本論文では,クシェーメーンドラ(11世紀)の仏教説話集Bodhisattvavadanakalpalata第14章所収の説話「舎衛城神変説話」(Pratiharyasutra)を考察対象とし,Divyavadana,『根本説一切有部律』,パーリ聖典,漢訳経典中の並行話と比較することにより,クシェーメーンドラ本の源泉資料の解明を試みた.クシェーメーンドラ本には,有部系伝本,即ち『根本説一切有部律』,Divyavadanaの伝承する説話構成要素と共通する要素が多数見られる.また,クシェーメーンドラ本は有部系伝本に固有な要素も含んでおり,クシェーメーンドラが有部の伝承を基に,自身の「舎衛城神変説話」を著していたことが知られる.しかし他方では,クシェーメーンドラ本には,数こそ少ないものの,パーリ伝本を始めとする非有部系伝本に固有な要素も見られ,クシェーメーンドラの源泉資料が非有部系の伝承にも求められることが判明した.以上から,クシェーメーンドラは,その大部分で有部の伝承に依拠しながら,部分的に非有部系の伝承を取り入れ,自身の「舎衛城神変説話」を著していたと結論付けられる.