日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
長期間シナカルセトが著効を呈している高齢者原発性副甲状腺機能亢進症の1例
川野 亮川野 汐織荻野 宗次郎保田 健太郎吉川 啓一片桐 誠
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2013 年 30 巻 4 号 p. 314-318

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抄録

症例は87歳女性。甲状腺腫瘤の精査を目的に当院を受診。触診,超音波検査で右葉に一致して3cm大の充実性結節と両葉に多数のコロイド結節が認められた。血液検査では甲状腺機能は正常であったが血清カルシウムおよびPTHインタクト(I-PTH)の上昇が認められた。充実性結節の細胞診では濾胞性腫瘍もしくは腺腫様甲状腺腫の診断であった。原発性副甲状腺機能亢進症が合併していると診断し頸部CT,99mTc-MIBIシンチを行ったが副甲状腺腫瘍の局在診断は得られなかった。高齢,腎機能低下,僧帽弁閉鎖不全症のため手術療法はhigh-riskのために困難と判断。本人,家族共に手術療法の希望せず,甲状腺結節は経過観察としシナカルセトの投与を開始。カルシウムは速やかに正常化しI-PTHも徐々に低下し正常化した。投与開始後3年目の現在,シナカルセトを継続投与し血清カルシウム,I-PTHはほぼ正常値が保たれている。

はじめに

シナカルセトは本邦では維持透析下の二次性副甲状腺機能亢進症が適応症の薬剤である。欧米では副甲状腺癌などの原発性副甲状腺機能亢進症(pHPT)によるコントロール困難な高カルシウム血症に対しても適応が認められているが,本邦では未だ適応症には含まれていない。今回,シナカルセトが長期間著効を呈している高齢者pHPTの1例を経験したので報告する。

症 例

症 例:87歳女性。

主 訴:甲状腺腫瘤。

既往歴:頸部脊柱管狭窄症,腰椎圧迫骨折で加療中。

家族歴:特記事項なし。

現病歴:数年前から甲状腺腫を指摘されていたが放置。受診の1年前から増大傾向が認められ,2010年4月1日当院を受診した。

現 症:初診時,患者はイライラして落ち着きがない様子であった。身長136cm,体重41.7kg,著明な円背を認める。血圧152/75,脈:81回/分,不整。甲状腺右葉に3cmの表面平滑,硬度軟,境界明瞭な結節を触知。

胸部レントゲン:心胸比58%と心拡大が認められた。

心電図:多発性心室性期外収縮が認められた。

心臓超音波検査:心機能は保たれていたが3度の僧帽弁閉鎖不全症と2度の大動脈弁閉鎖不全症が認められた。

血液検査所見:軽度の貧血(ヘモグロビン9.4g/dl)を認め,甲状腺機能は正常,甲状腺自己抗体は陰性,サイログロブリンは74.8ng/mlと軽度上昇していた。血清カルシウム値は12.7mg/dlに上昇,同時に測定したPTHインタクト(I-PTH)は350.6pg/mlに上昇,ALPも417IU/lと上昇を認めた。腎機能はクレアチニンは1.07mg/dlと上昇,尿素窒素は異常ないがeGFRは37ml/min./1.73m2と低値であった(表1)。

表1.

血液生化学所見

骨密度(MD法):YAM値比67.7%と骨粗鬆症が認められた。

超音波検査:甲状腺両葉に囊胞性結節とコロイド結節が多発し,右葉下極には長径3cmの内部エコー均一な充実性結節が認められた。この結節はエラストグラフィでは周囲甲状腺組織とほぼ同等の組織弾性で血流ドップラ検査では被膜に沿った血流シグナルが目立つものの結節内部の血流増加は認められなかった(図1)。

図1.

超音波検査Bモード

右葉下極に33×30mmの充実性,被膜を伴うなどエコー結節を認める。

頸部造影CT:甲状腺内に複数の囊胞と右葉下極に結節性病変が認められ,結節は不均一な造影効果を示した。甲状腺内の結節以外は頸部,上縦隔に病変は指摘できなかった(図2)。

図2.

CT

甲状腺内に囊胞と右葉下極に結節性病変を認め,結節は不均一な造影効果を認める。甲状腺内の結節以外は頸部,上縦隔に病変は指摘できず。

99mTc-MIBIシンチグラフィ:早期相,遅延相共に両葉下極に集積が認められたが明らかな副甲状腺病変を疑う集積は認められなかった(図3)。

図3.

Tc99m-MIBIシンチ

早期相(eary),遅延相(delay)共に両葉下極に集積を認める。

穿刺吸引細胞診:充実性結節を穿刺した細胞診の結果は判定困難と診断され,濾胞性腫瘍と腺腫様甲状腺腫の鑑別は困難であった。

経過(図4):以上の所見から濾胞性腫瘍もしくは腺腫様甲状腺腫と局在が確定しえない原発性副甲状腺機能亢進症の合併と診断された。高齢で腎機能低下,心臓弁膜症,不整脈などの合併症があり手術療法は困難と考えられるとともに,本人,家族共に手術療法の希望はなかった。上記の検査中,2カ月後には血清カルシウム値は14.4mg/dlまで上昇,無機リンは2.2mg/dlに低下,I-PTHは365.3pg/mlに上昇を認めた(表1)。高カルシウムクリーゼ発症の危険性を考慮し家族,本人に十分なインフォームドコンセントを行った後にシナカルセト25mg/日の内服を開始した。内服開始後2週間後にはカルシウムは11.8まで低下,更に2週間後には9.4と正常化した。血清カルシウムが正常化すると共にI-PTHは低下し正常化,無機リンも正常値まで上昇した。初診時認められた患者のイライラ感はカルシウム正常化と共に落ち着いた。シナカルセトは当初の半量の12.5mg/日に減量,投与開始後36カ月の現在まで投与を継続しカルシウムは良好にコントロールできてる。骨密度はMD法で変化は認められず,直近の骨密度検査はDXA法で行い大腿骨頸部にてYAM値比63%と大きな変化を認めていない。

図4.

経過表

シナカルセト投与開始後血清カルシウム値,I-PTH共にほぼ良好にコントロールされている。(カルシウム正常値8.4~10.4mg/dl,I-PTH正常値10.0~65.0pg/ml)

考 察

原発性副甲状腺機能亢進症(pHPT)の原因は約8割が腺腫,2割程度が過形成で癌は稀とされている。pHPTでは血清カルシウム上昇による中枢神経症状,筋症状,消化器症状,腎症状,循環器症状,異所性石灰化などの種々の合併症が問題となる。pHPTの治療は副甲状腺摘出術(PTx)が第一選択であるが,PTxの適応についてはNIHのガイドライン[]によると血清カルシウム濃度が正常上限値より1mg/dl以上の上昇,24時間尿中カルシウム排泄が400mg以上,クレアチニンクリアランスが同年代健常人と比して30%以上の低下している,骨密度が若年成人の平均値からからの標準偏差で−2.5未満,年齢が50歳未満,部位診断ができている症例とされている。しかし,現状では上記の適応基準に該当しない症例でも部位診断ができて全身状態が許せば積極的に手術療法が選択されていると考えられる。本症例では副甲状腺腫瘍の部位の特定ができていない,87歳と高齢である,腎機能低下や心臓弁膜症,不整脈などの合併症を認める,本人,家族共に積極的に手術を希望しない,などから積極的な手術の適応はないと判断した。

コントロール困難な高カルシウム血症は生命に危険を及ぼすことがあることは周知の事実である。高カルシウム血症に対しては,通常は補液,利尿剤,透析,ビスフォスフォネート製剤,カルシトニン製剤,ステロイドなどの治療が勧められている[]が期待通りの効果がない症例もある。本症例は経過中に高カルシウム血症の悪化を認め高カルシウムクリーゼの発症が危惧された。しかし上記のような通常の薬剤や処置は年齢,合併症を考慮すると適応は困難と考えられ主治医の判断でシナカルセト投与を開始した。

シナカルセトは副甲状腺のカルシウム受容体に対するallosteric activatorであり副甲状腺細胞の細胞外Ca2+濃度に対する感度を上昇させることにより細胞外Ca2+濃度が上昇した時と同様に副甲状腺ホルモン産生,分泌が減少し副甲状腺細胞の腫大,増殖を抑制することが示されている。シナカルセトの本邦での適応症は透析中の慢性腎不全患者における2次性副甲状腺機能亢進症のみであるが,諸外国では副甲状腺癌患者における高カルシウム血症の適応がある[]。pHPTに対する有効性に関しての報告は,単回投与でPTHや血清Ca濃度が低下したとの報告があり[]また,シナカルセトで治療を行ったpHPT患者18名の内17名(94%)で血清Caが正常化したとの報告[]や手術までの待機時や年齢や合併症を考慮しシナカルセトによる保存的治療を行った3例に有効であったとの報告[]がある。小規模ではあるが臨床試験でも期待の持てる結果が得られおり,Shobackらは22名のpHPTの患者に対しシナカルセトによるランダム化二重盲検試験を行い有用性を報告している[]。また,Peacockらは78名のpHPTの患者におけるシナカルセトの長期効果と安全性を多施設ランダム化二重盲検試験で検討している[]。この中で著者らはシナカルセト群では2週目から52週目にかけて血中Caを正常に維持することが可能であり,副作用については嘔気や頭痛などが認められているがプラセボ群においても同様の発現であったとしている。本症例ではシナカルセト投与は36カ月の長期にわたりカルシウムは良好にコントロールできており,I-PTHもほぼ正常値が維持できている。また,期間中に明らかな有害事象も認められていない。

シナカルセトの投与量に関してはPeacockらは30mg~50mgを1日2回投与している[]が本症例や上田らの報告[]では少量の投与で効果が得られている。薬剤の効果が人種間で異なるのか単なる体表面積の差によるものかは不明である。本邦で適応症である維持透析下の二次性副甲状腺機能亢進症に対する推奨投与量も25~100mgとかなり幅があり,原発性副甲状腺機能亢進症に対する至適投与量に関しては今後検討を要する。

シナカルセトは高齢者や合併症のために手術療法が困難なpHPT症例に対する保存的治療法,また速やかな効果が期待できるため手術までの待機的治療法としても有用な薬剤であると考えられる。しかし,服用中止によって再度高Caを発症することが予想され,生涯にわたる服用を必要という問題点がある[]ことも事実である。今後症例を集積し検討を要すると考えられる。

おわりに

シナカルセト投与にて長期にわたり血清カルシウム,副甲状腺ホルモンがコントロールされている高齢者原発性副甲状腺機能亢進症の1例を報告した。今後このような症例に対しシナカルセトが保険適応となることに期待したい。

本論文の要旨は第24回日本内分泌外科学会総会(2012年6月9日,名古屋)にて発表した。

【文 献】
 

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