日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
特集1
再発甲状腺分化癌に対する外科治療教室の成績・具体例提示
今井 常夫菊森 豊根内田 大樹林 裕倫佐藤 成憲武内 大都島 由紀子
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2012 年 29 巻 4 号 p. 259-262

詳細
抄録

1979年から2009年までに行った再発甲状腺癌に対する手術104例を,手術で腫瘍を肉眼的に切除できた群(R群)と,肉眼的に明らかに癌の遺残を認めた群(P群)に分け,手術後の経過を検討した。R群はP群に比較し有意に全生存率,疾患特異的生存率,無再発生存期間が良好であり,肉眼的に完全切除が行えれば,肉眼的に癌が遺残した場合に比べて良好な予後が得られるという結果だった。気管周囲の再発症例では,マージンゼロであっても長期間の局所コントロール可能な症例が存在した。マージンを確保する目的で喉頭全摘を行った症例はなかった。気管周囲の切除では,肉眼的治癒切除の場合でもほとんどの症例がマージンゼロに近く,それでも比較的良好な予後が得られたのは,同じ頸部の扁平上皮癌の術後経過に比べて大きく異なる点と考えられた。手術合併症との関連は症例ごとの判断が必要である。

はじめに

再発甲状腺癌に対する外科治療は,特に気道閉塞や出血をきたすような気管周辺の再発症例において治療に難渋することがあり外科医は悩む。しかし未分化転化しない限り驚くほど良好なQOLを保ったまま長期生存可能な症例があるのは事実で,あきらめずに可能な治療を模索する価値がある疾病である。

症例と方法

1979年から2009年までに再発甲状腺癌に対する手術を104例(男性41例,女性63例)経験した。再手術時の年令は10歳から85歳で,中央値は58歳であった。組織型は甲状腺乳頭癌89例,甲状腺濾胞癌12例であった。甲状腺分化癌再発と考えて再手術を実施したが,術後病理検査で未分化癌成分が見つかったものが3例あった。再手術時に遠隔転移を認めたものが18例存在した。同時期に行った甲状腺髄様癌の再手術例は全例生存しており,検討対象から除外した。

手術で腫瘍を肉眼的に切除できた群(R群)と,肉眼的に明らかに癌の遺残を認めた群(P群)に分け,手術後の経過から実施した再手術が有用であったかどうか検討した。

結 果

R群はP群に比較し有意に全生存率,疾患特異的生存率,無再発生存期間が良好であり,肉眼的に完全切除が行えれば,肉眼的に癌が遺残した場合に比べて良好な予後が得られるという結果だった。全生存率の結果を図1に示す。

図 1 .

104例を根治例(R群:45例),非根治例(P群:59例)に分け,おのおのの累積全生存率を示す。

具体例の提示

R群:根治手術ができたと考えられる例

27歳女性,1998年に他院で甲状腺右葉摘出術,甲状腺左葉腫瘤核出術を受けた。病理はいずれも甲状腺乳頭癌であった。2001年,30歳時に左頸部腫瘤を自覚,再手術目的で当院へ紹介された。甲状腺左葉に明らかな腫瘤は認めなかったが,左内深頸部に累々としたリンパ節腫脹を認め,US検査では右内深頸部にも転移と考えられるリンパ節腫脹を認めた(図2a,b)。

図 2 .

a:頸部US所見を示す。右総頸動脈の前面に右内頸静脈が騎乗し,その外側に右内深頸部のリンパ節腫脹が認められる。病理学的に甲状腺乳頭癌の転移であった。

b:左総頸動脈およびその外側の左内頸静脈の外側に左内深頸部のリンパ節腫脹が認められる。累々と腫れており,病理学的に甲状腺乳頭癌の転移であった。

残存甲状腺全摘術,両側頸部リンパ節郭清術(D3b)を行った。術後経過は良好で特に合併症を認めなかった。

2012年,41歳。外来通院中で触診,頸部USとも頸部に再発所見なし。血中サイログロブリンは感度以下である。

P群

46歳男性,1997年に他院で甲状腺左葉摘出術,気管管状切除術を受けた。術前から左反回神経麻痺があった。病理は甲状腺乳頭癌であった。

2007年,56歳時に左頸部腫瘤を自覚,再手術目的で当院へ紹介された。甲状腺右葉は残存するも腫瘍性病変なく,左気管傍(気管吻合部付近)に再発腫瘤を認めた(図3a,b)。残存甲状腺全摘術,左気管傍再発巣切除術を行った。病理は甲状腺乳頭癌再発であった。術後のヨードシンチで縦隔および肺に集積があり,131-I 100mCiの内用療法が行われた。

図 3 .

a:単純CT所見を示す。甲状腺右葉が残存している。気管左には腫瘤陰影を認める。

b:上縦隔の左気管傍に腫瘤陰影を認める。気管内部へと突出する部位は以前の手術で気管吻合をした部分。

2008年,57歳時に縦隔リンパ節および肺転移の増大を認めた。縦隔リンパ節は左鎖骨,第一肋骨に直接浸潤の所見あり,PETで縦隔リンパ節および肺転移に集積を認めた(図4a,b)。左鎖骨・第1,2肋骨・肺合併切除を伴う局所切除を行った。腫瘍は左鎖骨・左第1肋骨・胸骨柄裏面左に固着しており,可動性全くなく,鎖骨・第1肋骨は中央部で離断,胸骨柄の左半分は腫瘍と共に左鎖骨下静脈・左内頸静脈・無名静脈・左交感神経幹・左横隔神経・左迷走神経とともに合併切除した。直接浸潤のあった左肺上葉も切除し,欠損部は左大胸筋で補填した(図5)。病理所見は,甲状腺乳頭癌の像が主体だが,細かな網状胞巣を形成する扁平上皮癌成分や小胞巣を形成する低分化癌が混在しており,極々一部に豊富な胞体と大型異型核を持つ細胞が密集する未分化癌の成分を認め,未分化癌と診断された。左肺の転移巣は乳頭癌の所見であった。

図 4 .

a:PET-CTの所見を示す。左頸部から上縦隔にかけてアイソトープの集積を認める。一塊となった腫瘤の一部に病理学的に甲状腺未分化癌を認めた。

b:左肺のPETの集積を示す(矢印)。病理学的所見は甲状腺乳頭癌の転移であった。

図 5 .

鎖骨,肋骨,胸骨切離線を示す(太い点線)。

術後CDDP(80mg/m2)+Docetaxel(60mg/m2)を3週に1回,4コース行い,その後局所に50Gyの外照射を行った。

2011年,肺転移巣の増大を認めTS-1の内服を開始した。

2012年,左前頭葉に石灰化を伴う46mmのMRIで造影される腫瘍を指摘。開頭腫瘍摘出術が行われた。病理は甲状腺乳頭癌の脳転移であった。その後腰痛あり,Th12の溶骨性骨転移と判明,40Gyの外照射を施行した。2012年9月現在,外来通院中である。

考 察

気管に癌が浸潤している場合,どのような術式を選択するかは個々の症例により異なる。甲状腺腫瘍診療ガイドラインにも記載されているように気管管状切除とShavingを含めた気管部分切除の成績を比較した報告はない。浸潤の度合いにより外科医が判断するものである[]。甲状腺乳頭癌の場合,気管浸潤部の切除マージンがゼロに近くても,肉眼的に腫瘍が切除できれば比較的長期間良好な局所コントロールを期待できる。以前に報告した気管浸潤例は,気管・喉頭部分切除術の術前は腫瘍からの出血と気管を90%以上閉塞する状態で呼吸困難と血痰という強い症状があったが,未分化転化して死亡するまでの10年間呼吸困難,血痰などの症状はなく,局所コントロールは最後まで保たれた[]。気管周囲の再発症例では,マージンゼロであっても長期間の局所コントロール可能な症例が存在した。喉頭まで明らかに浸潤している症例を除いては,マージンを確保する目的で喉頭全摘を行った症例はなかった。

気管周囲の再発部位として頻度は低いものの嚥下や発声に影響を与える副咽頭転移(いわゆるルビエール転移)は,どのようなアプローチで手術を行うかむつかしい部位である。大きな転移では下顎骨正中切離によるアプローチが良い視野が得られるが侵襲が大きくなる[]。小さい転移であれば下顎骨の下からアプローチしても切除可能である。

P群として提示した症例は,2回目の再手術の病理所見で未分化癌成分が存在した。甲状腺未分化癌コンソーシアムで長期生存例を解析したデータでは,拡大手術が行われた例,40Gy以上の外照射が行われた例,化学療法が行われた例でスコア化し,これらの治療がすべて行われた症例が一番長期生存する率が高いという結果であった[]。今回提示した症例は,未分化癌成分が認められた再手術からすでに4年が経過し生存中である。拡大手術,40Gy以上の外照射,化学療法という治療が行われ,さらに脳転移切除,骨転移への外照射などの治療も追加されている。集学的治療によりQOLを保ったまま未分化癌でも長期生存する症例があり,未分化転化が疑われる症例においても積極的な治療を考慮して良い症例は存在する。

おわりに

甲状腺乳頭癌再発例における気管周囲の切除では,肉眼的治癒切除の場合でもほとんどの症例がマージンゼロに近くなることが多い。それでも比較的良好な予後が得られたのは,同じ頸部の扁平上皮癌の術後経過に比べて大きく異なる点と考えられた。マージンゼロの切除で良ければ手術合併症によるQOL低下が少なく済む可能性が高くなる。手術合併症との関連は症例ごとの判断が必要であるが,マージンゼロでも可能な限り肉眼的治癒切除を目指した手術が予後改善につながり,かつQOLも保てると考えられた。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top