印度學佛教學研究
Online ISSN : 1884-0051
Print ISSN : 0019-4344
ISSN-L : 0019-4344
『解深密経』のチベット語訳テキストについて
東西二系統の写本・版本の比較検討を通じて
加藤 弘二郎
著者情報
ジャーナル フリー

2006 年 54 巻 3 号 p. 1205-1211

詳細
抄録

『解深密経』の10を超える写本・版本の比較検討を行い, さらに漢訳あるいは一部回収可能なサンスクリット語原文を参照しつっ, 現段階で考えうる最良の『解深密経』テキスト作成の指針を示すことが, 本論文の目的である. 今回は, 同経第5章に見られる“paryupayoga”という語に焦点を当てる. この語に関しては, チベット語の写本・版本の東系統と西系統で, 与えられる訳語がまったく異なる. 直訳すれば東系統は「結びつきが見られない」, 西系統は「完全に尽きるとは見られない」とある. 文脈から考えて, 西系統の訳語が適当であるが, 現在まで我々の目に触れる機会の多かった北京版・デルゲ版等を擁する東系統の訳語についてもそれなりの根拠がうかがわれる. これら両系統において, なぜ上記のような訳語の不統一が起こるのか. これは, サンスクリット語の辞書に未登録の“paryu-payoga”という語の意味が元々明白でないことに起因する. 玄奘訳では ,同語に「受用滅尽」という両者の意味を持たせて訳す. このことから, ひょっとすると“paryupabhoga”からの転訛であるとも考えられる. 以上のサンプルの解読を通して,『解深密経』の校訂テキストを作成するには, 最低でも 1) 東系統の諸写版本 2) 西系統の諸写版本 3) 敦煌写本 4) 玄奘訳を初めとする諸漢訳 を見開き1ページに配置し, なおかつ異読を分かりやすい形で載せる必要があることが分かる. この基礎作業を経れば, よりサンスクリット原文の文意に忠実な解釈を探し当てることが可能となり, 現時点でもっとも有益な『解深密経』テキストの作成が可能となる.

著者関連情報
© 日本印度学仏教学会
前の記事 次の記事
feedback
Top