2015 Volume 32 Issue 3 Pages 184-188
遺伝性疾患を適切に診断することは,患者の治療およびサーベイランスの方針を確立するのはもちろんのこと,疾患によってはリスクのある血縁者に対する早期の介入を可能にする点でも極めて重要である。副腎皮質は機能性・非機能性腫瘍が多発する臓器であるが,遺伝性に発生する症例の割合はさほど多くはない。また,こうした遺伝性副腎皮質腫瘍の多くは他臓器の病変も伴う腫瘍症候群の一病変として認められる。したがって,遺伝性副腎皮質腫瘍の適切な診断・治療のためには,副腎病変の特徴のみならず,随伴する病変の特徴も把握しておく必要がある。本稿では単一遺伝子に起因する副腎皮質腫瘍もしくは副腎皮質腫瘍を伴う遺伝性腫瘍症候群のうちMEN1を除く疾患について,その概要を紹介する。
多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)に伴う副腎皮質腫瘍を除けば,副腎皮質に発生する遺伝性腫瘍は種類もさほど多くなく,また頻度も高くはない。本稿ではいくつかの副腎皮質腫瘍を伴う遺伝性疾患について,その概略を紹介する。いずれも副腎皮質病変は浸透率の高い主病変とはなっていないが,副腎病変が背景に存在する疾患の診断の手がかりとなりうる。
リ・フラウメニ症候群(Li-Fraumeni syndrome,LFS)は,軟部組織肉腫,骨肉腫,白血病,乳癌,脳腫瘍,など多彩な腫瘍が広い年齢層にわたって多発する常染色体優性遺伝性疾患で,副腎皮質癌は本症に特徴的な随伴病変のひとつである。原因遺伝子として17番染色体短腕に存在する腫瘍抑制遺伝子TP53が知られている。TP53は“guardian of the genome”ともよばれ,細胞の恒常性を維持するための細胞周期制御,DNA修復タンパクの活性化,アポトーシス誘導など多彩な機能を有し,腫瘍抑制タンパクの中心分子とも言うべきp53タンパクをコードしている[1]。
LFS患者では30歳までに約50%,60歳までには男性で70%,女性では90%以上が何らかの癌を発症する。浸透率の性差は乳癌発症リスクの差による。本症は以前には稀な疾患と考えられていたが,最近の研究ではTP53生殖細胞系列変異の頻度は5,000~20,000人に1人程度と推測されている[2]。網羅的な遺伝子解析が行われる機会が増えるとともに,より浸透率の低い非定型例が診断される場合が増えていくと考えられる。本症に伴う腫瘍性病変を表1にまとめた。
リ・フラウメニ症候群に伴う病変
LFSにはいくつかの診断基準が提唱されているが,よく用いられるのが,表2に示す古典的LFSの診断基準とChompretによるTP53遺伝学的検査を考慮すべき基準である。古典的LFSの診断基準を満たす患者では70%でTP53遺伝子変異が認められる。
リ・フラウメニ症候群の診断基準
LFSと診断された患者の約10%が副腎皮質癌を発症する。副腎皮質癌はもともと稀な疾患であり,小児期発症の患者では50~80%,成人期発症の患者でも5.8%にTP53遺伝子の生殖細胞系列変異が認められる[2,3]。したがって,副腎皮質癌では年齢を問わず,背景にLFSの存在を疑う必要がある。
副腎皮質癌は進行が急速であるため,典型的なクッシング徴候を示すことは少なく,体重増加や浮腫,小児では思春期早発などが診断のきっかけとなることが多い。また副腎皮質腺腫に比べて腫瘍が大きいことが多く,腹痛や腹部膨満感もきたす。早期に肺,肝,腹膜などに転移をきたすことが多く,5年生存率は40%程度と予後不良である。
b.その他の病変LFS患者でもっとも罹患頻度が高いのは女性の乳癌で,女性患者の約30%が罹患する。若年発症が特徴で,約1/3の症例は30歳以前に発症し,非遺伝性乳癌が増える50歳以降に発症することは少ない。軟部組織肉腫および骨肉腫のリスクが高いのも特徴で,本症に関連する腫瘍全体の25%を占める[4]。もっとも多いのは幼児に発症する横紋筋肉腫,ついで骨肉腫(年齢を問わない)で,その他にも平滑筋肉腫,組織球肉腫,脂肪肉腫など,多彩な腫瘍が発生する。ほとんどの肉腫は50歳以前に発生する。脳腫瘍も発症リスクが高いが,特に脈絡叢腫瘍は本症との関連が強く,ある調査では脈絡叢腫瘍を発症した小児患者のうち36.4%にTP53変異を認めている[5]。
その他にも大腸癌,腎細胞癌,子宮体癌など多くの癌のリスクが高くなることが知られているが,特に発症年齢が早いことが特徴であり,これらの癌もしばしば成人前にみられる。
LFSと診断された患者では新たな癌の発生を早期に診断するためのサーベイランスが必要であり,その方法も提唱されているが,予後を改善するというエビデンスは存在していない。また,TP53変異は放射線感受性を高めるため,画像診断においては極力放射線被曝を回避することが重要となる。その他,紫外線暴露や喫煙など,発癌リスクを高めることが知られている環境要因はいずれも避けるよう指導するべきである。
カーニー複合(Carney complex,CNC)は,表3に示すように粘液腫,種々の内分泌腫瘍,皮膚の色素沈着異常などの多彩な症候を発生する常染色体優性遺伝性疾患である。原因遺伝子として17番染色体長腕に存在するPRKAR1Aが知られており,罹患家系の約60%に変異が同定される[6]。この他に2番染色体短腕にも未知の原因遺伝子の存在が知られており,約30%の家系で連鎖が認められる。PRKAR1Aはprotein kinase A(PKA)の活性を制御するPKA regulatory subunit 1αをコードしており,腫瘍抑制遺伝子として機能している。本遺伝子の変異によるシグナル伝達異常が多彩な腫瘍性病変の発生を招いていると考えられる。
カーニー複合に伴う病変
約70%の患者では一方の親が罹患しており,約20%は新生突然変異による発症である。現在までに報告されている家系は約300程度に過ぎず,日本人では20~30家系程度であるが,特徴的な病変の組み合わせを呈するので,臨床医として見逃してはならない疾患である。
a.副腎皮質病変CNCと診断された患者の約25%に原発性色素沈着性結節性副腎皮質病変(primary pigmented nodular adrenocortical disease;PPNAD)が発生する[7]。本症患者の剖検では,PPNADの所見はほぼ100%に認められる。病理学的には通常径2~4mm程度で黒色もしくは褐色を呈する結節性病変が両側副腎に多発し,隣接する正常副腎皮質組織は委縮する。PRKAR1A変異陽性者では45歳までに45%の男性,70%の女性にPPNADによるクッシング症候群の身体所見が認められる。約半数の症例では15歳以前にPPNADを発症するが,小児期発症例では肥満と成長の停止が最初の臨床症状となる。
b.その他の病変CNCに伴う他の内分泌病変としては約10%の患者が成長ホルモン産生下垂体腺腫を発症する。臨床症状を呈さない成長ホルモン過剰分泌は75%の患者で認められる。思春期以前の発症は稀であるため,巨人症を呈することはない。甲状腺では約75%の患者に多発性の結節性病変を認め,その多くは濾胞腺腫である。一部の症例では乳頭腺癌や濾胞腺癌を伴う。男性患者では約30~50%で精巣セルトリ細胞腫瘍が認められる。この腫瘍はホルモンを産生する場合があり,P-450アロマターゼ発現により男性性早熟症や思春期前後の女性化乳房を起こす。
非内分泌腫瘍としてもっとも特徴的なものは心粘液腫であり,約70%の患者に発生するとともに,心粘液腫の10%は本症に伴うものである。有茎性でもろいゼラチン様の腫瘍で,すべての房室の心内膜表面から発生しうる。診断時平均年齢は20歳代前半である。腫瘍自体は良性であるものの,発生部位によってうっ血性心不全や塞栓症の原因となるため,外科的に切除されるが,再発しやすい。粘液腫は皮膚や乳房にも発生する。
皮膚病変としては,類上皮母斑,混合型母斑,カフェ・オレ斑,色素脱失斑など多彩な色素沈着異常が認められる。典型例では淡褐色から黒色の色素斑が新生児期から全身に認められ,次第に数を増して来るが,青年期以降は次第に消退していくことが多い。
ベックウィズ・ヴィーデマン症候群(Beckwith-Wiedemann syndrome,BWS)は,臍帯脱出,巨舌,巨体など,全身の過剰成長を主徴とする疾患である。原因遺伝子座は11番染色体短腕(11p15.5)に同定されているが,この領域にはIGF2をはじめ多くの刷り込み遺伝子がクラスターを形成して存在しており,BWSの原因の約2/3は,11p15.5の刷り込み異常によって生じている[8]。大部分は孤発例で,家族例は15%程度であり,この場合は常染色体優性遺伝形式をとる。日本人患者数は500~1,000人程度と推測されている。臨床症状は上記の他,表4に示すように,広範な過成長によって特徴づけられる。臨床症状は新生児期に顕著であっても年齢とともに軽快,解消する例が多い。知能障害は伴わず,生命予後は良好であるが,一部の患者には幼児期に腫瘍の合併を認め,予後を左右する。
ベックウィズ・ヴィーデマン症候群に伴う病変
BWS患者では内臓肥大が肝,膵,脾,腎,副腎といった実質臓器に認められる。副腎では副腎皮質腫大をきたすが,ホルモンのフィードバックは正常に保たれているため,内分泌機能異常は生じない。約5%の症例では副腎皮質癌を合併し,この場合はホルモン過剰分泌も伴う。
b.その他の病変BWSの基本的病態は広範な過成長である。約40%は巨大児として出生し,生下時平均体重は3,900gである。特徴的な願望を呈し,巨舌はほぼ必発となる。胎芽腫瘍(Wilms腫瘍,肝芽腫,神経芽腫,横紋筋肉腫など)が患者の7.5%に8歳前に発症し,特にWilms腫瘍と肝芽腫は早期死亡の原因となる[9]。
マッキューン・オルブライト症候群(McCune-Albright syndrome,MAS)は皮膚のカフェ・オレ斑,線維性骨異形成症,ゴナドトロピン非依存性思春期早発症を3主徴とする疾患で,20番染色体長腕に存在するGタンパク結合受容体遺伝子GNAS1の機能獲得型変異によっておこる。GNAS1の機能獲得型変異が生殖細胞系列に発症する場合は胎生致死となる。患者は受精後に生じた体細胞変異によって,身体の一部の細胞にのみ変異を有する体細胞モザイクの状態である[10]。
MAS患者では,機能獲得型変異を有するGsαタンパクが作られる細胞が身体のどの部位に存在するかにより,表5に示すようなさまざまな臨床症状を呈する。特に内分泌系では多くの臓器でGタンパクシグナル伝達系による分泌調節がなされているため,さまざまな機能亢進症状を発現しうる[11]。MAS患者の約5%にクッシング症候群を合併する。
マッキューン・オルブライト症候群に伴う病変
ACTH非依存性大結節性副腎過形成(ACTH independent macronodular adrenal hyperplasia,AIMAH)は,両側副腎皮質に径5mm以上の大結節を多発する疾患で,クッシング症候群のごく一部(1%未満)を占める。AIMAHの多くは散発性であるが,一部に家族内集積が知られており,その原因遺伝子の探索が以前から行われてきた。最近,Assieらは33例のAIMAH患者の末梢血と腫瘍組織から抽出したDNAを用いて網羅的な遺伝学的解析を行い,半数以上の腫瘍組織において16番染色体短腕(16p11.2)に存在するARMC5(armadillo repeat containing 5)遺伝子に両アレルの変異や欠失が存在することを明らかにした[12]。また4例ではARMC5遺伝子の生殖細胞系列変異が確認された。これに続いてFauczらは34例の大結節性副腎過形成(MAH)患者のうち15例(44.1%)にARMC5遺伝子の生殖細胞系列変異を同定した。ただし,in silico解析ではそのうちの半数のみが病原性変異と推定されている[13]。さらにGagliardiらは,AIMAHの家族集積のある5家系について解析を行い,4家系でARMC5遺伝子の変異を報告した[14]。
AMRC5タンパクはタンパク間相互作用に重要なアルマジロリピート構造を有する細胞質タンパクで,その機能は十分には明らかとなっていないが,ARMC5遺伝子の機能喪失は副腎皮質細胞においてステロイド合成系酵素であるCYP17A1やCYP21A2,および転写因子NR5A1,メラノコルチン2受容体(MC2R)の発現低下とそれによるコルチゾール産生異常を招く。
現時点までの解析ではARMC5変異がすべてのAIMAH症例に認められているわけではなく,また変異陽性者における浸透率も不明であるが,今後の解析でAIMAH発症の分子機構がより明らかになっていくことが期待される。
以上,遺伝的背景を原因として副腎皮質腫瘍を発症する疾患を紹介した。いずれも頻度の低い疾患であり,副腎腫瘍の中に占める割合も小さいが,副腎腫瘍の背景にあるこれらの疾患の存在を見落とさないよう,適切な評価を行うとともに,関連する他診療科や遺伝医療部門との連携のもとに患者や家族の診療にあたることが重要である。