日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特別寄稿
甲状腺癌に対する分子標的薬の最近の知見
山崎 知子田原 信高見 博
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2014 年 31 巻 1 号 p. 48-54

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抄録

近年,各癌腫にて分子標的治療の開発は目覚ましく,多くの分子標的治療薬が臨床に登場している。

甲状腺癌においても近年分子標的薬の開発がとても目覚ましい。2013年ASCO(American Society of Clinical Oncology)にて放射性ヨード治療抵抗性の局所進行または転移を有する分化型甲状腺癌(Differentiated thyroid cancer以下DTC)に対してもSorafenibがプラセボとの比較にて統計学的有意に無増悪生存期間(PFS)で延長を示した。そのほかLenvatinib,Vandetanibに対する臨床試験が進行中である。甲状腺髄様癌(MTC)に対してVandetanibがプラセボとの比較にて統計学的有意に無増悪生存期間(PFS)を延長することが示され,欧米(FDA,EMA)ではすでに承認されている。

従来の細胞障害性抗癌剤ではみられない副作用も観察されるため,副作用発現情報や対応方法の知識が重要である。

はじめに

甲状腺癌はすべての癌の1%に相当する稀な癌腫であるが,全世界において内分泌癌の中では最も頻度が高く,新たに発症する内分泌癌全体の91.2%を占める。

診断の時点における甲状腺癌の予後は概ね良好であり,10年生存率は85%である。最初の診断時に遠隔転移がみられるのは5%未満である。遠隔転移の場所は肺(50%),骨(25%),肺と骨の両部位(20%),他部位(5%)である。遠隔転移を有するときの10年生存率は25~42%である[]。

現在,分化型甲状腺癌(Differentiated thyroid cancer以下DTC)に対する初期治療は外科手術で,その後可能であれば放射線ヨード131Iを用いた放射線ヨード内用療法およびTSH抑制療法を実施する。再発した場合,手術と放射線外照射療法を行うこともあるが,再発を認める患者の2/3は腫瘍がヨードを細胞内に輸送し保持する能力を有しているので131I内用療法が有用である。131Iを取り込む腫瘍で腫瘍量が少ない若年患者の場合131I内用療法後の10年生存率は90%に達する。しかし,131Iの取り込みが低下したり,取り込まなくなったDTCを有する場合の10年生存率は10%以下である[,]。

131I抵抗性の甲状腺癌に対する単剤または併用化学療法は,臨床効果がほとんどなく,毒性を伴う。過去にドキソルビシン単剤やパクリタキセルとゲムシタビンの併用,ドキソルビシンとシスプラチンとの併用をした報告があるが,毒性が強く臨床効果もほとんどなかった(表1)[]。

表1.

分化型甲状腺癌に対する抗癌剤の有効性

そのため欧州臨床腫瘍学会(ESMO)では「化学療法が有効であるという結果がないため131I難治性の進行DTCの治療には適応とならず,チロシンキナーゼ阻害剤による臨床試験に患者を登録すべきであるというガイドラインを発行した[10]。

甲状腺癌の分子異常

腫瘍の増殖・転移には血管新生が重要であり,血管内皮増殖細胞(Vascular Endothelial Growth Factor:VEGF),線維芽細胞増殖因子(Fibroblast growth factor receptor:FGFR),血小板由来増殖因子(Platelet-Derived Growth Factor:PDGF)が作用している。

甲状腺分化癌は血流が豊富な癌腫で,甲状腺の正常組織よりVEGFの発現が増加しているのでVEGFRを阻害する血管新生阻害薬の効果が期待されている。

BRAFはMAPK経路においてRASの直下の標的分子であり,BRAF遺伝子産物は,がん遺伝子産物であるRASの下流分子としてRAS/RAF/MARK/ERK pathwayのシグナル伝達に関わることが明らかにされている。BRAFの活性化変異がメラノーマをはじめ多くの癌組織でみられることが報告され,他癌種にて新薬の開発が進んでいる。BRAFの変異を有する癌腫としては,メラノーマ50%,甲状腺乳頭癌46%,甲状腺未分化癌24%,卵巣癌34%,胆管癌11%,大腸癌10%,非小細胞肺癌2%である[1112]。

甲状腺腫瘍でも各々の文献によって差はあるが,乳頭癌を中心に高頻度にBRAF変異を認める(約46%)[13]。また転移・再発甲状腺癌において80%の症例でBRAFの変異を伴い,甲状腺外の進展,被膜外浸潤,リンパ節転移があるという予後不良因子を示す[14]。そして甲状腺乳頭癌の80%においてMAP経路の活性化を認め,RET/PTC再構成(13~43%)やRAS変異(0~21%)やBRAF点変異(44%)も認める[1517](図1)。RASの結合に関係なく,BRAFシグナルの活性化を誘導する点突然変異が甲状腺乳頭癌の35~70%で報告されており,甲状腺癌におけるRAS/RAF/MAPK経路の役割は重要であることを示す。

図 1 .

MAPK and PI3K-AKT-MTOR pathways(文献17より)

また大腸癌,転移性メラノーマにてBRAFの変異が予後不良因子であることが言われている。上記より甲状腺をはじめ各癌腫の治療における標的分子としてBRAFが注目されている[1819]。

これらより,近年甲状腺癌を対象としてRAS/RAF/MARK経路,VEGFRなどを標的に阻害するチロシンキナーゼ阻害剤の開発が盛んであり(表2),良好な抗腫瘍効果を示している(表3)[2035]。

表2.

甲状腺癌において開発中の分子標的薬

表3.

放射線ヨード治療抵抗性分化型甲状腺癌に対する分子標的薬臨床試験

RAI抵抗性分化型甲状腺癌に対する分子標的薬

1)Sorafenib

Sorafenibは細胞増殖や血管新生に関わる複数のキナーゼを標的とする経口の抗悪性腫瘍剤/キナーゼ阻害剤である。2004年にSorafenibは野生型BRAF,V600E変異型BRAF,VEGFR-2(血管内皮細胞増殖因子受容体),PDGFR-β(血小板由来増殖因子受容体),およびPDGFR-3,c-KIT,RETを阻害することが示された[36]。すなわちSorafenibはRAFキナーゼを阻害することで腫瘍増殖シグナル伝達系に対して阻害し,VEGFRを阻害することで腫瘍血管新生を阻害する2つの役割がある。

2008年1月に根治切除不能または転移性の腎細胞癌,2009年5月に切除不能な肝細胞癌に対する適応が承認されている。

①100369試験

非盲検第Ⅱ相臨床試験で,主要評価項目は131I治療抵抗性の転移性甲状腺癌患者における奏効率である。

Simonデザインで2つのコホートに割り当て,A群(腫瘍解析群)とB群(探索的評価群)に割り当てた。A群にはRAI治療抵抗性の化学療法歴のない甲状腺乳頭癌(19例),B群には化学療法歴を有する被験者(11例),または乳頭癌以外のサブタイプの甲状腺癌を有する被験者計37例の被験者を登録した。化学療法歴のない甲状腺乳頭癌患者の72%にクリニカルベネフィット(部分奏効もしくは安定)が認められ,無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)の中央値は16カ月であった[21]。

②DECISION試験

2013年のASCOにて,131I抵抗性の局所進行または転移を有する甲状腺分化癌を対象にSorafenibとプラセボとの無作為化比較第Ⅲ相試験(DECISION試験)の結果が発表された[34]。

RAI抵抗性で化学療法・分子標的薬の前治療歴のない局所進行または転移を有する分化型甲状腺癌を対象に行われた。417名が登録され,Sorafenib 400mgを1日2回投与される群(207例)とプラセボ群(210例)に無作為割り付けされた。プラセボ群は病状悪化後に実薬へのクロスオーバーが許容された。

主要評価項目はPFS,副次評価項目は全生存期間(Overall survival;OS),無増悪期間(Time to progression;TTP),奏効率,奏効期間,安全性と忍容性であった。

男女比は1:1,平均年齢は両群とも63歳,人種はヨーロッパ人が約60%,北米17%,アジア人22%,組織型は60%が乳頭癌,遠隔転移症例は96%であった。

PFS中央値はSorafenib群が10.8カ月,プラセボ群が5.8カ月でHazard比は0.587(95%CI:0.454~0.758),p<0.0001と有意にSorafenib群で延長していた。サブグループ解析では組織型にて乳頭癌では良好であったが,濾胞癌や低分化癌では治療効果が乏しかった。OSは両群ともに統計学的な有意差は認められなかったが,Sorafenib群で期待できる結果だった(p値0.138,HR 0.802,95%信頼区間0.539~1.194)。病勢コントロール率(完全奏効+部分奏効+安定>6カ月以上)はSorafenib群54.1%,プラセボ群33.8%(p<0.0001)であった。標的病変の最大腫瘍縮小率はSorafenib群で73%,Placebo群で27%であった。

Sorafenib群で多く認めたGrade3以上の有害事象は手足皮膚反応20.3%,高血圧症9.7%,下痢・疲労・体重減少5.8%,皮疹が4.8%であった。

PFSはSorafenib群で有意に延長したがOSでは統計学的有意差は認められなかった。これはプラセボ群の患者の病勢が進行した後に実薬のSorafenibの投与が許容されていたためと思われる。プラセボ群の患者さんの71%が非盲検下でSorafenibの投与を開始しており,いずれの群でも,全生存期間の中央値には至っていない。

Sorafenibは131I抵抗性甲状腺癌に対して第Ⅲ相試験にて初めてプラセボと比較してPFSの延長を示した薬剤である。しかし,手足皮膚反応など患者のQOLを低下させる副作用も認められるため,Sorafenibの適応となる対象の見極めが重要である。

現在,本邦のみで分化型のみならず髄様癌,未分化癌も含めた第Ⅱ相試験を登録中である。

2)Vandetanib

甲状腺髄様癌(MTC)に対してVandetanibがプラセボとの比較にて統計学的有意にPFSを延長することが示され,欧米(FDA,EMA)ではすでに承認されている。131I抵抗性甲状腺癌に対してVandetanibとプラセボとの無作為化比較第Ⅱ相試験が施行された[30]。164例登録されそのうち145例がVandetanib群(72人)とプラセボ群(73人)に割り付けられた。プラセボ群は増悪もしくは治療開始後12カ月にオープンラベルでVandetanib内服に移行できた。主要評価項目はPFSでVandetanib群11.1カ月,プラセボ群5.9カ月(Hazard ratio:0.63(0.54~0.74),one-sided p=0.008,two-sided p=0.017)でありVandetanib群で有意にPFSが延長した。現在,131I治療抵抗性の分化型甲状腺癌を対象としたVandetanibとプラセボとの国際共同第Ⅲ相試験が進行中である。

3)Lenvatinib(E7080)

Lenvatinib(E7080)は,VEGFの受容体であるVEGFR1-3やRET(Rearranged During Transfection)遺伝子,FGFRのFGFR1-4,PDGFなど血管新生や腫瘍増殖に関わる複数のチロシンキナーゼを阻害する。特にVEGFRに対して強力な阻害活性を有し,血管新生に重要な受容体型チロシンキナーゼに選択性が高いマルチキナーゼ阻害薬である[37]。

Lenvatinib(E7080)も131I治療抵抗性の分化型甲状腺癌の第Ⅱ相試験(n=58)で部分奏効58%,PFS 13.3カ月(フォローアップ期間14カ月)という良好な結果をおさめた[28]。Grade3以上の主な毒性は,高血圧(10%),尿蛋白(10%),下痢(10%),体重減少(7%),倦怠感(7%),手足症候群(2%),食欲低下(2%),上腹部痛(2%)であり,手足症候群はSorafenibより頻度が低かった。毒性中止が29%,減量が39%の症例に必要であった。またSorafenib,SunitinibなどのVEGFRをターゲットとする薬剤の前治療歴のある17例においても41%の部分奏効が得られたことから,VEGFRをターゲットとする薬剤に不応になった場合でも有効性が期待できることが示唆された。

この試験では癌細胞の遺伝子変異の解析(腫瘍バイオマーカー)と宿主由来の因子(ホストバイオマーカー)の解析も行われた[35]。腫瘍バイオマーカーの解析では58例の症例中,腫瘍切片の摂取が可能であった23例において,遺伝子変異の解析が施行された。BRAF,RAS,VHLなど解析した10遺伝子において16例(70%)に遺伝子変異を認めた。RAS遺伝子(KRASまたはNRAS)に変異をきたす症例の奏効率(Response rate:RR)は100%であり,野生型の症例の36%と比較して有意に高かった(p=0.007)。また変異のある症例で腫瘍縮小率が高く,PFSが延長した。ホストバイオマーカーとして循環血管新生因子(Circulating Angiogenic factor:CAF)も検索された。治療前の血清VGFRとAGN-2(angiopoietin-2)が低い症例においてPFSが延長かつ腫瘍縮小効果を認めた。

現在,VEGFRをターゲットとする薬剤の前治療歴のある患者も含めてRAI治療抵抗性の分化型甲状腺癌を対象としたE7080とプラセボとの国際共同第Ⅲ相試験の登録が終了し,その結果が待たれる。現在,本邦ではMTC,未分化癌も含めた第Ⅱ相試験が進行中である。

甲状腺髄様癌

全甲状腺癌の3~4%と稀な癌であるにもかかわらず,髄様癌に対する分子標的治療薬の臨床試験が数多く行われている。VandetanibとCabozantinibが第Ⅲ相試験に進んだ(表4)[243845]。

表4.

髄様癌に対する分子標的治療薬の臨床試験(Phase Ⅰ-Ⅱ)

1)Vandetanib

切除不能な局所進行・再発転移の髄様癌を対象にVandetanibとplaceboとの無作為化比較第Ⅲ相試験(ZETA trial)がASCO2010年に報告された。331名がVandetanibとplaceboに2:1にrandomizeし,それぞれ投与して,PDとなればopen labelでVandetanibが投与されることが許容された。Primary endpointであるPFSにおいてVandetanib群はPlacebo群と比較して有意に良好であることが示された(HR=0.46(0.31~0.69),p<0.0001)(図2)[46]。この結果をもとに,FDAはVandetanibを甲状腺髄様癌に承認した。

図 2 .

局所進行・再発髄様癌を対象としたVandetanibとplaceboとの第Ⅲ相試験におけるPFS

2)Cabozantinib

局所進行・再発髄様癌を対象としたCabozantinibとプラセボとの無作為化比較第Ⅲ相試験の結果が,2012年のASCOで報告された[47]。330名が2:1に無作為に割り付けられた。主要評価項目であるPFSは,Cabozantinib群中央値11.2カ月,プラセボ群4.0カ月とCabozantinib群が統計学的に有意に優れていることが示された(HR 0.28(0.19~0.40),p<0.0001)。奏効割合もCabozantinib群28%,プラセボ群0%とCabozantinib群が統計学的に有意に優れており(p<0.0001),奏効期間中央値も14.6カ月と良好であった。主なGrade3以上の主な毒性は,高血圧(8%),出血(3%),静脈血栓(4%),消化管穿孔(3%),瘻孔形成(2%)であり,Cabozantinib群において1.9%(4例)の治療関連と思われる死亡(3例瘻孔形成,1例出血)が認められた。

おわりに

局所再発・遠隔転移・ヨード不応性の甲状腺癌に対して分子標的薬の開発が急速に進んでおり,今後,わが国にも承認されることが期待される。無増悪生存期間がおよそ13カ月であることから大半が1年以上の服用継続することになる。しかし毒性は決して軽いとは言えず,従来の抗がん薬と異なった毒性(手足症候群,高血圧,蛋白尿など)もあることから,毒性中止・患者拒否とならないように慎重な観察,休薬・減量・再開などきめ細やかな対応が必要である。

【文 献】
 

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