印度學佛教學研究
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チベットにおける仏教と詩
――ツォンカパ『縁起讃』研究――
根本 裕史
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2016 年 64 巻 3 号 p. 1283-1290

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抄録

13世紀以降にサンスクリット詩論書『詩鏡』がチベットに伝わると,チベットの仏教僧達は詩論を熱心に学び,修辞技法を凝らした詩を作るようになった.本稿はツォンカパ(1357-1419)以後のチベットにおける仏教と詩の関わりを考察するものである.ツォンカパは思想的円熟を迎えた41歳の頃,縁起を説いた仏陀を称賛する詩『縁起讃』を著し,教主を讃えながら,同時に彼によって説かれた縁起の思想を解き明かすという表現様式を確立した.インド中観論書と讃頌文学の両方の要素を取り入れた『縁起讃』は,一種の美文詩(snyan ngag)としての要素を有し,後代のゲルク派の著作に大きな影響を及ぼした.仏教と詩的世界の融合という考え方は汎チベット的であり,カギュ派のプーケーパ(1618-1685)は,三宝を美しい言葉で讃えることによって功徳を積み,無上正等覚に至ることを美文詩の究極目的としている.『縁起讃』もそうした理念と合致するものであろう.また,チベットには,インドのドーハーの影響下に成立した宗教歌(mgur ma)の伝統もあるが,ツォンカパがそれを表現手段として用いなかった点は重要である.クンタン・テーペードゥンメ(1762-1823)はツォンカパを讃える『具義讃』の中で,ニンマ派やカギュ派の宗教歌は一部の信者にとってのみ有効であること,論証と批判の要素を含むツォンカパの言葉は万人に有効で,全ての所化を解脱に導くことができることを主張しているが,後者の点は『縁起讃』にも当てはまるであろう.詩的要素と理論的要素を兼ね備える『縁起讃』は,詩論と論理学を共に重視するツォンカパの学問観を如実に反映した作品である.

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© 2016 日本印度学仏教学会
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