2014 年 38 巻 3 号 p. 80-92
咀嚼はcentral pattern generator (CPG) によって制御され, 摂食中に咀嚼を特に意識しなくても行うことができる. しかし,嚥下機能低下が生じやすい高齢者においては, 不十分な咀嚼による食塊形成不良が, 咽頭残留や誤嚥のリスクを高めると考えられ, 十分に咀嚼を意識して摂食することは,嚥下機能低下に対する有効な代償法になりうると考えられる. 本研究の目的は, 咀嚼意識の強化が摂食時の舌運動, 下顎運動, 食物搬送に及ぼす影響を明らかにすることである.
被験者は, 個性正常咬合を有するボランティア27名 (男性17名, 女性10名, 平均年齢27.8±3.1歳) とした. 被験食品はバリウム塩製剤含有寒天ブロックとし, 日常通りの咀嚼で摂食させた場合 (通常摂食条件), 十分な咀嚼を意識して摂食させた場合 (咀嚼強化条件) の2条件下で摂食させ, Videofluorography 側面像にて, 舌運動, 下顎運動,食物搬送動態を観察した. 口腔・咽頭領域を口腔領域 (oral cavity : OC), 口腔咽頭上部領域 (upper oropharynx: UOP), 喉頭蓋谷領域 (valleculae : VAL), 下咽頭領域 (hypopharynx : HYP) の4つに区分し, 咀嚼回数, 舌による食塊の押し戻し運動 (Push forward 運動), 各領域の食塊通過時間, 咀嚼周期時間 (各領域の食塊通過時間を各食塊通過時の咀嚼回数で除した時間) を分析した.
咀嚼強化条件では, 嚥下までの咀嚼回数, Push forward 運動の発生回数は有意に増加した. 食塊通過時間はOC, UOP, VALにおいて, 有意に延長した. また, 咀嚼周期時間は, 食塊が口腔内に存在する間は有意に短縮し, VALへ搬送されると延長した.
摂食時に十分な咀嚼を意識することは, 咽頭に搬送される食塊を舌が口腔に押し戻させ, 口腔内での食塊保持を向上させた.さらに, 食物が口腔にある間の下顎運動を速めることで, 口腔内において十分な食塊形成を行うことができ, 口腔と咽頭が嚥下に対して十分に準備することができたと推察された. 以上より, 摂食中の咀嚼意識の強化は, 口腔での良好な食塊形成を保証し, 円滑な嚥下の遂行につながる可能性が示唆された.