Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Retroperitoneal laparoscopic resection for pheochromocytoma and paraganglioma
Akio HoshiToshiro Terachi
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2014 Volume 32 Issue 1 Pages 19-23

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抄録

副腎腫瘍に対する腹腔鏡手術は標準術式として確立しており,主に経腹膜到達法が選択されている。しかし,径が大きい褐色細胞腫やパラガングリオーマに対する腹腔鏡手術は,通常の経腹膜到達法では手術が困難なことがある。これら困難症例に対し,われわれは後腹膜到達法による腹腔鏡手術を施行している。褐色細胞腫やパラガングリオーマに認める豊富な血管は主に背側から腫瘍に至る。特に径6cmを超える大径の腫瘍では腫瘍血管の発達が顕著で,この血管束を適切に処理してゆくことが安全な手術に重要である。後腹膜到達法ではこれら血管束を早い段階で処理でき,腫瘍血流を減少させつつ手術を行えるため,血管が豊富な大径の褐色細胞腫やパラガングリオーマに有用であると考えている。当科における手術手技と周術期成績を報告する。

はじめに

副腎腫瘍に対する腹腔鏡下副腎摘除術は標準手術として普及しており,近年では年間約1,100例の腹腔鏡下副腎摘除術が施行されている[]。腹腔鏡下副腎摘除術の適応は,当初は6cm以下の小径腫瘍のみであったが,現在では12cmまでの良性腫瘍が基本的な適応とされている[]。本邦で施行される腹腔鏡下腹腎摘除術の約90%が経腹膜到達法を選択されており[],経腹膜到達法が標準的な到達法であるといえる。本稿で述べる褐色細胞腫は他の副腎腫瘍に比べ径が大きい傾向があること,血流が豊富であること,術中血圧の異常な変動があることから手術難易度が比較的高い腫瘍といえる。特に6cmを超える大径の褐色細胞腫は血管の発達がより顕著であることや,腫瘍を圧迫せず手術を行うことが難しいことなどから,腹腔鏡手術は技術的困難性がより高い[]。一方,パラガングリオーマに対する腹腔鏡手術は術者とそのチームがエキスパートであれば第一選択となるとの報告も海外ではあるが[,],症例数が少ないこともあり本邦での同疾患に対する腹腔鏡手術は適応,術式とも確立していないのが現状である。

われわれは通常の経腹膜到達法による腹腔鏡下副腎摘除術では難易度が高い,大径の褐色細胞腫やパラガングリオーマに対し後腹膜到達法を用いている。褐色細胞腫やパラガングリオーマに認める豊富な血管は主に背側から腫瘍に至る。特に大径腫瘍では腫瘍血管の発達が顕著で,ツタ状に拡張した血管が術前画像で認識されることがある(図1)。後腹膜到達法ではこれら背側から腫瘍に至る主に動脈よりなる血管束を早い段階で処理でき,腫瘍血流を減少させつつ手術を行えるため,血管が豊富な大径の褐色細胞腫やパラガングリオーマに有用な術式であると考えている。

図1.

右褐色細胞腫(表1症例7)の造影CT所見

拡張し蛇行した腫瘍血管が認められる(a:環状断,b:前額断)。

後腹膜到達法を用いた腹腔鏡下副腎摘除術の手技

体位は側臥位とし,腰三角部に第一ポートを置き,拡張バルーンにて後腹膜腔を拡張する。この際,バルーン拡張による腫瘍圧迫で異常高血圧を認めることがあり,拡張中は血圧や脈拍数に十分な注意が必要である。異常高血圧を認めた場合はバルーン拡張を中止し,第一ポートより用指的に腹膜を落とし後腹膜腔を展開する。気腹による腫瘍圧迫を避けるため,通常の気腹圧は8mmHgとしている。第一ポートからカメラを挿入し,残りのポートは肋骨弓に沿い横一直線となるよう径4本を留置する(図2)。術者の右手は鋏,メリーランド,シーリングデバイスを,左手はメリーランド型バイポーラー鉗子を主に用い,カメラは0度の硬性鏡を用いている。助手は腹側のポートからスネークレトラクターを挿入する。

図2.

後腹膜到達法のポート配置(右側症例)

カメラ用と右手用に12mmを,左手用に5mmを置く。助手用ポート(5mm)は腹側に置き,4ポートがほぼ一直線になるように配置する。

ポート留置後,傍腎脂肪織(flank pad)を十分に摘出する。これにより操作スペースが広くなると共に,解剖学的メルクマールが認識しやすくなる。傍腎脂肪織を除去すると,目の前に外側円錐筋膜(図3a)を視認できる。外側円錐筋膜は腰方形筋の付着部で頭側尾側に広く切開する。頭側は横隔膜のアーチが確認できるまで,尾側は総腸骨動脈が確認できるまで十分に切開することが重要であり,これにより操作スペースはより広くなる。そのまま腫瘍背側の剝離を進めると筋肉から腫瘍に注ぐ血管を認めるため,これらを手前からシーリングデバイスなどにて処理していく。剝離を進めると,腎茎とそれを被うリンパ管の束を認める。これをメルクマールに腫瘍と腎との間の剝離を背側の剝離に併せて行う。大径腫瘍ではこの部位に脂肪がなく,強い癒着が認められることがある。その際にはバイポーラーで止血しつつ,鋏で鋭的に少しずつ剝離を進めてゆく。背側および腎との間の剝離をある程度進めると腫瘍の輪郭が明らかとなる(図3b)。さらに背側の剝離を進めてゆくと画面奥(腹側)に大血管が認識できる(図3c)。大径の腫瘍では腎茎部および大血管から比較的太い血管が腫瘍に直接注いでいる。特に右側では下大静脈背側から腫瘍に多数の血管が流入しており,細いものはシーリングデバイスで,太いものはクリップを用いて手前から順に処理していく(図3c,d)。この際,大血管を十分に剝離し露出させ,大血管を確認しながら処理を進めることが重要である。これにより腫瘍血管が処理し易くなると共に大血管およびその枝の損傷を避けることができる。この処理を順次行っていくことで腫瘍は頭側を残し剝離される。特に腫瘍が大きい場合,頭側の剝離は腫瘍に十分な可動性を持たせてから行う必要がある。可動性が十分でない場合は腫瘍の陰になり頭側が視認しにくく,無理に剝離を進めようとすると出血や腫瘍圧迫をきたす危険性がある。十分な可動性が確保されていれば,腫瘍を軽く手前に引くことで術野が展開でき頭側を安全に剝離できる(図3e)。右側症例では副腎静脈は腫瘍頭側末端付近に存在するため,周囲を十分に剝離した後,クリップをかけ切断する(図3f)。腫瘍を収納袋に収納した後,カメラポート創を広げ腫瘍を摘出し,ドレーンを留置後に閉創する。

図3.

右褐色細胞腫(症例7)の術中所見

a:鋏を用いて外側円錐筋膜(*)を腰方型筋付着部で切開する。

b:腎および腎動脈(RA)と腫瘍の間を剝離してゆく。

c,d:主に背側に存在する腫瘍血管。下大静脈(IVC)背側から腫瘍に注ぐ太い血管束(図1矢印の血管)はクリッピングし切断する。

e:腫瘍上極の剝離。横隔膜および肝から流入する腫瘍血管を認める。

f:副腎中心静脈の処理。周囲を十分に剝離し,クリッピングした後に切断する。

周術期成績

2002年10月から2014年12月まで当科で後腹膜到達法による腹腔鏡手術を施行した褐色細胞腫およびパラガングリオーマ9例を示す(表1)。平均腫瘍径は5.7cm,6cmを超える症例は3例,うち2例は10cm超であった。初期の症例1,2は腸管切除の既往があるため後腹膜到達法を選択したが,その後は腹部手術既往にかかわらず比較的大きな腫瘍やパラガングリオーマに対し積極的に後腹膜到達法を選択している。手術時間,出血量の平均値は187.9分,53.9ml,術中収縮期血圧の最高値と最低値の平均は166.1,91.6mmHgであり,術中異常高血圧(>180mmHg以上)は4例(44%),術中低血圧(70mmHg以下)を1例(11%)に経験した。投薬治療を要した疾患関連術後合併症は6例(67%)に認め,内訳は低血糖4例,低血圧3例,高血圧1例であった。症例数は少ないものの,当科の周術期成績は諸家の報告と同等であった[]。

表1.

当科における褐色細胞腫,パラガングリオーマに対する後腹膜到達法を用いた腹腔鏡手術の周術期成績。BPs max:術中最大収縮期血圧,BPs min:術中最小収縮期血圧。

経腹膜到達法との比較

到達法別の患者背景,周術期成績を示す(表2)。年齢,性別に差はなかったが,後腹膜到達法はパラガングリオーマ症例が4例と有意に多かった。腫瘍径の中央値は後腹膜到達法4.6cmに対し経腹膜到達法4cmであった。径6cm以上の大径腫瘍は後腹膜到達法3例(33%),経腹膜到達法8例(23%),うち10cm以上の症例はそれぞれ2例,1例であり,後腹膜到達法は有意差はないものの大径腫瘍が多い傾向があった。両到達法間で術中の血圧変動および手術時間,血量に有意差はなかったが,手術時間は後腹膜到達法ではやや長い傾向があった。術中合併症は経腹膜到達法で出血(開放手術へ移行)が1例あり,腫瘍径12cm褐色細胞腫の症例であった。一方,症例数が少ないものの後腹膜到達法では術中合併症はなかった。

表2.

後腹膜到達法,経腹膜到達法の比較。BPs max:術中最大収縮期血圧,BPs min:術中最小収縮期血圧,N.S.:not significant。

考 察

後腹膜到達法は経腹膜到達法に比べ操作腔が狭いものの,傍腎脂肪織を十分除去し外側円錐筋膜を広く切開することで径10cm程度の腫瘍切除であれば十分な操作腔を確保できる。ポート位置については患者の体型などによりポート間距離が短くなることもあるが,補助ポートを腹側に置くことで(図2),鉗子のファイティングを最小限とすることができ安全な手技が行える。

褐色細胞腫やパラガングリオーマの手術の際に最も問題となるのは,豊富な血管からの出血や手術操作による腫瘍圧迫に伴う異常高血圧と頻脈である。特に6cmを超える大径の副腎腫瘍では開放への移行や手術時間,出血量が多くなるとの報告もあり[],これらを最小限にするには,動脈処理を優先し血流を低下させることが重要であると著者らは考えている。褐色細胞腫やパラガングリオーマの動脈は主に背側から腫瘍から流入しており,後腹膜到達法では腫瘍圧迫を最小限にこれらを処理できる。具体的には,下大静脈など大血管背側からの枝,腎動脈や腎皮膜動脈からの枝,背筋群や横隔膜の動脈からの枝など,腫瘍血管が多数認められる。後腹膜到達法ではこれらを早い段階から適宜処理することで腫瘍血流を減少させ,術中血圧変動や出血を減少に有効であると考えている。症例数は少ないものの,自験例では後腹膜到達法症例は腫瘍径が大きい傾向があるにも関わらず,血圧変動や出血量は経腹膜到達法と有意差はなく,術中合併症も認めず安全に施行できた。以上から,例数が少ないことや対象疾患に差があるものの,径6cmを超える大径の褐色細胞腫やパラガングリオーマに対する腹腔鏡手術では,後腹膜到達法が適していると考えられる。

おわりに

当科で施行している褐色細胞腫,パラガングリオーマに対する後腹膜到達法による腹腔鏡手術について述べた。後腹膜到達法は,経腹膜到達法に比べ解剖学的メルクマールが乏しくオリエンテーションがつきにくいことがあるが,正しい層での剝離や適切な血管処理を丁寧に行っていくことで安全に手術が施行できる。前述の通り大血管の背側に入り込んだ腫瘍では後腹膜到達法が特に有用であり,当科では大血管の背側に接し癒着が疑われる転移性副腎腫瘍などでも同到達法を選択している。しかし,径の大きな褐色細胞腫やパラガングリオーマに対する腹腔鏡手術は難易度が高い点を忘れてはならず,これら困難症例に対し腹腔鏡手術を考慮する場合は,慎重な症例選択と綿密な術前準備が重要である。

【文 献】
 

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