2014 年 62 巻 3 号 p. 1065-1071
所謂ブラーフマナと呼ばれる祭式説明/解釈の書においては,祭式行為は祭官を主体として,祭式の効果は祭主を主体として記述される.そのためこれらの文献では祭官の祭式に対する利害関係は見えにくいと言えるが,例えばMaitrayani Samhita I 11,5では「祭官が祭式を勝ち得て,その祭式を彼の王に開催させる」と述べられ,祭官の「祭式を挙行する権利」に対する意識が見て取れる.そのような祭式を巡る権利意識のあり方,その変遷を知るために,本研究では,使役動詞yajaya-^<ti>「(祭官が)(祭主に)祭式を開催させる」の黒Yajurveda-Samhita散文における用例を詳しく調べた.調査の結果次のことが明らかになった.1)祭官が祭主に祭式の開催を持ちかける例や,祭主が祭官に祭式の挙行を乞う例が神話に見られ,祭官の権利が意識されていたことが分かる.2)yajaya-^<ti>によって言及される祭式は,願望祭などの特殊な祭式や,特殊な献供を用いる祭式であり,ある特殊な祭式に関して,祭官からの開催推奨があったことが窺える.3)規定のoptative yajayet「(ある特定の祭主に)祭式を開催させるべし」が,Maitrayani Samhitaの願望祭章で,特に頻繁に,定形化して用いられる.同文献が,祭官の権威をより明確にする表現を選んだと考えられる.4)本来,神話においてはyajaya-^<ti>の主語は典型的祭官であるBrhaspatiであったが,比較的新しいTaittiriya-Samhitaにおいては,そもそも祭官的性格を持たず,言うなれば「庇護者」であるPrajapatiが頻繁に主語として現れる.このことは,「祭式の開催を許可する」権威が,祭官から(社会的)権力者に移行したという,当時の社会的状況を示す可能性がある.5)yajaya-^<ti>の意味そのものも,祭官と祭主の関係性を離れ,より一般的に「祭式を開催/挙行させる」の意味へと,用例の広がりを見せるようになった.また,MS, TSの用法の示す特徴が,両文献の歴史的,地理的状況に起因する可能性を指摘した.