経済地理学年報
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英語圏の人文地理学における理論の多元化
レイ デイヴィッド
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1994 年 40 巻 1 号 p. 63-75

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抄録

近年の研究において, この25年間ほどの間に展開されてきた(英語圏における)人文地理学での豊富な理論的アプローチのなかで, 主要な3つの理論, すなわち論理実証主義, 構造主義, 人文主義, の間の競合が明らかにされている. 論理実証主義のアプローチは, 1960年代に始まった計量革命と密接に結びついており, それは選択的に採用された変数と, 一連の統計的手続きによるそれらの計測と処理の解析的抽象化を強調する. 対照的に, 構造主義者の理論は, もっとも重要な因果関係的プロセスは(表層的には)観察しえないことを主張する. 我々が垣間みることが出来るすべては, 深層に潜んだ(生成)構造の表層的な結果にすぎず, その構造は忍耐強い知的な分析によってしか明らかにすることは出来ないという. 構造主義が必ずしもマルクス主義ではないのであるが, 人文地理学では, 深層構造を資本主義的生産関係としてとらえる政治経済分野において, この二つの用語は相互に置き換えられながら使われている. 人文主義では, 論理実証主義も構造主義も主体としての人間を不適当に概念化していると論ずる. 人文主義者は, 階級や人種, 年齢, 等々に対応して変化する人々の役割と主休的地位は多元的である, と指摘する. その結果, そこには, 場所と自己認識との可変的な結合である地理的環境(セッティング)の, 限られた範囲での人間経験が存在することになる. こうして, 場所の地理学(ローカルジオグラフィ)は経済地理学を超えるものとなる. すなわち主休としての人間の行為は, 経済機能のみに矮小化しえないのである. これらの理論の多様な出発点は, 経験科学研究のあり方に影響を与えた. この論文の次の部分では, インナーシティのジェントリフィケーションを研究している文献を手短に概観する. なお, ジェントリフィケーションとは, かつて低所得階層の人々によって居住されていた古いインナーシティの近隣社会に, 専門的職業についている中流階層の人々が移人してくる事象であり, 都市理論はもちろん都市政策においても重要な意味をもつ動きである. この三つの理論的アプローチを創り出した仮定の相違は, 各々が同じ現象を調査しても全く異なった研究の伝統を導き出しているのである. この数年間に, これらの三つの理論的展望の豊富化が, いくらかの相互交流によって生じている. 異なった理論的アプローチの洞察力を取り込むことで, より以上に統合的な人文地理学が出現しつつあるという望ましい傾向が生じている. しかし, 理論の排他主義への傾倒が過去ほど独断的ではなくなっているとしても, 本質的な理論の役割は, 経験科学的研究の方向性を形づくり, より広範な意義を与える道具として, 存在するのである.

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© 1994 経済地理学会
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