市区町村) 3.3 2.5 1.6 0.7 2.7 2.2
 4)婚姻状況 2.6 3.6 7.1 0.0 6.1 3.9
 5)昨年度スタジアム観戦数 3.8 2.1 15.4 6.0 11.9 7.8
 6)応援クラブ 0.9 1.1 1.8 0.0 0.0 0.8
 7)所要時間(片道) 2.8 1.3 1.4 2.2 2.9 2.1
 8)同伴者数 0.7 0.4 7.1 10.8 4.1 4.6
 9)同伴者種別 0.5 0.0 3.7 1.8 1.6 1.5
10)情報入手経路(前半) 0.5 0.2 1.0 0.2 0.7 0.5
11)情報入手経路(後半) 24.6 17.2 25.4 10.2 18.0 19.1
11)チケット種別 0.7 1.1 1.0 1.8 1.1 1.1
12)テレビ観戦頻度 6.6 2.5 4.5 14.0 9.2 7.4
13)Jリーグスポンサー認知 6.6 6.4 7.5 4.2 4.5 5.8
14)自由裁量所得 25.8 20.4 30.1 25.5 25.9 25.5
15)スタジアム観戦歴 1.4 2.8 5.7 2.7 4.5 3.4
16)勧誘行動 2.6 2.5 2.4 0.4 0.7 1.7
17)被勧誘行動 5.4 5.3 4.5 1.8 0.7 3.5
18)スタジアムで合う仲間 4.0 8.1 6.9 4.0 2.5 5.1
19)ネット上で交流する仲間 4.7 4.9 5.9 2.4 0.9 3.8
20)観戦動機_1 5.2 4.9 7.3 2.2 3.6 4.6
20)観戦動機_2 6.6 5.1 9.6 3.8 3.8 5.8
20)観戦動機_3 3.8 1.9 4.7 1.8 3.8 3.2
20)観戦動機_4 4.7 4.7 6.1 3.5 4.1 4.6
20)観戦動機_5 2.8 3.6 4.1 0.7 2.7 2.8
20)観戦動機_6 2.3 1.9 4.9 1.8 3.2 2.8
20)観戦動機_7 4.0 3.0 5.7 2.2 3.4 3.7
20)観戦動機_8 4.9 5.3 7.3 3.5 3.8 5.0
20)観戦動機_9 5.6 8.3 9.3 5.5 2.7 6.3
20)観戦動機_10 4.5 5.1 8.3 3.5 4.1 5.1
20)観戦動機_11 3.8 3.8 7.5 3.1 3.6 4.4
20)観戦動機_12 4.2 3.4 5.7 2.7 3.6 3.9
20)観戦動機_13 4.7 4.9 6.5 2.9 3.2 4.4
21)社会的評価_1 2.1 2.1 2.4 0.4 1.1 1.6
21)社会的評価_2 2.3 2.1 2.2 1.1 0.9 1.7
21)社会的評価_3 2.3 2.8 1.8 1.1 0.7 1.7
21)社会的評価_4 1.4 1.7 2.4 1.8 0.9 1.6
22)ファンロイヤルティ_1 0.9 1.1 1.6 0.7 0.0 0.9
22)ファンロイヤルティ_2 1.4 3.2 1.8 1.3 0.7 1.7
22)ファンロイヤルティ_3 1.2 1.1 2.0 0.9 0.9 1.2
欠損値発生平均 4.2 3.9 5.9 3.4 3.7 4.2

(出所:筆者担当調査データを加工)

(2) コード化およびデータ入力の時間と正確性

続いて,試合会場で回収した質問紙をコード化し,表計算ソフトに入力する作業においても大きく課題が2つある。1点目は,莫大な時間がかかることである。筆者が担当した2019年度のJリーグ観戦者調査(福岡)では,質問自体が28分野171項目におよんだ。そもそも,この分量自体が大きな問題ともいえるが,この多岐に渡る項目を一定のルールにしたがってコード化し,表計算ソフトに入力しなければならない。通常,これらの作業は調査員が手作業で行うため,誤ったコードを付与したり,質問紙から表計算ソフトに転記する際に誤入力したりすることもある。これらを確認,修正するだけでも莫大な時間を要することが容易に想像できよう。こうしたことが,調査結果自体の正確性や,調査対象への即時的なフィードバックに悪影響を及ぼしている。

(3) QRコードを用いた調査の限界

上記の課題を克服するため,観戦者にウェブアンケートへの回答を依頼する手法も取られている。ウェブアンケートであれば,記入漏れを予防できると同時に,調査結果を瞬時に確認し,対象クラブと共有することも可能だからだ。具体的には,入場の際に観戦者に配布されるマッチデープログラムや,別途作成・配布される回答依頼状にウェブアンケートサイトへのアクセスを可能にするQRコードを掲載し,観戦者を誘導する方法が取られることが多い。

しかし,プロ野球公式戦で同様の手法を用いた杉浦・福田(2012)5)によれば,アンケート回答者は全体の0.4%(入場者18,160人中65人)であったことが報告されている。そのため,この手法では標準誤差5%,信頼水準95%をクリアする統計的に十分な回答数6)を得ることが極めて難しいことがわかった。対応策としては,回答者に対して景品等のインセンティブを与えること,従来の質問紙調査のように,調査員が直接口頭で回答を依頼することの2つが考えられるが,前者は付加的な費用負担の問題が発生するため,後者が現実的な対応策といえよう。

(4) 回答者の偏り

試合会場での質問紙調査においては,回答者の偏りを指摘するものもある。株式会社NTTドコモ,スマートライフ推進部スポーツ&ライブビジネス推進室パートナー協創担当部長の石村彰啓氏は,Jリーグ観戦者調査を管理する株式会社Jリーグデジタルでコミュニケーション戦略部の部長を務める杉本渉氏との対談の中で次のように語っている7)

「(中略)Jリーグは『スタジアム観戦者調査』というのを15年くらい行っておられるんですが,その結果を見ると,スタジアム来場者の観戦回数は年平均11.6回というデータが出ています。ところが,NTTドコモのデータで位置情報をベースにアンケートを取ってみると,全く違う数字が出たんですね(図1)。(NTTドコモの調査では)スタジアムに来た人をサンプルにして,その人たちに「あなたは年に何回観戦に行っていますか」と後から聞いています。一方でJリーグの観戦者調査は,キックオフの2時間前くらいから人手でアンケートを取っています。2時間前にスタジアムに来られる方は,コアファンが多いですよね。するとサンプルがコア層に偏りがちになってしまう。」

図1 Jリーグ観戦者調査2017における回答者の偏り

(出所:SOCCER KING;https://www.soccer-king.jp/news/japan/20190422/930647.html.より転載)

このように,従来の質問紙調査では,観戦者の回答取得時間が考慮されておらず,開門と同時に入場する,よりコアな観戦者に回答が偏る傾向があることが指摘されている。これは,調査の信頼に関わる極めて重要な指摘であるが,従来の質問紙調査では,回答時間を正確に把握することができないため,十分な検証がなされていない。

4. 調査方法

上記の課題解決に向け,本調査では従来型の質問紙調査と,後述の通り,過程の一部をデジタル化した調査の2種類を実施し,双方の各過程で生じる作業や時間を計測し,比較することとした。従来型の質問紙調査は2019年6月16日(土)に開催されたJリーグ・アビスパ福岡対柏レイソル戦(18:03キックオフ,調査時間16:00–17:50),一部過程をデジタル化した調査は,2019年4月21日(日)に開催されたBリーグ・ライジングゼファー福岡対名古屋ダイヤモンドドルフィンズ戦(14:05チップオフ,調査時間12:00–14:00)と,2019年5月12日(日)に開催されたNPB・福岡ソフトバンクホークス対千葉ロッテマリーンズ(13:00プレーボール,調査時間11:00–13:00)に実施した。

(1) デジタル化する過程と内容

前述の質問紙調査の課題を踏まえ,調査過程の大部分を図2のとおりデジタル化した。要点はタブレットPCとウェブアンケートシステムの利用である。

図2 

本調査でデジタル化した過程

これにより,従来の質問紙調査では欠かすことのできなかった調査票の印刷,コード化,データ入力,報告書の作成といった過程を省略した。一方で,十分な回答数を確保するため,実査における調査員から観戦者への口頭での依頼は従来どおり実施することとした。

(2) デジタル調査の機器とウェブアンケートフォーム

タブレットPCは4G回線を通じてインターネットに接続できる状態のものを80台準備し(iPad Mini:60台,iPad:20台),後述の通り各会場にあわせて文言を修正した同一のウェブアンケートフォームにアクセスできるようにした。その状態のタブレットPCをBリーグの調査では調査員20名に5台ずつ,NPBでの調査では80名の調査員に1台ずつ持たせた。なお,ウェブアンケートサービスはクエスタントの通常プランを用いた。

(3) 調査内容

本調査の目的は,プロスポーツの試合会場で実施される観戦者を対象としたアンケート調査をデジタル化する際のメリットとデメリットを,従来の質問紙調査との比較によって明らかにしようとするものである。そのため,回答者の属性や各項目の平均値等の比較は別の研究に譲ることとし,主に質問紙調査と,一部デジタル化した調査の各過程でかかった時間や作業等を比較に重点を置くものとする。

なお,各調査の調査項目はJリーグ観戦者調査2019(福岡)に依拠し,その上で必要に応じて適宜文言を修正し,可能な限り質問項目の内容と数を同じくするようにした。また,いずれの調査も,Jリーグ観戦者調査の実施方式に則り,集合配布法(自記式)により回答を集めた。

5. 結果と考察

(1) 回答数

各調査の回答数は,タブレット端末を使用したBリーグ・ライジングゼファー福岡戦が340(来場者3,208人),NPB・福岡ソフトバンクホークス戦が384(来場者40,178人),質問紙を用いたJリーグ・アビスパ福岡戦が444(来場者10,348人)となった。

(2) 各過程の比較

全調査を通じて,調査設計から報告書の作成・提出に至る各過程の時間を計測し,さらに具体的な作業を比較した(5分単位)。表2はその結果をまとめたものである。

表2  質問紙調査とデジタル調査との比較
ライジング
(デジタル)
ホークス
(デジタル)
アビスパ
(質問紙)
調査項目作成 Jリーグ観戦者調査共通項目を基に,
先方担当者と2回ほどメールで調整・確認
調査表の作成 レイアウト:180分
※コード化確認含む
レイアウト:60分 レイアウト:120分
印   刷:60分 
iPad準備 SIM挿入:120分
(80台分3名にて)
調査実施(当日) 事前準備:60分 
実  査:110分
事後処理:15分 
事前準備:60分 
実  査:110分
事後処理:50分 
コード化・入力 300分
分析(単純集計) 0分 300分
(確認・修正含む)
報告書作成 0分 90分
データ納品 ウェブサイト上で調査結果を共有 メールに添付送信
欠損値発生率 0%(異常値は2,3アリ) 3.7%(表1

当初の想定と異なるものとして,80台のタブレットPCに4G回線を使用するためのSIMを各端末に差し込む作業が発生した。この作業に3名が取り掛かり,120分を費やした。

それ以外の過程では,一部過程をデジタル化した調査のほうが,より短い時間で済んでいることが理解できる。調査票の作成こそ,最初のレイアウトが必要なライジングゼファー福岡の調査において180分を要しているが,ほぼ同じ内容と項目を用いた福岡ソフトバンクホークスでの調査に際しては,この内容をコピーした上でチーム名や競技名等の修正,コード化の確認のみを行ったため,60分で終えることができた。

何より,デジタル調査は終了と同時に単純集計結果をグラフ化でき,その後の分析も可能になることから,質問紙調査と比較して圧倒的な時間短縮と調査員の作業負担を軽減することができた。具体的には,質問紙調査が合計で1,090分かかったところを,デジタル調査は485分となり,作業時間を55.5%削減できた。

また,分析結果やロウデータをウェブ上で共有することもでき,URLを担当者にメール送信するだけで即時的にフィードバックを終えることもできた。さらに,質問紙調査と比較して,回答必須項目に欠損値が発生することがなかったため,調査の精度を高めることにもつながった。

(3) デジタル調査のメリット

質問紙調査と比較した場合,本研究で示した方法でのデジタル調査には次のメリットがあることがわかった。

1) 調査票の印刷が不要であること

調査開始まで,ウェブアンケートシステム上で調査票の修正が可能となる。調査実施クラブと直前まで調整が必要な場合,クラブ側担当者と研究者の双方にとって時間的な余裕を確保することにもつながるため,このことは重要な点である。また,印刷の時間や手間を省くこと,さらに紙資源の保護にも繋げられる。

2) 調査精度の向上

ウェブアンケートシステム上で予め設定しておけば,必須項目の記入漏れを自動でチェックし,回答者に対して入力を求めるように注意喚起できる。そのため,欠損値が抑制でき,結果的に調査精度が向上する。ただし,ロウデータに基づく異常値の確認は忘れてはならない。

3) 負担とミスが多い作業の省略

ウェブアンケートシステムを用いることで,調査内容のコード化・入力を省略できる点である。また,調査終了と同時にシステム上で単純集計結果をグラフ化でき,それらをウェブ上で共有できる。そのため,調査員の作業,人件費,研究者のデータ確認作業,分析,報告書作成作業,調査対象クラブにおける報告書到着までの時間を従来と比較して大きく削減・省略することができる。

4) その他

上記のほか,タブレットPCを活用することで質問項目文章の文字の大きさを容易に拡大できる点は,視力が衰えてきた観戦者にとっても便利な点であった。回答の様子を観察していると,画面を2本の指でピンチアウトし,画面を拡大している様子が数多く観察された。これも質問紙では行えない,タブレットPCならではのメリットといえよう。

(4) デジタル調査のデメリット

デジタル調査には多くのメリットがある一方で,次のようなデメリットが存在することもわかった。

1) 費用

本研究では,4G回線に接続可能なタブレット端末(iPad)80台を1ヶ月レンタルしたところ,その金額は34万200円であった。質問紙を用いるJリーグ観戦者調査において,リーグからの受託料が1件あたり29万1,600円(調査設計費,調査員人件費,交通費,印刷費等含む)となっていることを鑑みると,今回のデジタル調査は金銭的な負担が大きいことが理解できる。そのため,本研究ではレンタル契約期間である1ヶ月の内に,2度のデジタル調査を実施し,1回あたりの調査費用を下げることとした。

さらに費用を圧縮するためには,より安価なタブレット端末をレンタルすること,そうした端末を買い取り,5年ほど活用して償却すること,全機種を個別にインターネット回線をつなぐのではなく,スタジアムWi-Fiへの接続や,10台単位で1台のポケットWi-Fiに接続させるなどの方法が考えられる。

2) 質問量が多く感じられる

デジタル調査は質問紙調査と異なり,画面に全項目を一度に表示することができない。そのため,調査票の終わりが確認できないことで,回答者が「長い」と感じる割合が高まるようだ。実際,デジタル調査を実施した2会場では,同様のクレームが質問紙を用いた会場よりも2倍ほどの20件に達した。

したがって,デジタル調査では質問紙調査よりも項目数を絞り,回答者が抱く心理的ストレスを軽減させることが重要になるだろう。

3) 機器故障・紛失のリスク

本調査では,タブレットPCのレンタル代に機器の故障や紛失に対応できる保険が含まれていたものの,調査員にとってはその管理が気がかりとなる。故障に関しては機器の落下が想定できたため,防止用のストラップを全機器に取り付けることとした。そのため,2回の調査を通じて落下による機器の故障は発生しなかった。

一方で,回答を依頼した回答者が座席から移動することで,預けた機器の行方を見失う事案が1件発生した。試合終了後,この機器は無事に発見されたものの,こうしたリスクは質問紙よりも遥かに高くなった。

4) その他

上記3点のほか,本調査では影響を受けることがなかったが,非防水端末を活用する際の雨天時の対応や,機器の充電,電波環境の悪さといった問題も想定される。特に十分な広さの屋根がない屋外競技で,なおかつ電波状況の悪い山間部の試合会場では,防水処理が施された機器や,端末本体に回答データが保存される機器を使うといった対応が必要になるだろう。

6. まとめ

以上を整理すると,本研究で実施した従来の質問紙をタブレットPCに置き換える観戦者調査は,調査精度の向上,調査員の負担軽減,調査結果の即時的な報告とデータ共有,各種作業の省略とそれに伴う時間短縮といったメリットを生み出すことが明らかになった。これは,調査に関わる研究者や調査員だけでなく,フィードバックを必要とする調査対象クラブにとっても大きな利点といえよう。

その一方で,高額な費用,質問紙と比較して項目が多く感じられる点,機器の故障と紛失のリスク,雨天時および電波状況の悪さへの対応といったデメリットも発生することがわかった。これらについては,今後機器自体の価格やレンタル料金の低下に期待するか,調査管理主体が各会場で用いる機器を一定台数用意し,それを順番に各会場で用いるといった方法も考えられよう。また,回答へのインセンティブを用意することで,回答者自身のスマートフォンやタブレットPCからウェブアンケートサイトにアクセスしてもらう方法もあるだろう。これについては,調査員がウェブアンケートサイトへのアクセスを可能にするQRコードを携帯すれば比較的容易に実施できるものと考える。

このように,現状はデメリットもあるものの,それを克服する方法も見えてきている。何より,調査精度の向上および調査結果の即時的な報告とデータ共有は実務家と研究者の双方にとって大きなメリットであり,今後のビジネスと研究の発展に大きく貢献するものと期待できる。そのため,より詳細な調査データの比較分析を行うとともに,今後はこの方式での観戦者調査普及に努めていきたい。

付記

本研究は,令和元年度KSU基盤研究(K072247)の助成を受けたものである。なお,本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない。

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