2018 年 66 巻 3 号 p. 1027-1031
本論は,女性の従属・隔離という価値観や規範が染み込んだ父系社会バングラデシュで,女性たちに小額融資をすることで新たなチャンスを与えてきたグラーミン銀行を取り上げ,その女性向けローンが,実際,家計の役には立ってきたものの,父系社会を変革するものではないことを,現地調査による4つの村の100名への面談結果などをもとに論じる.
銀行ローンを自分で管理しているのは100名のうち6名のみで,夫と離別,死別,あるいは夫が海外居住の人だけである.この割合は,先行研究の報告事例よりも低下している.女性が自らのためにローンを利用,管理できているわけではまったくない.
グラーミン銀行側もそのことは承知のうえである.ローン会員の申請書には,夫の職業や給与額の項目があり,会員申込に際して家父長の許可があるかもチェックしている.つまり銀行側はあくまで父系社会の枠組みの中で女性に対して金融をおこなっており,家夫長の収入があってこそローン返済ができるということを前提にしているのである.
バングラ村落女性の可動範囲は家の敷地か,広くてもパラ(集落)の中である.女性がバザールに行って商売するなどありえないとされており,女性がローンを得て仕事をしている場合でも,仕入れや販売は家族内の男性に委ねるしかない.
このように,女性の名前で金を借りて返すというだけで,結局は男性のためのローンでしかないが,女性の方も,借りた金が夫の仕事に使われ,それで何とか家計が回ることに満足してしまっている.村落の伝統的なジェンダー関係は何ら揺るがされていない.
しかし,父系社会そのものが貧困の一因であるとすれば,貧困の解消と女性の起業を旗印にして有名になったグラーミン銀行こそ,その根源の問題に取り組むべきだろう.