印度學佛教學研究
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「蓮華喩讃品」に表された『金光明経』説示者の誓願
鈴木 隆泰
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2013 年 61 巻 3 号 p. 1143-1150

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抄録

筆者はこれまで,『金光明経(Suvarna[-pra-]bhasottamasutrendraraja)』の制作意図に関して以下の<仮説>を提示してきた.・大乗仏教出家者の生き残り策としての経典:『金光明経』に見られる,従来の仏典では余り一般的ではなかった諸特徴は,仏教に比べてヒンドゥーの勢力がますます強くなるグプタ期以降のインドの社会状況の中で,余所ですでに説かれている様々な教説を集め,仏教の価値や有用性や完備性をアピールすることで,インド宗教界に生き残ってブッダに由来する法を伝えながら自らの修行を続けていこうとした,大乗仏教出家者の生き残り策のあらわれである.・一貫した編集意図,方針:『金光明経』の制作意図の一つが上記の「試み」にあるとするならば,多段階に渡る発展を通して『金光明経』制作者の意図は一貫していた.・蒐集の理由,意味:『金光明経』は様々な教義や儀礼の雑多な寄せ集めなどではなく,『金光明経』では様々な教義や儀礼に関する記述・情報を蒐集すること自体に意味があった.本稿では第4章「蓮華喩讃品(Kamalakara-parivarta)」に焦点を当て,<仮説>の検証を続けた.その結果,「仏教がかつての勢いを失いつつある中,仏教の存続に危機感を抱いた一部の出家者たちは,在家者から経済的支援を得てインド宗教界に踏みとどまり,仏教の伝承と実践という義務を果たすため,『金光明経』を制作した.『金光明経』の功徳や価値や有用性や完備性をアピールするため,適宜『金光明経』を増広発展させていったが,「蓮華喩讃品」においては他の多くの諸品とは異なり,世間的利益を説かず出世間的利益のみが求められている.これは,「蓮華喩讃品」に表れる祈願・誓願が,聞く側(在家者)ではなく説く側(出家者)のもののみであることに基づいていると考えられる.この「出家者の祈願・誓願は全て出世間的利益を求めるもの」ということに,『金光明経』が全篇に渡ってどれほど世間的利益を説こうとも,『金光明経』制作者の出家者としての「本義」「面目」があったものと判断される.同時に,『金光明経』が世間的利益を強調したのは,そこに魅力を感じる在家者を惹きつけ彼らから財政支援を受けることを目的としたからであって,出家者自身が出世間的利益を放棄したのではないことも確認される.」という結論を得たことで,所期の目的を達成した.『金光明経』から見る限りにおいても,インド仏教は第一義的には出家者のための宗教であったといえる.

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© 2013 日本印度学仏教学会
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