日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
左椎骨動脈分枝異常を認めた甲状腺乳頭癌の1例
小久保 健太郎林 昌俊栃井 航也
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2014 年 31 巻 2 号 p. 158-160

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抄録

症例は67歳の女性。3カ月前より前頸部の腫脹を自覚し,近医を受診した。精査にて甲状腺乳頭癌,頸部リンパ節転移が疑われ当院を紹介受診した。左頸部に胡桃大の腫瘤を触知した。術前頸部造影CT検査で甲状腺左葉上極に8mm大の石灰化を伴う結節を認めた。左頸部には35mm大の石灰化を伴う腫大リンパ節を認めた。リンパ節は内頸静脈,斜角筋への浸潤が疑われた。左椎骨動脈は大動脈弓部から直接分岐し,第4頸椎の横突起を通り上行していた。術中,左頸部外側区域転移リンパ節は胡桃大で周囲と強固癒着し,内背側にリンパ節に接する動脈を認めた。術前確認していた走行異常の左椎骨動脈と判断し,慎重に転移リンパ節から剝離することで動脈を損傷することなく頸部リンパ節を郭清しえた。椎骨動脈の走行異常の把握は甲状腺手術時の頸部外側区域リンパ節郭清施行時に,血管損傷のリスクを下げるためには重要である。

はじめに

椎骨動脈は,通常,鎖骨下動脈から分岐し,前斜角筋と頸長筋の間から第6頸椎横突孔に侵入する。左椎骨動脈の分岐異常には,左総頸動脈と左鎖骨下動脈の間で大動脈弓から直接分岐しているパターンが多く,横突孔に侵入する高さが第4頸椎を通るものは極めて稀である。椎骨動脈は左右2本あり,合流し脳底動脈を形成する。どちらか一本の椎骨動脈の結紮もしくは完全閉塞により症状が出現しないことも多いが,脳血流の低下により脳梗塞などの症状を引き起こすことがある。椎骨動脈の走行異常(特に,侵入する高さの異常)の把握は甲状腺手術時の頸部外側区域リンパ節郭清において血管損傷の予防に重要である。今回,術前の頸部造影CT検査にて安全に手術を施行しえた左椎骨動脈が大動脈から直接分岐し,第4頸椎横突起を通り上行する走行異常を認めた甲状腺乳頭癌の1例を経験したので報告する。

症 例

症 例:67歳 女性。

主 訴:前頸部の腫脹。

家族歴・既往歴:特記事項なし。

現病歴:3カ月前より前頸部の腫脹を自覚し,近医を受診した。精査にて甲状腺癌が疑われ当院を紹介受診した。

現 症:身長152cm,体重56Kg。体温36.4℃。脈拍68/min,血圧112/66mmHg。左頸部に4cm大 弾性硬で可動性不良な腫瘤を触知した。圧痛は認めなかった。

血液生化学的検査所見:FT3 3.65pg/ml,FT4 1.48ng/ml,TSH1.16IU/ml,サイログロブリン125ng/ml。

穿刺吸引細胞診:甲状腺結節,リンパ節ともにclassⅤであった。

頸部造影CT検査:甲状腺左葉に8×12mm大の一部石灰化を伴う腫瘤を認める。左頸部に35×15mm大の不整形で石灰化を伴った腫大リンパ節を認め,左下内深頸リンパ節への転移が疑われた。左内頸静脈および斜角筋への浸潤が疑われる。左椎骨動脈は大動脈弓部の左鎖骨下動脈と左総頸動脈の間から分岐し,第4頸椎の横突起を通り上行していた(図1)。

以上より椎骨動脈走行異常を認める甲状腺乳頭癌,頸部リンパ節転移に対して甲状腺全摘および頸部D3bリンパ節郭清を施行した。

手術所見:甲状腺左葉の腫瘍は反回神経への浸潤が疑われ鋭的切離を施行した。左頸部外側区域リンパ節は胡桃大で左内頸静脈,左迷走神経に強固癒着しており鋭的切離した。さらに転移リンパ節内背側に接する動脈および筋肉を認めたが,術前に左椎骨動脈の走行異常を確認していたため,左椎骨動脈と判断し,慎重に転移リンパ節から剝離することで左椎骨動脈を損傷することなく頸部リンパ節を郭清した(図2)。斜角筋は一部合併切除した。手術時間は4時間10分,出血量は140mlであった。

術後経過:術後一過性の反回神経麻痺を認めたが,現在は症状改善している。術後12カ月経過し再発は認めていない。

図1.

頸部造影CT検査

A:甲状腺左葉に8mm大の石灰化を伴う腫瘍(△)および左下内深頸リンパ節が35mm大の不整な腫大を認める。リンパ節は内頸静脈および斜角筋への浸潤が疑われる。

B,C,D,E,F:左椎骨動脈は大動脈弓部の左鎖骨下動脈と左総頸動脈の間から分岐し,第4頸椎の横突起を通り上行していた。

図2.

手術所見(リンパ節郭清後)

気管および反回神経の外側で椎骨の外に走行する左椎骨動脈を確認できる。

考 察

鎖骨下動脈は背側大動脈から発する第7節間動脈から形成される。節間動脈は通常7番目だけが残り,他は退化する。椎骨動脈は,それより上位で肋骨よりあとに形成される節間動脈が縦につなぐ後肋骨吻合,すなわち,節間動脈間の縦吻合によって形成され,頸部では位置的に横突孔中にできる。そのため,椎骨動脈は通常,鎖骨下動脈から分岐し,前斜角筋と頸長筋の間から第6頸椎の横突孔に侵入する。左椎骨動脈の分岐異常には,左総頸動脈と左鎖骨下動脈の間で大動脈から分岐しているパターンが最も多く2.4~5.9%[]と報告されている。また,横突起孔に侵入する高さは第4頸椎,第5頸椎,第7頸椎が報告されており,Kodamaら[]の報告によると,椎骨動脈の侵入部位は第4頸椎が0.8%,第5頸椎が4.2%,第6頸椎が94.6%,第7頸椎が0.3%と報告している。自験例のように椎骨動脈が大動脈弓から直接分岐し,第4頸椎に侵入するのは稀であった。今回の破格例では,左鎖骨下動脈は正常通り第7節間動脈から形成されていたが,退化するはずの第5節間動脈が存在して椎骨動脈となったために,左椎骨動脈が左総頸動脈と左鎖骨下動脈の間から分岐し,C4の横突起に入ったものと考えられる[]。

椎骨動脈の破格は,胸部・頸部の手術をする際には合併症を防ぐために,血管の走行をあらかじめ確認することは重要と考える。椎骨動脈の術前診断には医療コスト,侵襲性,簡便性において頸部超音波検査は有用と考えられるが,あらかじめ椎骨動脈の走行異常を疑わないと確認が困難で,実臨床では,頸部造影CT検査での確定診断が現実的であろう。自験例では,術前頸部造影CT検査を充分に読影し,椎骨動脈の走行異常の診断が可能となった。手術の際,転移リンパ節が走行異常の椎骨動脈に癒着しており術前の診断により慎重に剝離操作を行うことで血管の損傷なく手術を施行しえた。

椎骨動脈の走行異常は稀であり,走行異常を認める症例に対して頸部リンパ節郭清を行う可能性は極めて低いと思われるが,血管の損傷,切断を回避するためにも甲状腺癌に対する術前検査として造影CT検査は必須であると考えられる。

おわりに

術前造影CT検査で左椎骨動脈走行異常を術前診断したことにより,甲状腺乳頭癌に対して安全に手術を施行しえた1例を経験した。頸部リンパ節郭清を施行する症例には頸部造影CT検査が必須と考える。

本論文の要旨は第46回甲状腺外科学会(2013年9月27日,名古屋)にて発表した。

【文 献】
  • 1.   Adachi  B: Das Arteriensystem der japaner, Kaiserlich Japanischen Universitat zu Kyoto, Kyoto, 1928, p1-440.
  • 2.   加藤  征:日本人胎児動脈系の鋳型解剖学的研究 大動脈弓及び外頸動脈について.慈恵医大誌 91:158-170,1976
  • 3.   Lemke  AJ,  Benndorf  G,  Liebig  T, et al.: Anomalous Origin of the Right Vertebral Artery:Review of the Literature and Case Report of Right Vertebral Artery Origin Distal to the Left Subclavian Artery. AJNR Am J Neuroradiol 20: 1318-1321, 1999
  • 4.   Kodama  K: Vertebral artery. Anatomic Variations in Japanese.  Sato  T,  Akita  K(eds), University of Tokyo Press, Tokyo, 2000, p213-215.
  • 5.   Barry  A: The aortic arch derivatives in the human adult. Anat Rec 111: 221-238, 1951
 

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