日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
小児甲状腺の細胞診
亀山 香織
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2013 年 30 巻 4 号 p. 287-290

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抄録

伊藤病院における最近20年間の15歳以下の甲状腺腫瘍性病変で,穿刺吸引細胞診(FNA)が行われ,その後甲状腺を切除した31例(腺腫様甲状腺腫5例,濾胞腺腫10例,濾胞癌4例,通常型乳頭癌3例,びまん性硬化型乳頭癌2例,濾胞型乳頭癌2例,充実型乳頭癌5例)を対象に細胞形態の検討を行った。充実型乳頭癌ではFNAで特徴的な所見は捉えられなかった。びまん性硬化型乳頭癌では多数の砂粒小体,扁平上皮化生である程度推定可能と思われる。今回の検討では症例がなかったが,小児例の多い篩状モルラ型乳頭癌では,濾胞状あるいは乳頭状,管状の細胞集塊が観察され,集塊辺縁には細胞のほつれがあり,核形の不整がみられることで推定される。また,腺腫様甲状腺腫で核腫大の目立つ例があったが,これが小児に多く認められる所見かどうかは今後の検討課題である。

はじめに

小児において甲状腺の穿刺吸引細胞診(FNA)が行われる機会は少ないため,未だその実態は明らかにされていない。われわれ日本甲状腺外科学会・日本内分泌外科学会でもこれまであまり報告は行われていないようである。一方,2011年の福島での原発事故後,18歳までの県民36万人につき甲状腺癌の超音波検査が行われ,そのうちリスクのあるケースについてはFNAが施行されている。今後,小児の甲状腺細胞診に注目が集まることと予想され,その概要を把握しておく必要性を感じる。本稿では伊藤病院で行われた小児でのFNAの結果と最近の小児甲状FNAについての文献を紹介する。

小児例甲状腺のFNA ―伊藤病院例―

伊藤病院における最近20年間の15歳以下の甲状腺腫瘍性病変につき,FNAが行われ,その後甲状腺を切除した31例を対象に細胞形態の検討を行った。年齢は9歳から15歳,組織型の内訳は腺腫様甲状腺腫5例,濾胞腺腫10例,濾胞癌4例,乳頭癌は12例で,内訳は通常型乳頭癌3例,びまん性硬化型乳頭癌2例,濾胞型乳頭癌2例,充実型乳頭癌5例である(表1)。

表1.

FNA後に切除が行われた症例の組織別内訳

小児甲状腺癌の特徴の一つとされる充実型乳頭癌は5例認められた。その名の通り充実性の増殖パターンを示すが,個々の細胞形態は通常型と同様で,核は微細顆粒状のクロマチンを有し,核溝や細胞質核内封入体が観察される。したがってFNAでも乳頭癌の推定までは比較的容易である。“充実亜型”の推定は可能かという点であるが,今回の検討ではsolidな構造を示すような構造異型はFNAで捉えることはできなかった(図1)。加えて本亜型は,組織上,低分化癌との鑑別が問題となってきたが,壊死や高度の細胞異型など,低分化癌を示唆するような所見も明らかではなかった。本亜型のFNA所見の記載は文献上少なく,細胞診のみでの充実型の推定は難しいとされている。一方,BRAFのV600E変異がこの亜型の特徴とされており[,],その変異をFNA検体で証明した報告がある[]。

図1.

充実型乳頭癌

12歳女児。核クロマチンは微細顆粒状で,通常型乳頭癌と同様である。シート状の構造がみられる。充実型とするにはその特徴は乏しい。

びまん性硬化型乳頭癌は組織上線維化とリンパ球浸潤が著明であり,通常は腫瘤を形成しない。弱拡大では分葉状の構造を示す。腫瘍細胞は充実胞巣を形成し,多数の砂粒小体を伴う。腫瘍は乳頭状構造を示す場合が多い。拡張したリンパ管内に腫瘍塞栓の形で腫瘍が認められる。しばしば扁平上皮化生を認める。超音波検査では微細な高信号が甲状腺全体に広がるといった特徴的な所見を呈するため,FNA前に本亜型が推定されていることが多い。したがってFNAでは組織型をどこまで言及できるかということになる。FNAでは,組織を反映し腫瘍細胞の集塊内に石灰化物が多数観察されることが特徴である(図2)。背景にはリンパ球や形質細胞が目立ち,扁平上皮化生も確認される。一見,慢性甲状腺炎と類似した所見もあるが,個々の細胞形態は通常の乳頭と同様である。超音波の所見を参考にすれば本亜型の推定は可能といえる。

図2.

びまん性硬化型乳頭癌

14歳女児。定型的な乳頭癌の所見である。右写真では砂粒小体が観察される。本写真では扁平上皮化生は明らかでない。

濾胞型乳頭癌は腫瘍の全体が濾胞構造を示し,乳頭状構造を欠くものである。FNAでは小濾胞構造を示す集塊が観察される。乳頭状やシート状構造は認めない。核所見は通常型と同様である(図3)が,核内細胞質封入体の数は少ない傾向にある。濾胞型乳頭癌の定義は腫瘍に乳頭構造がないこととなっているため,FNAで言及できるのは“濾胞構造の含まれる乳頭癌”までとなる。

図3.

濾胞型乳頭癌

9歳女児。核所見は乳頭癌として典型的である。集塊は丸みを帯び,小濾胞構造がうかがわれる。

今回の検討では篩状モルラ型乳頭癌の例はなかった。この亜型は他の亜型とは異なりFNAでも特徴的な所見を示すため,細胞像を把握しておくことは重要である。FNAではその特異な構造(濾胞状,索状,乳頭状,充実性)を反映する所見が認められる。腫瘍はコロイドを欠くため,背景にコロイドはみられない。濾胞状あるいは乳頭状,管状の細胞集塊が観察され,集塊辺縁には細胞のほつれがある。細胞間の結合性は通常型乳頭癌より弱い。核は大小不同,核形は不整で類円形から紡錘形を示す(図4)。クロマチンは微細顆粒状,核小体は1~2個みられる。核内細胞質封入体は多数確認できる。

図4.

篩状モルラ型乳頭癌

核内細胞質封入体が散見される。通常型乳頭癌より核の異型があり,集塊辺縁では細胞のほつれが認められる。

今回,濾胞性病変では腺腫様甲状腺腫,濾胞腺腫,濾胞癌の症例が認められた。このうち大部分は成人例と同様の像を示したが,2例については特異な組織所見を示していた。その細胞像を示す。図5は14歳男児のFNA像である。クロマチンのやや増加した円形核を有する上皮細胞が小濾胞構造を呈し集塊を形成している。核異型は乏しく,乳頭癌を思わせる所見はない。腺腫瘍甲状腺腫を推定した。図6は組織像であるが,中型から大型の濾胞が密に増殖する腫瘤であり,被膜を有する領域と欠く領域があった。濾胞癌を思わせる浸潤所見は認めなかった。腺腫様甲状腺腫とする意見と濾胞腺腫とする意見があると思われる(ここでは議論しない)。注目すべきは核腫大,N/C比の大きさである(FNAでは理由は不明だが,核の腫大は捉えられなかった)。われわれは昨年行われた第46回甲状腺外科学会のCPCで別の小児腺腫様甲状腺腫の例を紹介したが,小児の腺腫様甲状腺腫では核腫大が目立つということが特徴ではないかと考えている(今後検証したい)。図7は13歳女児のFNA像である。濃染した腫大核を有する細胞が集塊を形作っている。核間距離は不整である。濾胞癌の可能性を考える所見である。組織像を図8に示す。大小の濾胞が密に増殖しており,被膜を欠いている。腺腫様甲状腺腫と診断した。しかし,腫瘤の中央部ではFNAで認められた細胞と同様にN/C比が高く核は濃染している。定期的なfollow-upの必要性を感じさせる例であった。これらとは別に,濾胞癌と乳頭癌の鑑別の難しい(観察者によって診断の異なる)例も認められたが,これが小児例特有の現象か否かは不明である。

図5.

14歳男児のFNA像

異型の乏しい上皮細胞が小濾胞状の集塊を形成している。

図6.

図5症例の組織像

腺腫様甲状腺腫と濾胞腺腫と意見が割れる所見である。いずれにしろ,濾胞を構成する細胞の核の腫大が目立つ。

図7.

13歳女児のFNA像

大型でクロマチンの濃染した細胞が厚みのある集塊を形成している。

図8.

図7症例の組織像

腺腫様甲状腺腫と考えたが,濾胞は小型で核は大きい。小児の腺腫様甲状腺腫の特徴か。

他施設の報告

小児甲状腺FNAの報告は数少ない。各々独自の分類を用いているため統一感がないが,以下に紹介する。イタリアの多施設の例を集積した報告[]では,FNAで陰性20例,悪性疑い4例,陽性18例であり,組織診断は良性22例(腺腫様甲状腺腫15例,甲状腺炎3例,濾胞腺腫4例),悪性20例(乳頭癌19例,髄様癌1例)であった。トロントの報告[]では,FNAで良性30例,悪性2例,悪性疑い6例,検体不適正3例であり,組織診断は38例良性(組織の詳細の記載なし),悪性2例(乳頭癌),不明1例であった。また,トルコでの検討[]では,FNAで良性24例,悪性1例,悪性疑い1例,検体不適正4例であり,組織診では悪性疑いの患者は良性腫瘍(詳細不明),悪性の患者は乳頭癌であった。インドの報告[]では,FNAの診断ではリンパ球性甲状腺炎38例,腺腫様甲状腺腫14例,過形成8例,良性6例,悪性腫瘍6例であり,悪性腫瘍6例の組織診断は,乳頭癌3例,橋本病1例,横紋筋肉腫1例,SETTLE(spindle cell tumor with thymus-like differentiation)1例であった。用語の不統一と症例の少なさより一定の傾向を読み取るのは難しい。

文献的にみると小児甲状腺FNAの精度は70から95%と高値である。また,感度は60から80%,特異度は63から97%[,10]である。FNAでは陰性例があることより直ちに診断的な切除を推奨するグループもある[1112]ものの,多くの報告はFNAの有用性を評価しており,手術を行うか否かの重要な判断材料となるのは成人と変わりない。今後小児甲状腺FNAのへの関心が高まることが予想されるため,本領域における日本からのデータの集積が望まれる。

【文 献】
 

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