2017 年 65 巻 3 号 p. 1039-1046
最古層の祭式文献の一つであるMaitrāyaṇī Sam̐hitā(MS)のI 9章は,caturhotr̥祭文についての章と言われている.そこでは,caturhotr̥ 祭文が主要なśrauta祭式において用いられることが述べられているが,caturhotr̥ 祭文はI 9章以外の祭式記述においては全く言及されない.おそらく主要なśrauta祭式が記述された時点ではcaturhotr̥ 祭文の使用は受け入れられていなかったと推察される.また,I 9章には,何の祭式か同定されてこなかった,未解明の儀礼行為が記されている.
本稿では,I 9章に記される儀礼行為が,sattra,dvādaśāha,mahāvrataという一連の祭式に相当することを論じる.これらの祭式は,MSの主要部分が成立した段階では正統śrauta祭とは見なされていなかった,特殊な祭式である.MS I 9の記述と,主にKāṭhaka-Sam̐hitāのsattra章(KS 33–34)の記述を対照させて,対応関係を指摘する.
この考察により,MS I 9がsattra,dvādaśāha,mahāvrataの儀礼を記すことは明らかであるが,MS I 9はこれらの祭式の名前を明かさない.それは,これらの祭式が正統śrautaとは違う異文化的背景を持つことに,起因すると考えられる.すなわち,非正統祭式を正統śrauta祭式記述という枠組みに嵌め込んで記述しようとしたことが,I 9章の記述の特殊性を生んだと考えられる.