2018 年 66 巻 3 号 p. 1016-1021
16世紀に活躍したアドヴァイタ・ヴェーダーンタ学派の学匠マドゥスーダナ・サラスヴァティーは,Bhāgavatapurāṇa(BhP)1.1.1–3に対して註釈Paramahaṃsapriyā(PP)を著している.そのうち,BhP 1.1.2に対する註釈箇所において,マドゥスーダナはBhPが一切の論書よりも優れていることを述べている.彼はその際に,一切の論書を行為篇・知識篇・念想篇の三つに分類し,それらは何れもBhPの目的を果たしていないことを明らかにしている.この三分類の中の知識篇は,マドゥスーダナの所属するアドヴァイタ・ヴェーダーンタ学派に該当する.また一方で彼は,PP on BhP 1.1.1においてはBhP 1.1.1とBrahmasūtra(BS),即ちアドヴァイタ学説とが一致するとも述べている.以上のように,マドゥスーダナはBhPがBSよりも優れていると述べる反面,BhPがBSと一致するとも述べている.本稿では,PP on BhP 1.1.1–2を分析することにより,マドゥスーダナがBS即ちアドヴァイタ教学とBhPとの関係をどのように考えていたのか,ということを明らかにした.
マドゥスーダナはBhPを,ブラフマンを教示するものとしてはBSと一致するものと考えていた.マドゥスーダナにとってBSの所説はアドヴァイタ教学に他ならないため,このことはBhPとアドヴァイタ教学とを,基本的には同じものと考えていたということでもある.しかし,原則的には上位三種姓にしかブラフマンの知の獲得を認めない保守的なアドヴァイタ教学に反し,マドゥスーダナはBhPによって女性やシュードラにもブラフマンの知の獲得が可能であることを明言している.マドゥスーダナにとってBhPは,アドヴァイタ教学と一致するものでありつつも,その保守的な伝統主義を崩すきっかけとなったという点で重要な意義を占めている,と言うことができよう.