日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
非常に稀な耳下腺転移をきたした甲状腺乳頭癌例
笹井 久徳古川 雅史平井 崇士伊東 眞人
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2014 年 31 巻 2 号 p. 150-153

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抄録

耳下腺腫瘍はその大部分は良性腫瘍であり,転移性耳下腺腫瘍となると耳下腺腫瘍全体のごく少数を占めるに過ぎず,さらに甲状腺癌からの転移となるとその報告は非常に稀である。

症例は72歳女性で左耳下部の腫瘤を主訴に当科を受診。10年前に甲状腺癌に対する手術既往例があり,CT画像にて左耳下腺内に約40mmの腫瘤を認めた。同部からの穿刺吸引細胞診にて乳頭状集塊の異形細胞を認め,一部に核内細胞質封入体や核溝を認めたことから甲状腺乳頭癌からの転移が疑われた。甲状腺補完全摘術,左耳下腺腫瘍摘出術を勧めるも甲状腺残存葉摘出の同意は得られなかったため左耳下腺腫瘍摘出術のみをおこなった。術後の顔面神経麻痺は認めず,病理検査にて甲状腺乳頭癌の転移と診断された。初回手術から10年以上経過後に耳下腺転移をきたした稀な症例ではあるが今後もできるだけ長期に及ぶ経過観察をおこなっていく必要性がある。

はじめに

耳下腺腫瘍はその大部分は良性腫瘍であり,ましてや転移性耳下腺腫瘍となると耳下腺腫瘍の0.7~4%[]を占めるに過ぎないと報告される。さらに甲状腺癌からの耳下腺転移となるときわめて稀で渉猟した限りでは本邦においては1例のみであった[]。

今回われわれは甲状腺乳頭癌の初回手術より10年経過後に耳下腺転移をきたした症例を経験したため,若干の文献的考察を加え報告する。

症 例

症 例:72歳,女性。

主 訴:左耳下部腫瘤。

既往歴:糖尿病,慢性腎不全(透析導入中)。

平成14年5月に甲状腺癌にて甲状腺左葉峡部切除術+D2a郭清術。

家族歴:特記事項なし。

現病歴:平成24年4月頃より左耳下部に腫瘤を自覚。

初診時現症:左耳下部に約40mmの弾性硬,可動性良好な腫瘤を触知。顔面神経麻痺は認めず。両側声帯の可動制限はなく,声帯萎縮などの異常所見も認めず。FT4 1.10ng/dl,TSH 2.79μIU/mlと甲状腺機能は正常範囲内で,サイログロブリン16.8ng/mlと同じく正常範囲内であり,サイログロブリン抗体は陰性であった。

頸部超音波検査:左耳下腺内に形状整,境界は比較的明瞭で内部エコーは低エコーと高エコーな部分が混在する充実性腫瘤を認めた。境界部低エコー帯は認めず,砂粒状石灰化も認めず。残存甲状腺右葉には明らかな病変は認めず,両側内頸静脈周囲や気管周囲には有意なリンパ節腫大は認めなかった。

頸部CT:左耳下腺内に境界比較的明瞭で約40mmの均一に造影される腫瘤を認めた(図1)。肺転移や縦隔リンパ節転移などは認めなかった。

耳下腺腫瘤からの穿刺吸引細胞診:乳頭状集塊の異形細胞を認め,一部に核内細胞質封入体や核溝を認めたことから甲状腺乳頭癌からの転移の可能性を疑うとの所見であった。

穿刺吸引細胞診結果から甲状腺癌の耳下腺転移を疑い,甲状腺補完全摘術および耳下腺腫瘍摘出術を提案したが残存甲状腺の摘出は拒否されたことから診断と治療目的に左耳下腺腫瘍摘出術のみをおこなうことになった。

手術所見:顔面神経本幹を同定したあと,腫瘍と顔面神経末梢分岐枝との剝離をすすめるも腫瘍と神経の癒着は軽度であり顔面神経分岐枝はすべて保存のうえ一部正常な耳下腺組織を付け腫瘍摘出をおこなった。術後,患側顔面神経麻痺は認めなかった。

病理学的所見:耳下腺腫瘍は長径約40mmで割面には出血を伴っていた(図2)。異形細胞が乳頭状構造を呈して増生し間質への浸潤を認めた(図3)。核は類円形で一部スリガラス状であり核溝や核内細胞質封入体も散見されることから(図4),甲状腺乳頭癌の転移として矛盾しないと診断された。また切除断端には病変の残存は確認されなかった。

図 1 .

頸部CT

左耳下腺内に均一に造影される腫瘤を認めた。

図 2 .

摘出標本

耳下腺腫瘍は約40mmで割面には一部出血を伴う箇所も認めた。

図 3 .

弱拡大(×40倍),HE

異形細胞が乳頭状構造を呈して増生し間質への浸潤を認めた。

図 4 .

強拡大(×200倍),HE

淡明なスリガラス状に腫大した核を認め,一部で核溝や核内細胞質封入体を認めた。

考 察

耳下腺腫瘍はその大部分が良性腫瘍であり,ましてや転移性耳下腺腫瘍となると耳下腺腫瘍の0.7~4%[]を占めるに過ぎず,扁平上皮癌,悪性黒色腫,上咽頭癌からの転移が比較的多いとの報告がある[,,]。今回のような甲状腺癌からの耳下腺転移となるとさらに稀でわれわれが渉猟した限りでは海外での報告は8例のみで[,,11],Conleyらは転移性耳下腺腫瘍81例のうち甲状腺未分化癌からの耳下腺転移1例を[],Seifertらは10,944例の唾液腺腫瘍の統計で甲状腺原発の転移性耳下腺腫瘍2例を[],Markitziuらは下顎および耳下腺に転移した甲状腺乳頭癌1例を報告している[]。一方,本邦では大森らが甲状腺微小癌からの耳下腺転移例を報告しているのみである[]。

転移性耳下腺腫瘍に対する治療としては外科切除をおこなった報告として松本ら[12]は腎細胞癌の耳下腺転移に対して顔面神経合併切除を含めた拡大耳下腺全摘術をおこなうも局所再発をきたしたと報告しており,宮田らは平滑筋肉腫の耳下腺転移に対して顔面神経保存のうえでの耳下腺腫瘍摘出をおこない,短期経過での局所再発は認めなかったものの併存していた肺転移のコントロールが困難で原病死された症例を報告している[13]。極めて稀な甲状腺癌の耳下腺転移例に対する報告ではMathewらConwayらは術前に顔面神経麻痺を認めた症例に対して耳下腺切除の際に顔面神経の合併切除をおこなったと記載しているが[,],大森ら,Malhotraらも同様に外科的切除術をおこなったと報告しているものの術前の顔面神経麻痺の有無や術中の顔面神経の保存の有無に関する記載は見られなかった[10]。転移性耳下腺腫瘍に対する外科治療の適応や切除の際に術後のQOLに直結する顔面神経の保存の有無に関しては根治性や原疾患の悪性度,遠隔転移の有無,術前の顔面神経麻痺の有無など複数の要因を十分に考慮のうえで適宜,各症例ごとの判断が必要と思われる。

ただ今回の症例のように術前の顔面神経麻痺がなく,細胞診からも甲状腺乳頭癌からの転移が強く疑われるような場合には甲状腺分化癌における原発巣の摘出の際,術前に反回神経麻痺を認めない場合には可能な限り神経温存を目指した切除が勧められる[1415]ことと同様にまずは顔面神経の保存を積極的に試みるべきと思われた。幸い本症例では術前の耳下腺腫瘍の可動性は良好でCTにて限局性であることが確認でき,かつ術前の患側顔面神経麻痺といった強い局所浸潤性を疑う所見も認めなかったことから顔面神経を温存のうえ耳下腺部分切除をおこなった。術後は手術合併症としての顔面神経麻痺もなく,病理学的にも完全摘出が可能であった。

甲状腺から上方へのリンパ流は上甲状腺動静脈に沿って上向し上内深頸リンパ節に到達したあと下向するとされるため[16],耳下腺などの内外頸動脈分岐部より上方向への流れは通常逆行性となる。ただ今回の症例ではすでに前回手術にて内頸静脈周囲の脂肪組織郭清がおこなわれていたことからリンパ流の遮断がおこり,通常のリンパ流に逆行するかたちで耳下腺リンパ節への転移がおこったことも推測された。

甲状腺分化癌の予後は良好で経過が長いことはよく知られているところではあるものの初回手術から10年経過後に今回のような耳下腺への転移が判明することもあり,今後もできるだけ長期に経過観察をおこなっていく必要性があると思われた。

まとめ

甲状腺乳頭癌の初回手術から長期経過後に耳下腺への転移をきたすという稀な症例を経験した。転移性耳下腺腫瘍の摘出においては顔面神経の温存の可否など適宜各症例に応じた対応が必要であるが今回の症例では神経温存のうえ摘出が可能であった。甲状腺分化癌の予後は良く,経過が長いことはよく知られているところであるがその術後経過観察の期間についてはやはりできるだけ長期におこなうことが望ましいと思われた。

なお,本論文の要旨は第46回日本甲状腺外科学会学術集会(平成25年9月,名古屋市)において示説した。

【文 献】
 

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