日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
アロマターゼ阻害薬耐性例に対する内分泌療法
岩瀬 弘敬山本 豊
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2012 年 29 巻 4 号 p. 284-288

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抄録

閉経後乳癌に対する術後内分泌療法はタモキシフェンからアロマターゼ阻害薬に主役の座が移った。また,アロマターゼ阻害薬は進行再発乳癌の一次内分泌療法としても推奨されている。アロマターゼ阻害薬耐性の二次内分泌療法としては,異なる構造を持つアロマターゼ阻害薬,タモキシフェン,トレミフェンなどの選択的エストロゲンレセプター機能調節物質(SERM),あるいはアゴニスト作用を持たないフルベストラントなどが挙げられるが,その投与順序は明らかでない。アロマターゼ阻害薬耐性例には,mTOR阻害薬やPI3K阻害薬のような細胞内シグナル阻害薬と内分泌療法薬の併用についても大きな期待がある。さらに,長期間のエストロゲン枯渇療法後の再燃には,エストロゲン療法が有効な場合もある。ホルモン依存性があると考えられる閉経後再発乳癌には,生物学的因子や治療経過を考慮して,作用機序の異なる内分泌療法薬を逐次交代投与することがQOLを維持した延命に有益である。

はじめに

閉経後ホルモン依存性乳癌に対するホルモン療法としては,1)抗エストロゲン薬として,タモキシフェンやトレミフェンのような選択的エストロゲン受容体機能調整物質 (Selective estrogen receptor modulator;SERM),アゴニスト作用を持たない選択的ER機能抑制物質(down-regulator;SERD)であるフルベストラント,2)エストロゲン合成抑制として,アナストロゾール,エキセメスタン,レトロゾールなど第三世代のアロマターゼ阻害薬(AI),3)ホルモン付加療法として,酢酸メドロキシプロゲステロン(MPA),エチニルエストラジオールなどが適用できる[,]。様々な臨床試験の結果から,術後全身療法としてSERMよりAIが無病生存率で優れており,副作用も比較的軽度であることから,術後全身療法としてのAIの5年間投与は現時点では一般的である。また,AIは進行再発乳癌の一次内分泌療法としても優れた効果を示しており,再発内分泌療法の第一選択薬として推奨されている[]。

一方,AIを再発時の初回内分泌療法として用い,その後増悪した場合,あるいはAIの術後療法中や終了後6カ月以内に再発したような場合の再発二次内分泌療法に関しては,順次投与の明確なエビデンスは少ない(表1)。急激に増悪して重要臓器に障害を与えるような場合には,内分泌療法そのものに抵抗性があると判断して化学療法に移行する場合もあるが,増殖速度が遅く,内分泌療法の反応性を確認する時間的余裕がある場合には,内分泌療法薬を単剤で順次交代に粘り強く使うことがホルモン依存性のある再発乳癌患者にとって有利である。

表1.

アロマターゼ阻害薬抵抗例に対する二次内分泌療法

日本乳癌学会のガイドライン[]では,作用機序の異なるAI,SERM,SERD,MPAなどを次の治療として挙げているが,NCCN(National Comprehensive Cancer Network)のそれでは,さらに男性ホルモンやエストロゲンの付加療法も含まれている[]。本稿ではAI耐性のメカニズムとAI耐性例に対する内分泌療法について解説する。

AI抵抗性のメカニズム

エストロゲンは核内転写調節因子であるERと結合して2量体を形成し,標的遺伝子(PgR,IGFRなど)のプロモーターにあるDNA上の特異的配列(エストロゲン応答配列)に結合して,転写共役因子との相互作用によりその転写を調節する経路(genomic action)(図1a)により,乳癌細胞はエストロゲン依存性に増殖する。AI長期治療例ではエストロゲン枯渇によりgenomic actionは抑制されていると考えられるが,このような状態ではERは核内のみならず,癌細胞の細胞膜,細胞質に発現を強めている(図2)。この膜型ERは微量なエストロゲンのシグナルをIGFRやHER-familyのような膜型増殖因子に伝え,MAPKやAktのような細胞内のリン酸化経路からERのA/Bドメインにあるセリンのリン酸化を引き起こし,リガンド非依存性にERの転写活性を上げる経路(non-genomic action)(図1b)を機能させている。このように,エストロゲン枯渇療法ではgenomic とnon-genomic actionとのクロストークからエストロゲンに対する感受性が極めて高まっていると考えられ,微量なエストロゲン,あるいはアンドロゲン代謝産物をリガンドとして利用して増殖しているということが考えられる[,]。

図 1 .

エストロゲン作用機序;genomic actionとnon-genomic action

a:エストロゲン(E)はERと結合して2量体を形成し,標的遺伝子のプロモーターに結合して,転写共役因子(CoA;co-activator)との相互作用によりその転写を調節する(genomic action)。SERMはEと競合的にERと結合し,転写共役抑制因子(CoR;co-repressor)により機能を低下させる。

b:エストロゲン枯渇が長く続くと,微量なエストロゲンのシグナルが膜型増殖因子からの細胞内のリン酸化経路が活性化され,リガンド非依存性にERの転写活性を上げる経路(non-genomic action)を機能させている。

図 2 .

通常培地でのMCF7とE2を除去した状況で2カ月培養したMCF7のERα蛍光免疫染色:E2除去後には細胞膜,細胞質,核における染色性が増している。(熊本大学投稿中)

このような場合には,1)作用機序の異なる内分泌療法薬に切り替える,2)より強力なestrogen blockadeを行う,3)non-genomic actionを抑制させるためにMAP/AKTのような細胞内増殖シグナルを抑制する薬剤を併用する。4)MPAやEE2のようなホルモン付加療法を行うことなどが考えられる。

AI耐性例に対する治療

① 異なる作用機序の内分泌療法薬

アナストロゾールやレトロゾールのような非ステロイド性AIに対する耐性においてはエキセメスタン(ステロイド性AI)を投与する(あるいはその逆も)ことが,有用であるとされてきたが,作用機序がエストロゲン枯渇療法である以上,その効果は限定的と考えられる。実際,報告においても奏効率(ORR)は数%程度であり,24週のSDを含む臨床的有用率(CBR)も30%前後であった(表1)。SERMはリガンドとしての抗エストロゲン作用からAI耐性の後でもORRは10%程度,CBRも40%程度と報告されており,わが国の調査においてもAI耐性例において奏効率が10%,臨床的有効率が45%であった(表1)。

フルベストラントはステロイド構造を持つ抗エストロゲン薬であり,ERの2量体化を阻害し,ERの分解を促進することで,SERMのような部分エストロゲン作用をきたすことはなく,SERDと呼ばれる。本薬はエストロゲンのgenomic actionのみならずnon-genomic actionも抑制し,他のホルモン療法に耐性となった症例にも効果が期待できる。しかしながら,欧米で先に承認された250mg/4週の用量では期待されたような効果が得られておらず,非ステロイド性AIに抵抗性となった症例におけるエキセメスタンとの比較試験ではフルベストラントの優越性は証明されなかった[]。一方,500mgを当日,2週後,4週後,以後は4週毎に投与する高用量では,他の用量設定に比べて有意に無増悪生存率が優れており,わが国ではこの高用量で承認されている。AIが前治療でのデータは多くはなく(表1),このフルベストラント高用量の臨床データを多く集めることが重要である。

② Complete estrogen blockade

閉経後ホルモン依存性乳癌における,AIとアゴニスト効果のないフルベストラントとの併用によって,より完全にエストロゲン経路を遮断することができると考えられる。アナストロゾールへのフルベストラントの追加効果を検索したFACT試験では,無増悪生存率において追加効果の優位性は見られなかったが,似たデザインでのSWOG試験ではフルベストラントの追加効果は有意であった[]。しかしながら,フルベストラント+プラセボ群,フルベストラント+アナストロゾールの併用群,エキセメスタン群の3群を比較したSoFEA試験では無増悪生存率には併用群の有意差が得られなかった[]。ただし,これらの試験ではフルベストラントは500mgの高用量ではないため,併用法の是非についてはさらなる臨床試験が必要である。

③ 内分泌療法と細胞内シグナル阻害薬との併用

トラスツズマブやラパチニブなどの膜型増殖因子のヒト型抗体あるいはシグナル阻害薬と内分泌療法とを併用することで,先のgenomic action,non-genomic actionの両経路を遮断し,効果を相加・相乗的に増強させることが期待できる。ER陽性HER2陽性乳癌において,アナストロゾール単独群とアナストロゾールとトラスツズマブの併用群とを比較した試験では,奏効率,無増悪生存率において併用群で有意に良好であった[]。同じく,レトロゾール単独群とレトロゾールとラパチニブの併用群とを比較した結果では,HER2陽性例は併用群で奏効率,無増悪生存率有意に良好であり[],さらにER陽性HER2陰性群においても,タモキシフェンの術後療法中または終了後6カ月以内に再発をきたした症例ではラパチニブの追加効果が期待できた。

mTOR (mammalian target of rapamycin)はAktの下流にあるセリン・スレオニンキナーゼであり,細胞の生存や増殖に深く関与している。エベロリムスはmTOR阻害薬として腎癌や神経内分泌腫瘍ではすでに臨床応用されている。乳癌においては,非ステロイド性AI抵抗性の閉経後転移症例を対象として,エキセメスタン単独とエキセメスタン+エベロリムス併用のランダム化二重盲検下比較第三相試験が行われた。併用群は単独群に比べ,奏効率,臨床的有用率,無増悪生存期間とも有意に改善した[10]。有害事象に関しては,併用群は単独群に比べGrade 3の口内炎,倦怠感,下痢,非感染性肺臓炎,高脂血症が報告されており,注意が必要である。さらに,最近では多くのPI3K/Akt経路の阻害薬が開発され,臨床応用の段階で検討されつつある。

④ ホルモン付加療法

酢酸メドロキシプロゲステロン,エチニルエストラジオールがこれに当たるが,両者とも深部静脈血栓やホルモン特有の副作用があり,三次療法以降に用いられる。Ellisらは,先立つAI治療に反応した例,あるいは再発後2年以上のAIが使用できた獲得耐性例を対象に,高用量(30mg/日)と低用量(6mg/日)エチニルエストラジオールの比較第二相試験を行い,両群間に臨床的有用率(30%程度)に差はなかったが,子宮内膜増殖,血栓,塞栓症などの重篤な有害事象は高用量群に高い頻度で認められたと報告した[11]。Jordanらはエストロゲン治療が有効であった細胞(症例)ではエストロゲンよって直接誘導されるアポトーシスの存在を証明し,さらにエストロゲン療法に奏効した症例は再びエストロゲン枯渇療法に反応する可能性があることも報告している[12]。このことは,内分泌環境を変化させることにより,薬剤反応性が生体内でダイナミックに変化することを意味しており,次治療の反応性も考慮した薬剤の逐次投与法を理解することが重要である。

おわりに

術後内分泌療法が終了してからある一定期間を置いて再発した場合は,その内分泌療法薬は有効であったと考えられ,次の治療は再発の一次治療である。逆に,術後全身療法中に再発した場合に薬剤を変更する場合はその治療は再発二次治療と考えなければならない。また,先立つ内分泌療法が奏効した症例や長期投与が可能であった症例が再燃した場合は,内分泌療法獲得耐性として,引き続いて内分泌療法薬を逐次単剤投与することが有用であり,一度用いた薬剤を再び用いることも検討すべきである。

謝 辞

本稿ではエスロトゲン療法の自験例呈示は別誌に投稿中のため割愛した。発表の機会を与えて下さった岩瀬克己先生,藤森 実先生,山下啓子先生ならびに関係の皆様に御礼申し上げる。

【文 献】
 

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