印度學佛教學研究
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狂者不犯について
小池 清廉
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2010 年 58 巻 3 号 p. 1154-1158

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抄録

サンガのビクが律に違反しても,狂羯磨により「狂者」(精神障害者)と認定されれば,違反は原則的に不犯(無罪)とされる.波羅夷罪のような最重罪でも,狂癡者,心亂者は不犯である.不犯と認定された「狂ビク」は,ビクの資格を剥奪される.後に「狂ビク」本人から復帰申請があり,不癡毘尼において不癡と裁定されれば,過去の違反行為は免罪され,ビクの資格を復権することができる.現代の刑法やリハビリテーション医学と類似の律の病者処遇システムが何故成立したのか.そのためにはサンガの精神障害者観を知る必要がある.共同体から排除されがちな「狂ビク」処遇の解明は,仏教の倫理思想の解明につながるであろう.初期仏典は何人ものわが子を亡くしたバラモン女性の重症精神病や,愛児と死別した資産家の悲嘆・うつ状態を記載した.世人の苦の典型・愛別離苦であり,これに仏教が対処した例としてである.律では「顛狂心亂多犯衆罪非沙門法言無齊限行來出入不順威儀」のビクを挙げる.『婆沙論』等アビダルマや律は狂の五因縁を挙げるが,それは心因,経済因,身体因,非人因(幻覚,憑依),業因(業病)に相当すると考えられる.あるビクの言動が逸脱して律に違反し,サンガの義務を果たさなければ,他ビクから非難が発せられる.不癡毘尼においては過去の違反が責められるが,数の多数決ではなく,少欲知足のビクの意見を尊重して最終決定がなされる.現代刑法における心神喪失者が無罪であることと,律の狂者不犯には一定の共通性があるが,律では過去の犯行を贖罪している点が異なる.何故に律は狂者不犯を認めたのか.サンガは精神医学及び法律上の知識を蓄積していたからであろう.縁起の理法や慈悲など仏教の基本思想は,狂者不犯の思想的基盤をなしていたといえる.

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© 2010 日本印度学仏教学会
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