2015 Volume 32 Issue 3 Pages 179-183
家族性副甲状腺機能亢進症の多くは多発性内分泌腫瘍症(MEN)によるものであるが,MEN以外の家族性副甲状腺機能亢進症には副甲状腺機能亢進症顎腫瘍症候群(HPT-JT),家族性孤発性副甲状腺機能亢進症(FIHP),家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症(FHH)がある。HPT-JTは,副甲状腺腺腫あるいは癌,顎腫瘍,腎腫瘍,子宮病変を主徴とする常染色体優性遺伝疾患であり,原因遺伝子はCDC73遺伝子である。副甲状腺腫瘍は初発時に1腺あるいは2腺腫大までのことが多く,一見すると散発性の副甲状腺腫と見間違える。副甲状腺機能亢進症の発端者が若年発症で,臨床的にMENの可能性が低く,副甲状腺機能亢進症が術後再発している場合,顎腫瘍や腎腫瘍などを合併している場合は,HPT-JTを強く疑う。FIHPは,家族性に副甲状腺機能亢進症のみが認められる非症候性の場合で,副甲状腺腺腫あるいは癌を発生する常染色体優性遺伝疾患である。FIHPでは,MEN1,CDC73,CASR遺伝子変異などが認められることがある。
MEN以外の家族性副甲状腺機能亢進症は,その鑑別が重要であり,専門医はその診断と治療法,管理法について熟知しておく必要がある。家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症(Familial hypocalciuric hypercalcemia;FHH)は尿中カルシウム排泄量が低値となることから他疾患と鑑別でき,外科的治療の適応はない。本稿では主に副甲状腺機能亢進症顎腫瘍症候群(Hyperparathyroidism-jaw tumor syndrome;HPT-JT)と家族性孤発性副甲状腺機能亢進症(Familial isolated hyperparathyroidism;FIHP)に焦点をあてて述べる。
HPT-JTは副甲状腺機能亢進症(pHPT)を呈する腺腫あるいは癌,顎腫瘍,腎腫瘍を主徴とする常染色体優性遺伝疾患である。原因遺伝子は染色体1q31.2に位置するHRPT2/CDC73遺伝子(以下CDC73遺伝子)である[1]。pHPTはHPT-JT患者の約80~90%に認められ,その多くは若年で発症する。また約10~15%に副甲状腺癌を発症する。約30~40%に良性の顎腫瘍を発症し,約20%に腎病変を認め,その多くは腎囊胞や過誤腫などである。女性患者では良性あるいは悪性の子宮病変(腫瘍)が認められるのが特徴である。国内の患者数や罹病率はまだ明らかではないが,MEN1より患者数は少なく,MEN1の罹病率(約3万人に1人)より低い率と推測される。
pHPTはHPT-JTで認められる最も頻度の高い徴候である。症状は一般のpHPTと変わることはなく,検査値では血清カルシウム高値,無機リン低値,副甲状腺ホルモン高値,尿中カルシウム排泄高値と,一般のpHPTと変わらない。血清カルシウム値や副甲状腺ホルモン値が異常に高い場合は,副甲状腺癌の可能性を考える。画像検査としては,頸部超音波検査と99mTc-MIBIシンチを行い,特に99mTc-MIBI SPECT/CTが有用である。穿刺吸引細胞診は副甲状腺癌の可能性を考え,絶対禁忌である。pHPTの診断がなされた時点で,腫大腺が単腺病変であることも多い。副甲状腺腫の特徴は,若年発症であること,副甲状腺腫がしばしば囊胞形成を起こしていることである。単腺病変を手術した後,数カ月から数年経って,pHPTの再発をきたし,新たな腫大腺が出現することがある[2]。若年での副甲状腺癌発症は特に本疾患との鑑別が必要である[3]。また非機能性副甲状腺腫の報告もある[4]。年齢と共にpHPTの浸透率がどれだけ上昇するかはまだ明らかではないが,自験例(図1)では,本疾患で発端者として発見される症例は10~20歳代の若年者であることが多い[5]。過去に報告された最も若年の症例は7歳である[6]。自験例では17歳の副甲状腺癌の症例があり,後に肺転移をきたしている(図1,症例8)。
当院でCDC73遺伝子解析を行ったHPT-JTあるいはFIHP家系
症例5,6,8は当院症例で,他は外部からの遺伝子解析依頼症例。CDC73変異はいずれもエクソン1~7に存在し,いずれもナンセンス変異あるいはフレームシフト変異である。すべて若年(13~28歳)で発症しており,平均年齢は20.6±4.9歳。
HPT-JTであることが明らかな症例に対して,どのような手術法がよいのかはまだ統一された見解はない。初回手術でminimally invasiveに腫大副甲状腺のみを観察して摘出する方法,将来の再発に備えて副甲状腺全摘と一部前腕移植を行う手術法などが考えられる[7,8]。両側アプローチを行って全腺を確認し,腫大腺のみを摘出する,あるいは前腕移植を伴わない亜全摘術は推奨されない。その理由は,遺残腺が病的腫大を示してきた場合に前回手術による癒着により困難な手術を強いられること,副甲状腺腫瘍の被膜損傷による播種や反回神経麻痺をきたす可能性が高くなることが予想されるからである。副甲状腺腫が甲状腺や反回神経など副甲状腺外に浸潤している副甲状腺癌を疑う症例では,甲状腺片葉切除を含めたen bloc切除を行う。いずれにしても術中PTH測定を指標にして適切に手術を施行することが望まれる。術後の副甲状腺サーベイランスは生涯にわたり必要である。また遺伝子診断に基づく予防的副甲状腺摘出(全摘)に関しては,副甲状腺癌の頻度が高くないこと,生涯にわたる術後の副甲状腺機能低下症を管理する必要が生じるため,推奨できない。
顎腫瘍は下顎あるいは上顎に発生し,病理学的には化骨性線維腫ossifying fibromaあるいはセメント質形成線維腫cementifying fibromaである[9]。大きい顎腫瘍の場合は,その存在は視診や触診でも明らかとなる。診断は歯科で撮影する顎骨のパノラマレントゲン写真とCTによる。レントゲン写真では,本疾患の顎腫瘍の多くはX線透亮像を示すが,不透亮な場合もある[10]。注意しなければならないのは,pHPTの際にみられるbrown腫瘍とは異なる腫瘍であることである。顎腫瘍は良性腫瘍であるが,大きくなれば歯列不正を起こし,呼吸状態が増悪する場合もある。コスメティックな変化も大きな問題となる。腫瘍は時に多発あるいは両側性にみられる。顎腫瘍の観点からは,HPT-JTと若年性線維腫との鑑別が問題となることがある。HPT-JTの顎腫瘍は30歳代に多くみられるが,若年性線維腫はHPT-JTよりもさらに若い年齢でみられることが多いとされている[11]。治療法は外科的切除であり,有効な薬剤はまだ知られていない。腫瘍の大きさや症状により手術適応を決定する。顎腫瘍は歯科口腔外科や耳鼻咽喉科が診療にあたる。
腎腫瘍は超音波,CTあるいはMRIで診断する。腎囊胞は数個の小さな囊胞のこともあれば,腎両側の多囊胞腎のこともある。Wilms腫瘍,過誤腫,mixed epithelial-stromal tumor類似の腫瘍,adult mesoblastic nephromaなども報告されているが,腎腫瘍の悪性化の報告はまだない[12]。治療に関しては,腎病変の種類が多彩であるため,個々の症例に応じて泌尿器科医が診療にあたる。腎病変を呈する遺伝性疾患として,von Hippel-Lindau症候群,結節性硬化症,常染色体優性多囊胞腎などがあり,腎病変の観点から上記疾患との鑑別を要する。
子宮病変は超音波,CTあるいはMRIで診断する。子宮腺筋症,多発性子宮内膜ポリープ,腺線維腫,子宮内膜過形成,子宮筋腫,腺肉腫などの報告がある[13]。これらの病変は女性患者の流産や不妊の原因となる。子宮病変の種類は多彩であり,個々の症例に応じて産婦人科医が診療にあたる。
その他の疾患として,甲状腺癌(乳頭癌,Hürthle細胞癌),膵癌,精巣腫瘍,神経線維腫などの合併が報告されている[14~16]。
HPT-JTの原因遺伝子であるCDC73遺伝子は,染色体1q31.2上に存在し,約1.3MbのDNA領域を占め,17エクソンより構成される。CDC73遺伝子は,parafibrominタンパク(531アミノ酸)をコードしている。ParafibrominタンパクはPAF1蛋白複合体のサブユニットの一つであり,転写因子として働くと考えられている[17]。Parafibrominタンパクは核局在シグナル(コドン125~139)と核小体局在シグナル3ヶ所(コドン76~92,192~194,393~409)を有しており,Parafibrominタンパクを核内に移行させる配列を有している[18]。CDC73遺伝子は癌抑制遺伝子として機能すると考えられており,HPT-JT家系の約50%,FIHP家系の約14%にCDC73遺伝子のgermline mutationを認める。HPT-JTで認められる変異の多くはフレームシフトあるいはナンセンス変異である。Neweyら[19]の報告によると,parafibrominの合成が途中で中断する変異が78%,スプライスサイト部位の変異が7%,ミスセンス変異が15%である(図2)。遺伝子型と臨床病型との間にははっきりとした関連は明らかではないが,FIHPではミスセンス変異が比較的多く認められる。変異は主にエクソン1~7に集中する傾向があり,特にエクソン1,2,7に多い。Masiら[20]の報告では89%の変異がこの領域である。したがって遺伝子診断ではエクソン1~17すべてを1度に調べる手順でもよいが,変異頻度の高いエクソン1~7をまず調べ,変異が認められなかった場合に残りのエクソンを調べる手順でもよい。通常のシーケンスで変異が認められない症例の約7%でlarge deletionが見つかったという報告があり[21],またエクソン1~10のintragenic deletionも報告されている[22]ので,MLPA法によるdeletionの有無を確認することも大事である。de novo変異の頻度はまだわかっていない。過去の報告では10歳以下でpHPTが発症した例は稀であるので,遺伝子検査は10歳頃に開始すればよいという意見もある[6]。
CDC73変異のタイプと分布
文献[19]に基づくエクソン部位別にみたCDC73変異のタイプ(A)と変異の分布(B)を示す。
一見散発性の副甲状腺癌においては,約20%の症例でCDC73遺伝子のgermline mutationが報告されている[23,24]。副甲状腺癌は副甲状腺腫瘍の中でも約1%と非常に稀な疾患であるが,副甲状腺癌と判明した場合は家族歴がなくてもHPT-JTの可能性を考え,遺伝カウンセリングを行い,CDC73遺伝子検査を考慮すべきである。
FIHPは,家族性にpHPTが認められる場合で,副甲状腺腫は単発あるいは多腺性で,病理学的には腺腫あるいは癌である。HPT-JTと違うのは,発端者および罹患血縁者に副甲状腺以外の徴候が認められない非症候性家系であることで,本疾患も常染色体優性遺伝を示す[25]。FIHPは比較的穏やかな臨床経過をとり,発症年齢は比較的遅く,不完全浸透を示すことがある。FIHPの約7%(0~33%)にCDC73変異を認め,変異が発見された症例はHPT-JTと同様に若年発症の症例が多い。またFIHPの約20~23%にMEN1遺伝子変異を,14~18%にCASR遺伝子変異を認める[26]。家族性にpHPTのみが認められ,上記遺伝子すべてに変異が証明されない場合でも,変異陰性のMEN1やHPT-JTである可能性は残されている。したがって副甲状腺だけでなく,副甲状腺以外の臓器(下垂体,顎骨,胸腺,膵十二指腸,腎,副腎,子宮など)も含めて広くサーベイランスを続けていくことが肝要である。
若年発症の症例,副甲状腺家族歴のある症例はいずれも術前にMEN1遺伝子解析および(あるいは)CDC73遺伝子解析が必要である。臨床徴候をふまえて,どのような症例にどの遺伝子診断を行えばよいかは慎重に考える必要がある。しかし,各遺伝子診断に順序をつけて一定の流れでフローチャートを作成することは困難である。現時点での当院におけるpHPTに対する遺伝学的検査対象判別フローチャートを図3に示す。ここではスタートのpHPTは1つではなく,やや複雑な図式になっている。
当院におけるpHPTに対する遺伝学的検査選択のフローチャート
MEN以外の家族性副甲状腺機能亢進症において,外科的治療対象となるのは,HPT-JTおよびFIHPであり,いずれも見過ごされて一見散発性のpHPTとして治療されてしまう可能性がある。特にHPT-JTはMEN1と同様に内分泌外科医のみでなく,様々な診療科にまたがった検査・治療・サーベイランスが必要である。また遺伝子診断に関しては,遺伝外来や臨床遺伝専門医,遺伝カウンセラーによる遺伝カウンセリングが必須である。