日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
症例報告
濾胞性腫瘍として2年半経過観察された甲状腺髄様癌の1例
野田 諭松谷 慎治浅野 有香倉田 研人柏木 伸一郎川尻 成美高島 勉小野田 尚佳大澤 雅彦平川 弘聖
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2014 年 31 巻 2 号 p. 139-143

詳細
抄録

症例は66歳女性。高CEA血症の精査にて甲状腺腫瘍を指摘され当院紹介。右葉に18mm大の腫瘤を認め,穿刺吸引細胞診で濾胞性腫瘍と診断された。濾胞性腫瘍として1年6カ月超音波のみで経過観察され変化を認めなかった。2年6カ月後,他院PET検査で甲状腺への異常集積を指摘され,再受診した。CEAの上昇,腫瘤の増大傾向を認め,カルシトニンが高値であり,手術を施行,術中組織検査にて髄様癌と診断,非機能性の副甲状腺過形成を伴っており,甲状腺全摘術,頸部リンパ節郭清と副甲状腺全摘術および自家移植を施行した。病期はpT2N0M0 StageⅡであった。初診時の画像および細胞診結果から濾胞性腫瘍と診断,長期超音波で経過観察された髄様癌の1例を経験した。初診時診断に反省すべき点は多いが,経過を追えた点で貴重な経験と考え,文献的考察を加えて報告する。

はじめに

甲状腺髄様癌は甲状腺悪性腫瘍のうち頻度の低い疾患であるものの,CEAやカルシトニンの血液所見や家族性などの特徴的な臨床像から比較的容易に確定診断されることが多い。しかし画像所見や穿刺吸引細胞診所見からは診断に難渋することも少なくないとされる。今回われわれは濾胞性腫瘍と診断され,長期にわたり超音波検査で経過観察された髄様癌の1例を経験した。頻度の低い髄様癌の診断について示唆に富む症例であり,診断上の反省点を中心に報告する。

症 例

症 例:66歳,女性。

主 訴:高CEA血症。

既往歴:高血圧,気管支喘息。

家族歴:特記すべきことなし。

現病歴:近医で高CEA血症の精査目的に施行された頸部CT検査で甲状腺腫瘍を指摘され,精査目的に当科紹介受診となった。

現 症:頸部右側に表面平滑で弾性軟な小指頭大の腫瘤を触知した。頸部リンパ節を触知しなかった。

血液検査所見:CEA27.8ng/mlと高値であったが,サイログロブリンは30.1ng/dlと正常範囲内で,血算,生化学的検査,甲状腺機能検査,副腎機能検査に異常は認めなった。初診時,血清カルシトニンは測定されなかった(表1)。

超音波検査所見(図1a):甲状腺右葉中部に径18mm大の扁平楕円形,境界明瞭,辺縁整,内部エコー均一な低エコー腫瘤を認めた。頸部リンパ節腫脹は認めなかった。

臨床経過:穿刺吸引細胞診(図2)は,画像の添付はなく,「ClassⅢ,濾胞性腫瘍」とのみ報告された。血清カルシトニン値の情報はなかったが,画像所見,細胞診報告から甲状腺濾胞性腫瘍と診断し,消化管などの精査を優先し甲状腺腫は超音波での経過観察とした。

初診時から6カ月後(図1b)と1年6カ月後(図1c)に行った超音波検査では,同腫瘤はサイズ,辺縁や内部エコー像などに変化を認めず,濾胞性腫瘍として矛盾のない像と判断し経過観察を続行していた。

初診時から2年6カ月後,他院のPET検査で甲状腺への異常集積を指摘され,再診した。

再診時超音波所見(図1d):同腫瘤は径26mmと増大を認めたが,辺縁の不整像や内部の微細石灰化などの悪性所見はなく,頸部リンパ節の腫脹も認めなかった。

再診時血液検査所見:CEA65.1ng/mlと上昇,カルシトニン6,600pg/mlと高値を示した。血清Ca,P,intact-PTH,副腎皮質,髄質機能ともに正常範囲内であった(表1)。

再診後経過:穿刺吸引細胞診は再度ClassⅢの判定であったが,CEAおよびカルシトニンの上昇を伴う増大傾向のある腫瘤であり,散発性の甲状腺髄様癌を疑い手術を施行した。

手術所見:甲状腺右葉に周囲への浸潤を伴わない径30mm大の腫瘤を認めた。周囲リンパ節腫大は認めなかった。術中迅速病理検査にて髄様癌と診断された。また,全副甲状腺に腫大を認め,術中迅速組織診断にて過形成の結果を得たため,遺伝性髄様癌を念頭に甲状腺全摘およびリンパ節郭清術(D2a)を施行し,副甲状腺全摘術および自家移植を追加した。

標本肉眼的所見:甲状腺右葉に黄白色の比較的境界明瞭な割面を有する単発の充実性腫瘤を認めた。被膜は明らかではなかった。

病理組織学的所見:類円形核を有する腫瘍細胞が充実性増殖し(図3),カルシトニンおよびコンゴレッド陽性の甲状腺髄様癌。被膜浸潤やリンパ節転移を認めず,病期診断はpT2N0M0 StageⅡ。副甲状腺は過形成であった。

カルシトニン値は術後1カ月,CEA値は2カ月で正常化し,術1年後の現在まで再上昇を認めていない。甲状腺ホルモン補充にて経過良好である。また,術前施行された腹部CT検査にて右副腎結節を認めたが,副腎機能検査に異常を認めておらず経過観察中である。

表1.

血液学的所見の推移

図1.

超音波検査所見

a(初診時):甲状腺右葉中部に径18mm大の扁平楕円形の低エコー腫瘤を認め,境界は明瞭,辺縁整,内部エコー均一であった。

b(6カ月後):甲状腺右葉に19mm大の低エコー腫瘤を認めた。

c(1年6カ月後):甲状腺右葉に21mm大の低エコー腫瘤を認めた。

d(2年6カ月後):甲状腺右葉に26mm大の腫瘤を認めた。

図2.

細胞診所見

ClassⅢ.大型核を有する細胞集塊を認め,濾胞性腫瘍と報告された。

図3.

病理組織学的所見

a, b:小型類円形核を有する腫瘍細胞が充実性増殖していた。被膜浸潤を認めなかった。コンゴレッドおよびカルシトニン染色陽性で甲状腺髄様癌と診断された。

考 察

甲状腺髄様癌は,全甲状腺癌の1.3%の頻度とされる[]。発見の契機としては,RET遺伝子変異,頸部腫瘤,高カルシトニン血症の家族歴,高CEA血症が多い[]。FDG-PETでの甲状腺への集積から発見された報告も散見される[,]。

甲状腺結節の画像診断の第一選択は超音波検査である。悪性を疑う超音波像としては,腫瘤内の低エコー,辺縁の不整像,微細石灰化,腫瘍内血管像などがあげられ[],超音波検査での甲状腺癌の診断精度は高いと報告されている[]。過去の報告は乳頭癌の診断における検討がほとんどで,髄様癌は頻度の少なさから,特徴的超音波所見についての報告は小規模の症例検討にとどまっている[,]。乳頭癌における悪性所見の基準をそのまま髄様癌に適応してよいかという議論があり,Trimboliらは腫瘤内の低エコーや腫瘤内血管に関しては,乳頭癌と髄様癌に頻度の差はなく,辺縁の不整と微小石灰化は乳頭癌に優位に多い所見であったと報告している[]。したがって,超音波所見により乳頭癌の除外が可能であっても必ずしも髄様癌が否定できるとは限らない。Fukushimaらは自験77例の集計から散発性髄様癌のうち30%が濾胞性腫瘍や良性結節の超音波像を呈するとし,それらはリンパ節転移もわずかで,予後が良好であったと報告している[10]。自験例も,濾胞性腫瘍の超音波像を呈し,幸い経過中にも病状が進行しなかった。

またFukushimaらは悪性の超音波所見を呈する髄様癌症例の96%は細胞診で診断できたが,良性の超音波所見であった症例では22%が細胞診でも良性結節あるいは濾胞性腫瘍の診断であったと報告している。他の報告では髄様癌の細胞診所見は多彩な細胞像をとることも多く,時に鑑別は困難であるとし[11],髄様癌診断における細胞診の感度は63%であったとの報告もある[12]。これら予後良好な髄様癌の背景については今後の検討課題と考えられる。以上の検討からは,自験例のように良性の画像所見を呈し,細胞診が偽陰性になる髄様癌症例があることを十分に考慮し,細胞診報告を鵜呑みにせず,十分な情報収集を行うべきであったと思われ,深く反省しなければいけない点である。

CEAやカルシトニン値は髄様癌において鋭敏な腫瘍マーカーで,前者は79~90%,後者は72~96%で高値となるとされている[1314]。高CEA血症の原因検索において発見される例も多く報告されているが,いずれも画像検査あるいは細胞診で悪性所見を認めるものが多い[,15]。血清カルシトニンの上昇により甲状腺髄様癌を疑った症例のうち細胞診で診断できた症例は75%のみであったとの報告もある[12]。自験例では高CEA血症を伴う甲状腺結節であったにも関わらず,初診時に血清カルシトニン値の測定が行われなかったために確定診断に至らず,正診を得ないまま長期経過観察されたことは大いに反省すべき点である。しかし,超音波検査のみでの検診では増大傾向に乏しい濾胞性腫瘍として,本例と同様に経過観察されている髄様癌症例が存在する可能性を示唆できた点で興味深い経験であった。

本例では非機能性の副甲状腺過形成と副腎腫瘍を認めている。多発性内分泌腫瘍症(MEN2A)が疑われる状況であり,甲状腺全摘を選択した。RET遺伝子変異は,本人の同意が得られず検索できていない。副腎腫瘍については引き続き経過観察を行っている。

おわりに

今回われわれは,濾胞腺腫として超音波により長期の経過観察を行った髄様癌の1例を経験した。良性の画像所見を呈する甲状腺髄様癌が存在することを念頭に入れ,初診時の診断において留意,反省すべきことを中心に文献的考察を加えて報告した。

本論文の要旨は第25回日本内分泌外科学会総会(平成25年5月,山形)において発表した。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top