印度學佛教學研究
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『大乗荘厳経論』第十八章における羞恥(lajja)について
岸 清香
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2013 年 61 巻 3 号 p. 1209-1216

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抄録

『大乗荘厳経論』第十八章菩提分品は,第一に差恥(lajja)の分析から始まる.差恥という主題が,いかなる理由で第十八章の冒頭で述べられ,どのような思想内容を有しているかを明らかにすることが本稿の目的である.『大乗荘厳経論』の論構成に関して,『大乗荘厳経論』第十八章は,本地分『菩薩地』第十七章同名品との対応が先行研究によって指摘されている.両者の差恥(lajja)の分析箇所を比較検討すると,その自性と差恥(lajja)が起こりうる場合について,同様の見解を示している.しかし,『大乗荘厳経論』中では,差恥は六波羅蜜の修習に関して生起するものと表現されている一方で,本地分『菩薩地』では具体的な説示はなされていない.差恥(lajja)に関する記述量からいっても,『大乗荘厳経論』は本地分『菩薩地』より詳細に論じており,テキストの思想内容には相違がみられる.また,差恥(lajja)が第十八章の冒頭で論じられることについて,『大乗荘厳経論』の二つの註釈書がその理由を明示している.アスヴァバーヴァ・スティラマティによる諸註釈書によれば,差恥(lajja)という主題が第十八章の冒頭で論じられるのは,前章「供養・親近・無量品」との結びつきのためである.すなわち,羞恥(lajja)以下第十八章の論ぜられる項目すべてが,他者救済を念頭に置いた自利・利他行であることを強調するためである.従って差恥(lajja)は,六波羅蜜との関係上で言及され,自利・利他行を目的とする修行方法の一つとして,『大乗荘厳経論』中で大乗仏教思想の優位性を示すために論じられた項目であるといえる.

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© 2013 日本印度学仏教学会
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