日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺乳頭癌の治療成績から考える至適術式について
吉田 明松津 賢一小島 いずみ向橋 知江中山 歩柳 裕代松浦 仁稲葉 将陽清水 哲
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2012 年 29 巻 2 号 p. 126-130

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抄録

乳頭癌488例の治療成績をStage別に調べ,日本の現状における乳頭癌の初期治療は如何にあるべきかについて検討した。StageⅠ,Ⅱにおける再発例は21例(7%)であり,原病死したものは1例(0.3%)であった。一方StageⅣではⅣcを除いた84例中44例(52.4%)が再発を起こし,原病死したものはStageⅣ全体で 29例(27.6%)に及んでいた。StageⅢはStageⅠ,ⅡとStageⅣの中間的なものであった。再発例の転帰を調べたところStageⅠ,Ⅱでは再発がみられても再手術などによりsalvageが可能であることが多いのに対し,StageⅣでは再発例の多くは生命予後に直接影響を与えるものと考えられた。以上よりStageⅡ以下では初診時より遠隔転移を認めるもの(M1),明らか周囲臓器へ浸潤しているもの(EX2),大きなリンパ節を触れるものなどを除き(準)全摘は必要なく片葉切除などで十分と考えられた。一方StageⅢ,Ⅳでは(準)全摘は必要と考えられたが,特にStageⅣでは遠隔転移が多く,生命予後も不良であることより131Ⅰアブレーションを可能な限り追加すべきと思われた。

はじめに

我が国における甲状腺乳頭癌の初期治療は放射性ヨードの利用面などで諸外国とは大きく異なっている。しかし最近日本でも外来での131Ⅰアブレーションが開始されその状況は徐々に変化して来ている。外来での131Ⅰアブレーションの効果については今後多くの施設で検証がなされるべきと考えられるが,その適応についてはこれまでの手術例の検討が必要である。今回我々は131Ⅰアブレーションを行っていない時代の乳頭癌の治療成績を調べ,どのような症例にこの方法を適応とすべきか,また日本の現状における乳頭癌の初期治療は如何にあるべきかについて検討した。

対象方法

1990〜2007年に当科において初回手術を行った乳頭癌488例を対象とした。この期間当科における乳頭癌の取り扱いは概ね一定していた。すなわち初回手術における甲状腺の切除範囲は腫瘍の大きさや占拠部位により葉切除から全摘を選択し,所属リンパ節の郭清は患側側頸部までの予防的郭清を基本としていた。隣接臓器に浸潤していたものは気管,食道筋層などの合併切除を行い,初診時より遠隔転移が存在していたものを除いたすべての症例に治癒切除を行った(勿論局所の治癒切除を行えない症例も存在していたが,これらの症例はすべて初診時より遠隔転移を伴っていた)。術後131Ⅰアブレーションは行わず,遠隔転移が存在あるいは出現した場合,可能な限り全摘あるいは補完全摘を行い131Ⅰ 内用療法を施行した。また原則として積極的なTSH抑制療法は行っていない。術後の観察期間は中央値は99カ月(1〜271カ月)であるが,多くの症例で触診・血液検査は3〜12カ月毎に,頸部USは12〜24カ月毎に行い,遠隔転移を起こす可能性のある症例では胸部X-Pあるいは全身 CTを12〜24カ月毎に行った。

UICCのTNM分類[]を行いStage別に治療成績を調べ,各Stageにおける術式と再発の関連および再発例の転機などを検討した。

結果

1.対象例の概要と臨床経過

対象とした488例の臨床病理学的な因子は表1に示す如くであるが,これを日本甲状腺外科学会の全国集計[2]と比べた場合50歳以上のものや男性例が多く,T因子やM因子も進んだものが多く全体として進行した症例を多く含んでいる傾向が認められた。対象例をStage別にするとStageⅠ:261例(53.1%),Ⅱ:37例(7.2%),Ⅲ:85例(17.4%),Ⅳa+b:84例(17.2%),Ⅳc:21例(4.3%)であった。

表1.

対象患者(n=488)の臨床病理学的因子

図1はStage別に対象例の健存曲線と生存曲線を示したものであるが,StageⅠ,Ⅱにおける再発例は21例(7%)であり,原病死したものは1例(0.3%)であった。一方StageⅣではⅣcを除いた84例中44例(52.4%)が再発を起こし,原病死したものはStageⅣ全体で 29例(27.6%)に及んでいた。StageⅢはStageⅠ,ⅡとStageⅣの中間的なものであった。このことよりStageⅠ,Ⅱはlow risk,StageⅢをintermediate risk,StageⅣをhigh riskとするのが妥当と考えられた。

図 1 .

Stageと臨床経過

2.Stage別施行術式

図2は甲状腺切除術式と郭清の状況をStage別に示したものである。StageⅢまでは葉切除が半数以上を占めており,全摘は少なく特にStageⅠ,Ⅱでは10%前後であった。これに対しStageⅣでは片葉切除は少なく全摘が半数を占めていた。郭清はいずれのStageでも患側の側頸部まで行ったものが多く70〜80%を占めていたがStageⅠでは中心部に郭清だけのものが30%弱存在し,StageⅣでは両側の側頸部まで行ったものが約30%存在していた(図3)。

図 2 .

Stage別施行術式

図 3 .

Stage別頸部郭清状況

3.各Stageにおける術式と再発

1)甲状腺切除範囲とDisease-Free Survival

図4はStage別に甲状腺の切除術式の健存曲線を示したものである。StageⅢを除き,いずれのStageでも全摘(含む準全摘)を行ったもののほうが,亜全摘以下(非全摘)のものに較べ有意に健存曲線が低下していた。

図 4 .

Stageと初再発部位 (M0再発例)

2)郭清範囲と頸部リンパ節再発

頸部郭清範囲とリンパ節再発の関係を各Stage別に検討したものを図5に示す。Stageが進むに従って当然リンパ節再発が増加していたが,いずれのStageに於いても郭清範囲大きくなるに従ってリンパ節再発も多くなっていた(図5)。

図 5 .

各Stageにおける術式とDisease-free survival

図は各Stage別に甲状腺の切除術式の健存曲線を示したものである。StageⅢを除き,いずれのStageでも全摘(含む準全摘)を行ったもののほうが,亜全摘以下(非全摘)のものに較べ有意に健存曲線が低下していた。

4.各Stageと初再発部位と再発例の転機

Stage別に初再発部位を検討した場合,Ⅰ,Ⅱでは領域リンパ節再発が多く,Ⅳでは遠隔転移再発が多くなっていた。また僅かであるが局所再発もⅣで増えていた。StageⅢは正に両者の中間であった(図6)。

図 6 .

各Stageにおける郭清とリンパ節再発

表2はStage別に再発例の転機を示したものである。StageⅠ,Ⅱにおけるリンパ節再発の3/4が再手術または再々手術で治癒状態となっていた。また残存甲状腺に再発を起こした2例も再手術により治癒状態を保っている。初再発部位が遠隔転移であった3例とリンパ節再発後に肺転移を来した3例はRAI治療などを行い効果的であったものが多くみられたが,RAI治療が無効であった1例のみが原病死していた。一方StageⅣでは初再発部位が頸部リンパ節あるいは残存甲状腺であっても,これに続いて遠隔転移を起こしてくるものが多く,再手術でも治癒が望めないことが多くなっていた。この傾向はStageⅢでも認められ原病死したものは僅かであるが担癌生存例が多くなっていた。観察期間内に原病死したものはStageⅠ,Ⅱで0.3%,Ⅲで1.2%,Ⅳ16.7%であった。StageⅠ,ⅡのM0症例において全経過を通して再発を示したものがどの様な因子と関連するかを検討した(表3)。リンパ節再発は年齢,腫瘍径,Exおよび N因子と関連しており遠隔転移はEx,N因子と関連していた。

表2.

再発例の転機

表3.

再発・転移に関連する因子(StageⅠ,Ⅱ:M0)

考察

乳頭癌(分化癌)のリスク分類には,古くよりAMES,AGES,EORTCなど様々な分類法があるが,一昨年発刊された我が国のガイドライン[]ではUICCのTNM分類を最も妥当性のある分類法として推奨している。そこで今回この分類法を使用して,乳頭癌の治療成績をStage別に検討した。その結果乳頭癌術後の健存曲線および生存曲線からはStageⅠ,Ⅱを低リスク,Ⅳを高リスク,Ⅲを中間リスクとするのが妥当と考えられた。これらの対象例に対してとられていた術式は,StageⅠ,ⅡとStageⅢでは半数以上に片葉切除が行われており,全摘が行われていた頻度はStageⅠ,Ⅱで10%,Ⅲで25%,Ⅳで50%程度であった。リンパ節郭清はStageⅠでやや中心部のみの例が多くなっていたが,他は90%以上で側頸部郭清以上の郭清が行われていた。

術式と再発の関係をみた場合,非全摘よりも全摘を行ったもので再発する例が多く,StageⅠ,ⅡやⅣでは全摘を行った群で健存率の有意な低下が認められた。またより広範囲の郭清を行ったものにリンパ節再発が多い傾向が認められた。広範な甲状腺切除や郭清を行ったものに再発が多い理由としてSelection biasがかかっている可能性が強い。すなわち局所的により進行していた症例に全摘や両側頸部郭清が行われている傾向があると思われる。事実局所進行度の幅の少ないStageⅢでは全摘,非全摘の健存率の差は見られなくなっている。しかしこのことは,同時に進行した乳頭癌を外科手術だけでコントロールすることの限界を示しているものと思われる。

Stage別に初再発部位を検討した場合,StageⅠ,Ⅱではリンパ節再発が多く,StageⅣでは遠隔転移再発が比較的多くなっていた。StageⅢは両者の中間であった。再発例の転帰を調べた結果,StageⅠ,Ⅱのリンパ節再発や局所再発の多くは再手術などによりsalvageが可能であるのに対し,StageⅣではこれらが後に遠隔転移を伴ってくることが多い傾向が認められた。また遠隔転移例もStageが進むに従って死亡する例が多く認められた。

これらのことはLow riskであるStageⅠ,Ⅱでは再発がみられても直ちに生命予後とは結び付かないこと示しており,High riskであるStageⅣでは再発例の多くは生命予後と連動していることを示していると考えられた。

上記の結果よりStageⅡ以下では初診時より遠隔転移を認めるもの(M1),明らかに周囲臓器へ浸潤しているもの(EX2)大きなリンパ節を触れるものなどを除き(準)全摘は必要なく片葉切除などで十分と考えられた(UICCのStage分類では45歳未満の場合はEX2,やN1bあるいは M1症例であってもStageⅠあるいはⅡとされる。)。一方StageⅢ,Ⅳでは(準)全摘は必要と考えられたが,特にStageⅣでは遠隔転移が多く,生命予後も不良であることより131Ⅰアブレーションを可能な限り追加すべきと思われた。リンパ節郭清についてはどの様な例に側頸部予防的郭清必要であるかは不明であり,現在側頸部の予防的郭清は行っていない。

おわりに

アメリカのSurveillance Epidemiology and End Results(SEER)databaseに登録された多数例の乳頭癌を対象としたBilimoriaらの研究[]では葉切除を行った場合は全摘術を行った場合よりも再発率や死亡率が高いことが示されている。そしてこの論文を根拠にAmerican Thyroid Association(ATA)のガイドライン[]などでは1cm以上の分化癌に対しては全摘が推奨されている。しかし同様にSEERのdetabaseを使用し乳頭癌をRisk別に検討したHaighらはlow riskでもhigh riskでも葉切除と全摘の差はなく患者の生命予後は甲状腺の切除範囲を広げても変わらないことを指摘している[]。NixonらはSloan Kellering Cancer Center における乳頭癌を詳細に検討し,T2N0以下の分化癌であれば片葉切で十分であるとしている[]。日本で放射性ヨードが利用できる施設が限られており,多くの施設で乳頭癌の手術は亜全摘と側頸部郭清を中心としたものであった。我々の施設の成績はこうした時代の代表的なものである。我々の成績からは1cm以上の乳頭癌はすべて全摘をしadjuvantのアブレーションを行うべきとするATAガイドラインの方針はover-tratmentと言わざるを得ない。今後,限られた医療資源を有効に利用するため,どの様な症例に外来での131Ⅰアブレーション効果的であるのかを見極めることが必要であろう。

【文 献】
 

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
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