印度學佛教學研究
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金光明経吉祥天女品に見る儀礼の応用と導入・受容
鈴木 隆泰
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2006 年 54 巻 3 号 p. 1154-1162

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抄録

「吉祥天女品」は『金光明経』の中で, 呪句の使用や世間的利益を求める儀礼の執行が最初に表明された章である. そこに見られる儀礼は,「仏教儀礼を応用したもの」と「ヒンドゥー儀礼を導入・受容したもの」の二種に大別され, どちらの場合も,『金光明経』の編纂者や護持者たちが従来実践していた諸儀礼を, 攘災招福を目的として応用, あるいは導入・受容したものとなっている. 防護呪パリッタを発達させた南伝仏教との比較や「吉祥天女品」に見られる在家者への意識, そして「この『金光明経』には世・出世間, 仏教・非仏教を問わず, 様々な教義や儀礼があり, しかもこの『金光明経』が一番勝れている」という『金光明経』「四天王品」の記述等も考慮に入れた結果, これまで便宜的に「〔大乗〕仏教の自立の模索の表れ」と仮定しておいた『金光明経』の持つ諸特徴を,「〔大乗〕仏教の生き残り策」と想定することが本研究を通して可能となった.
『金光明経』の編纂者たちは, 仏教に比べてヒンドゥーの勢力がますます強くなるグプタ期以降のインドの社会状況の中で, インド宗教界に生き残ってブッダに由来する法を伝えながら自らの修行を続けていくために, 仏教, 特に大乗仏教の価値や有用性や完備性を, 在家者を含む支持者たちに強調しようとしたのである. 覚りの伝承を旨とする出家者であっても, 支持者たちの支援, 特に在家者の経済的支援がなければ, 修行を継続したり, 伝法の使命を果たすことはできない. このように,『金光明経』をはじめとする種々の儀礼を説く経典は, 律文献と同様, インド仏教の実像に迫るための有用な資料ともなりうるのである.

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