印度學佛教學研究
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『阿闍世王経』第4章をめぐる編纂事情
――第4章は元来独立したテキストか否かをめぐって――
宮崎 展昌
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2008 年 56 巻 3 号 p. 1110-1113

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抄録

『阿闍世王経』は,第3章に相当する『放鉢經』(T629)が現存することから,諸先行研究では第3章は元来は独立していたテキストと考えられたきたが,その他の章節をめぐる編纂事情についてはこれまで明らかにされてこなかった.本稿で筆者は『阿闍世王経』第4章に注目し,以下の3点から第4章が元来は独立したテキストか否かについて検討を試みた.第一に,第4章の内容と前後の章節との文脈について検討した.第4章の内容は単独で完結しており,文脈についても前後の章節とは明確な連続性は見られない.次に,第4章の登場人物に関する相違点・矛盾点について検討した.他の章節との相違点として,第4章には『阿闍世王経』の主要登場人物である文殊が一切登場しないという点が挙げられる.矛盾点としては,第4章には「サーガラマティ」という名の比丘が登場するが,第1章で同じく「サーガラマティ」という名の菩薩が登場していて,異なる人物に対して同じ名称が用いられるという点である.最後に,独立経典であったことを示唆する「残滓」が二つの古い漢訳に見られたことを指摘した.すなわち,支婁迦讖訳『阿闍世王經』(T626)と竺法護訳『文殊支利普超三昧經』(T627)にのみ,第4章末尾付近に,^*mahayana-parivartaあるいは^*mahayana-sutraに相当する語が見られる.これらの語は元来は『阿闍世王経』に見られたものと考えられ,第4章を指示するものであると同時に,それが独立していたテキストであったことを示唆するものである.以上の検討から,第4章は,第3章同様,元来は独立したテキストであったと考えられる.また,それらに先行する第1章・第2章については,登場人物などの点よりこれら2章の連続性は高い一方で,第3章以降の章節とは断絶性が強く,また,第1章の形式が他の大乗経典にも共通するものであることから,第1章・第2章については編纂時に新たに付加された部分と予想される.

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© 2008 日本印度学仏教学会
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