日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Print ISSN : 2186-9545
症例報告
橋本病の精査で発見された上甲状腺動脈瘤の一切除例
川﨑 由香里杉野 圭三西原 雅浩川口 康夫楠部 潤子土肥 雪彦
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2014 年 31 巻 3 号 p. 243-246

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抄録

症例は63歳女性。甲状腺腫大の精査で施行した頸部CT検査で右上甲状腺動脈瘤を指摘され,当科紹介となった。甲状腺は右葉有意にびまん性に腫大し,頸部エコー検査でも右上甲状腺動脈の一部が瘤状に描出され,上甲状腺動脈瘤を疑い,手術を施行した。術中所見では右上甲状腺動脈に約12mmの動脈瘤を認め,同部を含めて甲状腺右葉切除術を施行した。病理組織検査で,甲状腺動脈瘤,橋本病と診断された。

甲状腺動脈瘤はこれまでに28例しか報告されていない稀な疾患である。しかしその約半数は破裂症例で,致死率は10%とされる。そのため,無症候性であっても,外科的切除もしくはコイル塞栓による早急な治療が必要な疾患と考えられる。

はじめに

甲状腺動脈に発生する動脈瘤は稀であり,われわれが検索しえた限りにおいて,1959年にDoumanianら[]が初めて下甲状腺動脈瘤症例を報告してから,これまでに28例が報告されているが,このうち上甲状腺動脈瘤はわずかに4例のみ[]である。今回われわれは橋本病によるびまん性甲状腺腫大を合併した上甲状腺動脈瘤に対し片葉切除を施行した症例を経験したので報告する。

症 例

症 例:63歳 女性。

主 訴:甲状腺腫大。

既往歴:50歳~橋本病,53歳~慢性関節リウマチのためプレドニゾロン2.5mg/日を約10年間内服中。

家族歴:特記すべきことなし。

現病歴:かかりつけ医にて甲状腺腫大を指摘,CTを施行された。びまん性の甲状腺腫大と右上甲状腺動脈に動脈瘤様の所見を認め,当科紹介となった。

検査所見表1):末梢血液検査,凝固検査に異常を認めないが,軽度の肝機能異常を認めた(肝臓内科にて精査施行し,慢性関節リウマチに対するメソトレキセート投与による薬剤性肝障害と診断され,同薬中止後に肝機能は改善した)。甲状腺機能は,TSH 0.37µIU/ml,fT3 2.84pg/dl,fT4 1.09ng/dlと正常範囲内であった。抗サイログロブリン抗体は陰性であったが,抗TPO抗体は600U/mlと陽性を示した。サイログロブリンは26.1ng/mlと正常値であった。

表1.

初診時血液検査所見

頸部CT図1):甲状腺はびまん性に腫大し,特に右葉は巨大化し,気管を左方へ圧排している。右葉上極頭側に,右上甲状腺動脈と連続する造影効果の著明な腫瘤を認め,動脈瘤と考えられたが,動脈の蛇行の可能性も疑われた。頸部リンパ節の腫大は認めない。

図1.

頸部造影CT

甲状腺は右葉優位にびまん性に腫大し,気管を左方へ圧排している(a,b)。右葉の頭側に動脈瘤を認め(c矢印),動脈瘤は上甲状腺動脈に連続している(d再構成画像矢印)。

頸部超音波検査図2):甲状腺は右葉優位にびまん性に腫大しているが,内部に腫瘤などを認めない。右葉上極の上甲状腺動脈は一部が瘤状に描出され,ドップラーでは,内部に豊富な血流を認め,血栓形成は認めず,上甲状腺動脈に発生した動脈瘤と診断された。

図2.

頸部超音波検査

甲状腺右葉上極頭側に,上甲状腺動脈に連続する動脈瘤を認める。

治 療:画像所見より橋本病に合併した右上甲状腺動脈に形成された動脈瘤と考えられたが,手術適応,合併症を含めた慎重なインフォームドコンセントを行った。本人および家族が手術を希望されたため,全身麻酔下に甲状腺右葉切除術を施行した。術前画像所見通り,右上甲状腺動脈に約12㎜大の動脈瘤の形成を認め(図3),これを甲状腺右葉とともに切除した。術後経過良好で,クリニカルパス通り,術後7日目に退院となった。

図3.

術中所見

右上甲状腺動脈に径12mm大の動脈瘤を認める。

切除標本の肉眼所見図4):腫大した甲状腺右葉上極に流入する上甲状腺動脈に,1.2×1.0cmの動脈瘤を認めた。甲状腺右葉切除標本内には腫瘤性病変は認めなかった。

図4.

切除標本

腫大した甲状腺右葉(長径約10cm)上極に流入する上甲状腺動脈に径12mmの動脈瘤を認める(a)。動脈瘤固定後の割面(b)。

考 察

末梢動脈瘤の約70%は膝窩動脈瘤であり,次いで腸骨大腿動脈瘤が約20%を占める。頸部に発生する動脈瘤は比較的稀であり,今回われわれが経験した上甲状腺動脈瘤はこれまでに4例[],下甲状腺動脈瘤は24例[16]が報告されているのみである。これら28例の平均年齢は55歳で,32歳から80歳までと年齢に特徴的な分布はみられない。性差はみられず男女比はほぼ1:1である。

多くの末梢動脈瘤は,通常発見時には無症状であるが,しばしば血栓塞栓症を起こし,破裂は稀とされている。末梢動脈瘤の多くを占める膝窩動脈瘤では,血栓塞栓症の頻度が23~65%,破裂の頻度が3~4%と報告されている[17]。しかし,甲状腺動脈瘤においては,その解剖学的理由により,血栓塞栓症による症状がみられる可能性は非常に低く,実際そのような症例は報告されていない。しかし,破裂症例は多く報告され,下甲状腺動脈瘤24例中14例(58.3%),上甲状腺動脈瘤4例中1例(25%),全体で28例中15例(53.6%)が破裂瘤であった。これら破裂瘤15例のうち3例(20%)は死亡し,高い死亡率となっている。甲状腺動脈瘤で破裂症例が多いメカニズムは不明であるが,甲状腺腫の腫瘍径,血流量,血圧,動脈硬化など多数の因子が関与していることが推測される。

動脈瘤が破裂した場合,急速に増大する頸部血腫による痛み,気管の圧迫に伴う著明な呼吸困難を訴えるが,治療開始時に既にショック状態をきたしている場合も多い。治療は,必要であれば気管内挿管もしくは気管切開を行い速やかに気道を確保し,緊急に頸部CT,エコー,選択的血管造影などによる診断を行うべきである。治療としてコイル塞栓術などの血管内治療,外科切除,ドレナージを行うか否かは個々に検討が必要と思われるが,緊急に治療方針を決める必要がある。破裂後救命されている12例のうち,手術が施行されているものが6例,塞栓術のみが5例,経過観察のみが1例である。死亡例3例のうち,1例は治療が行われず経過観察のみ[14],2例は気管切開は行われていたが血管造影や手術に至らず[1516],いずれも死後に動脈瘤の破裂と診断されている。

未破裂瘤の多くは無症候性腫瘤として発見されることが多いが,1例は5cm大の動脈瘤による神経圧迫に伴う嗄声を契機に発見されている[13]。甲状腺動脈瘤破裂症例の瘤の大きさは,0.8~6.2cmと大きさに傾向はみられず,先に述べたように破裂症例の頻度は53.6%,致死率は20%と高い。そのため,甲状腺動脈瘤と診断された場合には大きさに関わらず早期に治療を行うことが勧められる。未破裂動脈瘤の報告13例のうち,2例は経過観察,1例にコイル塞栓術,10例に動脈瘤の外科的切除が施行されている。経過観察となった2例は,1例が併存症の多い高齢ハイリスク症例[],もう1例は動脈瘤内がすでに血栓で充満していた症例[]である。本症例は,橋本病による甲状腺腫大を動脈瘤側優位に認め,それによる気管の圧排所見もあったために本人および家族とのインフォームドコンセントの結果,瘤切除のみとせず片葉切除を施行した。

病理組織学的には,多くの症例で動脈硬化性変化を認めている[]。本症例も動脈瘤の内膜から中膜にかけての粘液様変性,内弾性板の消失,内膜への泡沫細胞の集積ならびに硝子様変性を伴っていた。この動脈硬化性変化の一因として,慢性関節リウマチに対して長期に投与されていたステロイドが影響している可能性も考えられた症例である。

結 語

非常に稀な上甲状腺動脈瘤の1例を経験した。甲状腺動脈瘤と診断された場合には,無症候性であっても早急に外科的切除もしくはコイル塞栓術などの治療を考慮すべきと考える。

【文 献】
 

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