2012 年 60 巻 3 号 p. 1204-1213
燃燈佛授記物語の単独經典があったことは,『佛本行集經』の記述からも想像できるが,現存しているのはチベット語聖典カンジュルの中にある『聖燃燈授記大乗経』だけのようである.かつて,Leon Feerがフランス語訳を出したが,ほとんど注目されていなかった.筆者は『国際仏教学大学院大学研究紀要』15号(2011,5), 81-141で,チベット文と英訳を出版し,その中で,まず燃燈佛の誕生・成道・教化の物語部分の比較を行い,『印度学仏教学研究』59巻3号で論じた菩薩の名前による,諸本の伝承の分類が内容においても対応していること,特にチベット語単独經典は,もっとも発展して整った形を示しており,『佛本行集經』ならびに『四分律』と非常に近いことを論証したが,本論文ではさらに,授記物語部分の比較を行い,同様の結果が得られた.特に注目されるのは,ガンダーラ美術の蓮華の描写と分類した諸本の関係が明らかになったこと,釈迦牟尼の妻の名前も,3分類に対応していること,また布髪について,通説となっているような泥地を覆うというエピソードが存在しない文献もあり,むしろ布髪は燃燈佛の足を泥に汚れないようにするためではなく,菩薩の発心の堅いことを表現するためのものであることを論じた.