日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
特集2
気管浸潤伸展様式別至適術式と神経,食道,血管浸潤への対応─安全性とQOL重視
鳥 正幸
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2012 年 29 巻 2 号 p. 131-134

詳細
抄録

局所進行甲状腺癌ではしばしば周囲臓器への浸潤を伴う。気管浸潤例では,術前評価による術式基準に従って,shaving,wedge reseciton+直接縫合,窓状切除+耳介軟骨DP皮弁再建,環状切除,喉頭全摘を施行する。高齢者には,環状切除を避け,気管切開を併置した安全な術式が好ましい。縦隔への伸展例は一般にハイリスクであり「muscle split法」などの工夫を要する。反回神経浸潤例では,可能な限りshavingか切除後再建を施行する。食道は殆どの場合外膜切除後縫合が可能である。内頸静脈浸潤例は側副血行路を確保しつつ積極的に切除再建を実施する。総頸動脈浸潤例では,可及的に外膜切除可能な場合が多いが,再建が必要な場合は脳血流の評価が重要である。一般に,頸動脈鞘浸潤を認めるような高度進行例では,真に根治性があるのかどうか慎重に考慮すべきである。拡大手術による致命的合併症のリスクを可能な限り避けて,術後補助療法や内照射を考慮した可及的切除が望ましいケースも多いと考えられる。

はじめに

頸部は極めて狭い範囲に頭部と躯体をつなぐ重要な器官が密集する。甲状腺は気管前面の小臓器であるが,浸潤性が強い悪性腫瘍では,隣接する気管,神経(反回神経や迷走神経),食道,静脈(内頸静脈),動脈(総頸動脈),等に容易に伸展する。甲状腺癌は未分化癌のような予後不良希少癌を除いて殆どが予後良好な分化癌であることや高齢者も多いためQOLを考慮した低侵襲な手術が望まれる。局所進行甲状腺癌における周囲臓器浸潤については,複数臓器への浸潤が一般的であるが,便宜上浸潤臓器ごとに検討する。

対象と方法

2011年までの過去10年間において当科で経験した局所進行癌手術症例(症例数は以下に提示)について浸潤臓器別1-6に概説を加えて検討した。また再発予後について結果に示した。なお,1 気管浸潤症例においては,「術前画像診断総合評価(エコー,造影CT,MRI,気管支ファイバー)と「実術式の符合性」についての評価,検討を加えた。

結果

1 気管浸潤例

気管浸潤例は115例であった。術式別内訳として,(1)shaving 85例,(2)wedge resection&direct closure7例,(3)気管合併切除&再建23例,うち i)環状切除&端端吻合5例,ii)耳介軟骨パッチ再建15例,(4)喉頭全摘or半切3例。術前気管浸潤の評価は超音波,CT,MRIでまず行い,疑診された症例は気管支鏡を施行し粘膜面の評価をする。そして「(A)粘膜面浸潤(-)の場合は,原則shavingで対応し,ごくわずかに気管切除が必要な場合は喫状切除施行後直接縫合+筋弁パッチ(補強)で対応。(B)粘膜面浸潤(+)の場合には,喉頭浸潤(-)で耳介軟骨DPflap再建,もしくは環状切除(1/2周以上)。喉頭浸潤があれば喉頭全摘(部切)を考慮」ということが著者の基本方針である(図1)。

図 1

 

(術前評価と実手術の符合性)

①術前気管浸潤(-)と評価した症例495例において,手術時にshavingを実施する必要があった症例はわずか13例であった。

②術前気管浸潤可能性あり(±)と評価した症例は14例で11例がshaving,3例はwedge resectionであった。

③術前気管浸潤(+)で,Shavingかwedge resectionで対応可能と判断した症例が59例で,実施した術式はshaving 57例,wedge2例であった。

④術前気管浸潤(+)で耳介軟骨パッチ再建が必要と判断した症例が21例であった。結果として,shaving4例,wedge2例,耳介軟骨DPflap再建が15例であった。耳介軟骨非使用例は術後に耳介軟骨を摘出した。

⑤術前気管浸潤(+)で浸潤範囲が半周以上で環状切除が必要と判断した症例が5例あり,全例に環状切除を実施した。⑥術前喉頭浸潤(+)で喉頭全摘か類似術式が必要と判断した症例が3例あり,2例に喉頭全摘,1例に喉頭半切を施行した。

(再発予後)

(1)shaving:85例において1例のみ局所再発した(断端+。可及的切除)(平均観察期間:4年9カ月,全例生存)。

(2)wedge resection&direct closure:7例全例局所再発なし(平均観察期間:5年,全例生存)。

(3)気管合併切除&再建

i)環状切除&端端吻合:5例中1例に局所再発を来たした(断端+)(平均観察期間:5年10カ月,全例生存)。

ii)耳介軟骨パッチ再建:15例全例局所再発なし(平均観察期間:5年5カ月,全例生存)。

(4)喉頭全摘&半切:3例全例局所再発なし(平均観察期間:5年8カ月,全例生存)。

(小括)術前評価を正確にした上で手術を施行すれば,ほぼ順当に該当術式が遂行されると考えられた。

2 反回神経浸潤例

反回神経浸潤症例は36例であった。反回神経浸潤例では,shaving 27例,切除のみ4例,切除+再建5例,に分類される。再建方法としては,顕微鏡下で反回神経─頸神経わな吻合を7-0 Nylon 4針にて施行している。Shavingによって永久的(半年以上)に神経麻痺が残存した例は27例中の6例であった。明らかな局所再発は認めない(平均観察期間:4年4カ月)。

3 迷走神経浸潤例

迷走神経浸潤症例は3例であった。同3例はいずれも切除したが全例において内頸静脈も合併切除しいずれも吻合は不可能であった。迷走神経切除による患側反回神経麻痺を全例に認めた。局所再発は認めない(平均観察期間:4年8カ月)。

4 食道浸潤例

食道浸潤例は12例に認め,部分切除(外膜のみ)6例,部分切除(全層切除縫合)6例であった。局所再発は認めない(平均観察期間:4年4カ月)。

5 内頸静脈浸潤例

内頸静脈浸潤例は16例であった。内訳は1)部分切除+縫合(側壁)6例,切除+再建(端端吻合)6例,切除+断端縫合3例。術後合併症はなく,断端縫合例でも,患側の浮腫,腫脹等の合併症は生じなかった。局所再発を認めない(平均観察期間:3年11ヵ月)。

6 総頸動脈,鎖骨下動脈浸潤例

総頸動脈浸潤例は6例であった。内訳として1)saphenous vein graft再建1例,可及的外膜切除+筋弁補填5例。また鎖骨下動脈再建(人工血管使用)が1例あった。術後合併症はなかった。1例に術後1年で局所再発を認めた(平均観察期間:4年2カ月)。

考察

手術侵襲からすれば,気管合併切除は可能な限りshavingで対応することが望ましい。今回我々の検討でも画像診断で明らかにわかる再発は発生しておらず,報告と同様である[]。問題点として,shavingの評価をどうするか─気管軟骨の間に微細な浸潤がないかどうか,や10年以上の長期再発予後調査がどうか,といった点があろう。気管粘膜浸潤例では,環状切除[]よりも可能な限り当科が提唱している耳介軟骨DPflap再建が低侵襲かつ安全で気管切除・再建術式として最適と考える[]。環状切除では頸部固定,安静など周術期QOLが不良で,致命的合併症発生のリスクもあることから,術中に気管切開を併置できるようにし,確実な術後管理を心掛けるべきであろう(図2)。特に縦隔に伸展している症例では,著者らが示した「muscle split法」をベースに,安全な術後管理のための工夫が必要である[]。喉頭まで浸潤していれば,喉頭全摘が必要となるが,咽頭の温存(縫合)が可能(狭義)か遊離空腸による再建を要するか(広義)はケースバイケースである。極めてaggressiveな例では,喉頭から縦隔まで伸展しているような巨大な腫瘍もある。このような場合胸骨切除をためらうべきではない。胸骨部分切除(胸骨柄切除)等により,術野展開及び術中操作と術後管理のriskを大幅に軽減することも可能である。気管分岐部から気管切開または永久気管孔まで4cmの長さがあれば十分である。反回神経浸潤に対しては,shavingによって神経鞘膜のみ切除した場合は可逆的である。また宮内らの報告[]のように,他神経との吻合も有効である。食道浸潤はUGI,CTやMRI画像で広範な浸潤が疑われる場合でも,ファイバーでintactであれば殆どの場合外膜切除のみで対応可能である。当科の経験でも喉頭全摘例を除いて,遊離空腸等を間置した症例はなかった。動脈浸潤についても,多くの場合切離&再建を要しない。人工血管などでの再建は致命的リスクを伴う。内頸静脈はしばしば切除再建を要するが,積極的に実施すべきである。その場合,前頸静脈や外頸静脈の血流を温存し,側副血行路の可能性を残しておかねばならないと思われる。一方,頸動脈鞘や気管・食道に広範囲に浸潤している場合は,根治性を十分考慮しなければならない。図3a,bに示した症例(70代女性)は,術前画像診断で甲状腺癌気管食道浸潤・右側頸動脈鞘(総頸動脈,内頸静脈,迷走神経)浸潤,右反回神経麻痺(浸潤)を有する甲状腺進行癌と考えられ,肺転移を疑う微小肺腫瘤も認めていた。術前は根治的な手術,saphenous veinによる動脈再建も考慮していた。しかし,術中所見として腫瘍が深頸筋膜を超え腕神経叢神経根近傍まで浸潤しており,組織学的にcurativeな手術は不可能と判断(年齢やQOLも考慮),背側を可及的切除とし,総頸動脈も切除を断念した。結果的に術式として,「甲状腺全摘術,両側リンパ節郭清,右反回神経切除,気管合併切除(shaving),食道部分切除縫合(外膜),総頸動脈外膜切除(胸鎖乳突筋ラッピング),内頸静脈切除断端縫合」とし,relative curative程度の根治性と術後内照射等の補助療法を選択した。総頸動脈浸潤例で再建が必要な場合は,必ず脳血管の評価,動脈輪の交通をballoon occlusion testなどを実施して確認しておかねばならない。総頸動脈再建においては,人工血管を使った報告も散見される[]が気管,食道再建や気管切開における感染のリスクを考慮するならば,saphenous vein graftなどの自己生体血管の方が適しているかもしれない。局所進行甲状腺癌における局所コントロールとしての手術の役割はたとえ遠隔転移を認める症例でも大きい[]。拡大手術をして根治性を目指すのではなく,安全性や患者の背景(年齢や全身状態),QOLを考慮した合理的な手術が望まれる[]。oncologic emergencyがある以上,外科的な治療がmain streamであることは当分変わらないであろうが,手術術式や治療方針を決定するうえで重要な予後をはかる悪性度の指標が待ち望まれる。

図 2

 

図 3 .

a:術前造影CT(水平断)。CCA:総頸動脈,JV:内頸静脈。

b:術前造影CT(冠状断)。CCA:総頸動脈,JV:内頸静脈。

おわりに

局所進行甲状腺癌,特に周囲臓器(気管,神経,食道,血管)に対する治療方針と結果について概説し検討した。局所進行癌の術式においては,年齢,全身状態,QOLを十分考慮して,可能な限り低侵襲で安全な術式を選択すべきである。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top