2024 年 72 巻 3 号 p. 1140-1143
疑偽経は,通常,翻訳仏教経典の対極に位置し,翻訳史研究の分野ではほとんど注目されていなかった.本論では,南京博物館の所蔵品である『佛說卅七品經』の「繒喩物語」を例として取り上げ,疑偽経がその性質にかかわらず,中に現存史料では言及されていない翻訳史に関する真の情報を秘めていることを示す.これらの文献は,仏教経典の翻訳史研究ための新領域と新史料になる可能性がある.また,本文では,異なる言語の平行テキスト比較を疑偽経研究に取り入れ,経典目録,写本学,文体分析などの研究方法と組み合わせて,疑偽経および仏教経典翻訳史研究の視野と方法を拡張しようと試みている.これに基づいて,本稿では,『佛說卅七品經』の「繒喩物語」が,失われた阿含経典に遡ることを発見し,この印度のソーステキストが未知の宗派に属する『増一阿含』である可能性を提示している.また,その翻訳の源流は安世高派またはその後継者に訳された『增一阿含百六十章』(または『百六十品經』とも呼ばれる)である可能性も考えられる.この発見は安世高の研究及び漢魏時代の仏典翻訳史に新しい資料を提供し,中国への仏教の導入の初期段階に関するより包括的な歴史的視点を示すものである.