日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
名大病院における「甲状腺癌診療連携プログラム」の取り組み
井上 めぐみ安藤 雄一
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2015 年 32 巻 3 号 p. 166-169

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抄録

名古屋大学医学部附属病院化学療法部は院内診療科からのコンサルテーションやカンファレンスを診療基盤としており,「甲状腺癌診療連携プログラム」もこのような日常診療のなかで機能している。2015年6月までにこのプログラムへ登録された19例では,薬物療法開始のタイミング,合併症を有する症例での薬物療法の可否,特殊な組織型や未分化転化例に対する治療方針についてのコンサルテーションが多かった。一方,腫瘍進行が緩徐である,骨転移に対する局所治療を優先する,合併症の治療を優先するなどの理由により,同期間の8例では薬物療法が選択されなかった。甲状腺癌は解剖学的および病態的に境界領域に属する疾患であり,また有効な新規分子標的治療薬が使用できるようになったことから,甲状腺専門医に加えて内分泌外科・内科,耳鼻咽喉科・頭頸部腫瘍科,腫瘍内科など異なる専門性をもつ医師が連携して診療の質の向上を図ることが重要である。

はじめに

日本では甲状腺癌診療の多くを一般外科や内分泌外科医,耳鼻咽喉科医が担ってきた。これは甲状腺癌が解剖学的および病態的に境界領域に属する疾患であることと,それに対する有効な薬物療法がなく外科手術と放射性ヨード内用療法がその治療の中心であったためである。しかし,2014年にソラフェニブが,2015年にレンバチニブが保険承認されており,同時に新たな分子標的治療薬の開発が進んでいる。これらの分子標的治療薬の適応判断や特徴的な副作用への対応には薬物療法の専門性とともに,広く診療科の枠を超えたチーム医療によるアプローチが必要である。このような背景から,2014年のソラフェニブの適応拡大を機に関連する学術学会すなわち日本甲状腺外科学会,日本内分泌外科学会,日本甲状腺学会,日本頭頸部外科学会,そして日本臨床腫瘍学会が連携することとなり,「甲状腺癌診療連携プログラム」が開始された。このプログラムは,診療科間の連携促進と教育事業の推進によって新規分子標的薬の適正使用を図り,甲状腺癌の治療成績を向上させることを目的としている。名古屋大学医学部附属病院(以下,名大病院)におけるこのプログラムへの取り組みを紹介する。

臓器別診療科と化学療法部の診療連携

名大病院では病院全体のがん薬物療法の質の向上を目的に,平成17年度に外来化学療法部が中央診療部門に新設され,平成18年2月に専任医師が着任した(平成20年6月より化学療法部へ改称)。現在,教官2名および文部科学省事業「がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン」特任教官4名を含め計16名の専任医師が在籍する。このうち日本臨床腫瘍学会のがん薬物療法専門医は8名,うち6名が甲状腺癌診療連携プログラムの協力医師として登録されている。なお,医師1名は緩和ケアチーム専従である。

化学療法部の診療は院内の臓器別診療科との連携をその基盤としており,各診療科の医師との双方向のコンサルテーションを行いながら,診療科のカンファレンスにも積極的に参加してきた。化学療法部の医師はカンファレンスで診療科の状況やニーズを把握しつつ,がん薬物療法のプロフェッショナルの立場から意見を述べている。臓器別診療科の医師とがん薬物療法を専門とする医師では薬物治療に対する観点が異なるため,それぞれの専門性の立場から意見交換することでより吟味された質の高い薬物治療につなげることができると考えている。また日頃から顔の見える関係を構築することによりチーム医療にとって欠かせない信頼関係を醸成することができる。ソラフェニブおよびレンバチニブの有効性を証明したDECISION試験[]およびSELECT試験[]には,名大病院として化学療法部,内分泌外科および耳鼻咽喉科が共同で参加した。

名大病院における甲状腺癌診療連携プログラムの登録状況

2014年6月から2015年6月までに名大病院でプログラムへ登録された19例の相談元診療科は内分泌外科を含む外科,耳鼻咽喉科,内分泌内科がそれぞれ10例,7例,2例であり,うち2例は院外からであった(表1)。14例は院内で毎週定期的に行われている乳腺・内分泌外科または耳鼻咽喉科とのカンファレンスを通じて相談を受けており,すべての症例の治療方針を協議するというカンファレンスの本来の機能がうまく働いていると考えられる。また,遠隔転移を有する甲状腺癌で薬物療法を開始せずに経過観察している症例では,担当診療科と継続的に情報を共有するようにしている。

表1.

名大病院における甲状腺癌診療連携プログラム登録状況

コンサルテーションやカンファレンスでの協議内容は,薬物療法開始のタイミング(重複を含めて6例),合併症を有する症例での薬物療法の可否(同4例),乳頭癌や濾胞癌以外の特殊な組織型や未分化転化例に対する治療方針(同4例)などがあった。薬物療法開始のタイミングについては,有効な分子標的治療薬が登場した現在でも,十分なエビデンスと診療実績がある放射性ヨード内用療法の適応をまず考慮すべきである。DECISION試験およびSELECT試験では放射性ヨード内用療法の適応のない症例が対象とされている。また,DECISION試験およびSELECT試験では約1年以内に病勢進行が確認された症例が対象とされていることも留意すべきである。分化型甲状腺癌は一般に進行が緩徐で治療期間が長期にわたることが多い。実際,DECISION試験およびSELECT試験では主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)の中央値はそれぞれ10.8カ月および18.3カ月であった。実際に治療効果が認められれば治療期間は数年におよぶこともあるだろう。したがって,手足症候群など日常生活に大きな影響を与える有害事象やコストを考慮すると,少なくとも過去2年以内に画像診断などで病勢進行が確認できるだけでなく,病状の進行によって生命に危険がおよんだり日常生活に大きな影響が予想されたりする症例など,治療開始のタイミングは慎重に判断すべきである。外科的切除や外照射療法が可能である症例や,2年以上進行が認められないまたは進行が極めて緩徐である症例に対しては,他の治療法や慎重な経過観察を優先すべきである。実際に判断に迷う症例は多く,治療開始のタイミングについて協議した6例のうち薬物療法が開始されたのは4例であった。一方,腫瘍進行が緩徐である(重複を含めて2例),骨転移に対する局所治療を優先する(同2例),合併症の治療を優先する(同2例),ソラフェニブに適応のない組織型のためレンバチニブの保険承認を待つ(同2例),放射性ヨード内用療法抵抗性とはいえない(同1例),腫瘍増悪が臨床的に重要ではない(同1例)という理由によって,同期間の8例では薬物療法が選択されなかった。

薬物療法を行った11例のうち,5例は甲状腺癌診療連携プログラムの協力医師として登録された化学療法部の医師が薬剤処方を含めて主として治療を担当,1例は副科として診療方針や副作用のマネジメントなどについて継続的に関与,5例では相談元の診療科医師がそのまま主として治療を担当した。がん薬物療法を専門とする医師あるいは臓器別診療科の医師のいずれが薬物療法を主として担当するかということよりも,がん薬物療法に関係して専門性が異なる医師がうまく連携することが重要であり,甲状腺専門医だけでなく,内分泌外科および内科,頭頸部腫瘍科,そして腫瘍内科など異なる専門性をもつ医師が連携して診療の質の向上を図ることが重要である。

症例1

60代,男性。X年,甲状腺乳頭癌,気管咽頭浸潤,食道浸潤に対し名大病院耳鼻咽喉科にて甲状腺全摘術および咽頭喉頭頸部食道全摘術を施行された。131Iシンチグラフィにてヨード取り込みがないため放射性ヨード内用療法は適応外と判断された。X+5年,多発肺転移が出現したことからDECISION試験に参加した。試験中に病勢進行(PD)となり,キーオープンにてプラセボ群であったことから,その後ソラフェニブを800mg/日で開始された。8日目にグレード2の口内炎が出現したため1段階減量(600mg/日)となり,12日目に手足症候群がグレード3に増悪したため休薬となった。手足症候群が回復した後,2段階減量(400mg/日)して再開したが直後に発熱およびグレード2の皮疹が出現した。皮疹の原因としてソラフェニブが疑われたため投与を終了した。以後,耳鼻咽喉科にて経過観察されていたが,肺転移の再増大とともに脾転移,皮膚転移,癌性胸水が出現したため,ソラフェニブの保険適応拡大を機会に,薬物療法の適応について耳鼻咽喉科より化学療法部へコンサルテーションがあった。

患者の全身状態は比較的良好であり,臨床経過より病勢進行は明らかであった。またDECISION試験参加時にソラフェニブによる腫瘍縮小傾向を認めていたことから,再投与を検討した。薬疹の既往があることから,皮膚科専門医やアレルギー専門医,薬剤師へコンサルテーションしつつ,リスクを十分に説明したうえで抗アレルギー薬と併用して投与を行うこととなった。しかし,ソラフェニブを400mg/日で開始したところ,3日目にグレード1の皮疹が出現したため休薬となった。皮疹が消失後に200mg/日に減量して再再開したが,さらに6日目にグレード1の皮疹のため休薬となった。その後,200mg/日を4日間内服したのち3日間休薬するスケジュールで治療を継続したところ皮疹はグレード1以下でコントロール可能であった。8カ月後に肝転移の出現によりPDと判断され治療を終了した。今後はレンバチニブを導入する予定である。

症例2

50歳代,男性。Y年,他院にて甲状腺乳頭癌に対して甲状腺全摘術を施行された。Y+6年,左頸部リンパ節再発のため左頸部リンパ節廓清術を施行,Y+7年多発肺転移に対して放射性ヨード内用療法を施行したが効果は不十分であり1回で終了した。しばらく経過観察されていたが,Y+9年血痰の出現と肺炎を併発したため,薬物療法の適応について甲状腺癌診療連携プログラムを通じて院外より化学療法部へ紹介された。

胸部CT検査では右上葉の気管支内に9mm大の腫瘤とその末梢に炎症所見を認め,同部位による閉塞性肺炎と考えられた。肺炎は抗生剤治療にて改善しており,血痰は肺炎の改善後は認めなかった。過去の胸部CTと比較したところ,多発肺転移は1年6カ月の間に増加・増大しており,また血中サイログロブリン値は10カ月間に248ng/mLから557ng/mLへと上昇していた。薬物療法の適応について化学療法部を中心に院内で検討したところ,閉塞性肺炎および血痰は今回が初めてであり一時的であったこと,肺転移は1か所を除きいずれも1cm未満で臨床的に重要な病変とは考えられないことから,その時点では積極的に薬物療法を開始する意義は乏しいと判断された。今後もし血痰や閉塞性肺炎が反復する場合には気管支鏡検査にて気管内病変の評価を行ったうえで薬物療法を開始する方針とし,紹介元での経過観察を依頼した。

教育事業の推進

前述のように「甲状腺癌診療連携プログラム」は地域における甲状腺癌治療に関する教育事業の推進を目的のひとつにしている。2015年3月に日本臨床腫瘍学会主催の第8回がん薬物療法専門医部会東海地区大会が,名古屋大学を中心とする東海がんプロフェッショナル養成基盤推進プランとの共催で,名大病院内で開催された。内分泌癌の診療をテーマとして企画され,がん薬物療法専門医やがん治療に関わる医療従事者を対象に,症例報告,甲状腺癌診療連携プログラムの紹介,また甲状腺癌の外科手術についての特別講演が行われた(図1)。医師41名の他,看護師や薬剤師など医療従事者10名が参加した。

図1.

教育事業推進の例

おわりに

名大病院化学療法部の診療は院内の臓器別診療科との連携をその基盤としており,各診療科の医師との双方向のコンサルテーションを行いながら,診療科のカンファレンスにも積極的に参加してきた。「甲状腺癌診療連携プログラム」はこのような日常診療のなかで機能している。

【文 献】
 

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