印度學佛教學研究
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プラジュニャーカラグプタの推理論
――外界なしに推理は可能か――
小林 久泰
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2010 年 58 巻 3 号 p. 1246-1251

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抄録

仏教論理学派によって提示される認識論の最大の特徴は,認識の基盤を認識外部に設定する経量部的性格とそのような外在的基盤を認めない唯識的性格という二面性を併せ持つ点にある.しかし,もし後者の立場にたった場合,推理はどのように成立し得るのだろうか.PV III 392-396に対する注釈の中で,プラジュニャーカラグプタは,認識外部に認識の基盤を設定せずとも,推理は説明可能であることを証明するとともに,経量部説においても,認識に顕現するもの以外,いかなる効用も果たさない以上,推理されるものは外界の事物ではなく,認識に顕現するものでなければならないことを証明している.本稿では,プラジュニャーカラグプタの論述を検討することを通じて,特に以下の三点を明らかにした.まず第一に,プラジュニャーカラグプタが,煙に基づく火の推理を,外界を想定しなくとも,認識と潜在印象との因果関係だけで説明が付くとしていることを明らかにした.第二に,その推理の構造をプラジュニャーカラグプタはダルマキールティがPVSVにおいて味から色を推理する場合に用いた「同じ原因総体に依存すること」(ekasamagryadhinatva)という概念をもとに分析していることを指摘した.第三に,上述の議論を進めていく中でプラジュニャーカラグプタが,実際に目的実現をなすもの(arthakriyakarin)は何かという観点から,プラマーナの対象はその認識が認識している時点のものではなく,それよりも未来のものに他ならず,さらに認識に顕現するものでなければならないということを明示していることを指摘した.

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© 2010 日本印度学仏教学会
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