抄録
ウデーナ(P. Udena, Skt. Udayana)王は,古代インド十六大国のひとつ,ヴァンサ(P. Vamsa, Skt. Vatsa/Vamsa)国の統治者で,ブッダと同世代の人物である.本稿でとりあげるUdenavatthu(以下UVtとする)は,『ダンマパダ注釈書』(Dhammapadatthakatha)中にみられ,ウデーナ王自身と,その関係者の出自や出会いなどについて描く.また,この物語は大きく分けて6つのエピソードからなるオムニバス形式で構成されている点も特徴といえるだろう.一方,漢文やチベット語,モンゴル語で記されている北伝仏教テキストの中にもウデーナ王に関する物語がみられるが,UVtのようなオムニバス形式ではなく,各エピソードが個別で複数のテキストに残されている.また,UVtと比べて人物設定に差異がある,物語の主旨が異なるなど,南伝と北伝では所伝が異なる.これらの点をふまえ,本稿では,UVt中の第2話にあたる,ゴーシタ長者(Ghositasetthi)に関する物語の「前半部分」に相当する前世譚に着目し,北伝仏教テキスト(『根本説一切有部毘奈耶』,『賢愚経』など)の所伝と比較した.また,『賢愚経』を元にモンゴル語訳された『物語の海』(Uliger-un dalai)の3本の版本も,比較対象に取り入れた.その結果,UVtでは,単にゴーシタ長者の前世譚であるのに対し,北伝のテキストは全てゴーシタ長者のみならず,ウデーナ王やブッダの前世をも物語る,つまり,「本生譚」の形式をとるという,具体的な差異を確認した.また,『物語の海』は,版本の間に一部の不一致があることが明らかになった.今後は,さらにUVtと北伝仏教における所伝の比較および,『物語の海』も含めた『賢愚経』の物語の分析をすすめたい.