日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
保存的治療の末に腹腔鏡下副腎摘除術を施行した特発性副腎出血の1例
稲石 貴弘柴田 有宏
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2015 年 32 巻 3 号 p. 196-200

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抄録

症例は24歳女性。誘因なく右季肋部痛を自覚し,当院を受診した。CT検査で右副腎に75mm大の腫瘤性病変を認め,腫瘍内出血の疑いもあり入院精査を行った。副腎内分泌機能検査で異常所見は認めなかった。原因不明の副腎出血と診断し,全身状態は安定していたために保存的治療を行った。3カ月後のCT検査で血腫は40mmに縮小したが,腫瘍性病変の存在が否定できず,また再出血の可能性も考慮し,4カ月後に腹腔鏡下右副腎摘除術を施行した。摘出標本は副腎出血で矛盾はなかったが,原因となる所見は認めず,最終的に特発性副腎出血と診断した。特発性副腎出血は稀な疾患であり,腫瘍性病変の有無の鑑別が困難とされる。今回,保存的治療の末に腹腔鏡下で摘除した特発性副腎出血の1例を経験したので文献的考察を加えて報告する。

はじめに

副腎出血の原因は多岐にわたり,特発性副腎出血は稀な疾患である。画像上,腫瘍性病変の有無の鑑別が困難であるため,外科的切除を要することが多い。今回,腫瘍性病変の存在が否定できず,保存的治療の末に腹腔鏡下で摘除した特発性副腎出血の1例を経験したので報告する。

症 例

患 者:24歳,女性。

主 訴:右季肋部痛。

既往歴:特記事項なし。

家族歴:特記事項なし。

現病歴:特に誘因なく右季肋部痛を自覚し当院を受診した。CT検査で右副腎に75mm大の腫瘤性病変を認め,腫瘍内出血の疑いもあり精査加療目的に入院した。

入院時現症:意識清明,身長159cm,体重48kg,体温36.7℃,安静時血圧119/70mmHg,脈拍70回/分。腹部は平坦・軟で,右季肋部に軽度の圧痛を認めたが,腹膜刺激兆候は認めなかった。腫瘤は触知しなかった。中心性肥満や多毛,皮膚線状,ざ瘡は認めなかった。

血液生化学検査所見:WBC 17,500(Neutro 82.6%,Eosino 0.2%)/μl,RBC 457×104/μl,Hb 13.4g/dlと白血球増多は認めたが,貧血は認めなかった。その他,特記すべき異常は認めなかった。

副腎内分泌機能検査:コルチゾール 13.9μg/dl,ACTH 57.7pg/ml,DHEA-S 127ng/ml,アルドステロン 348pg/ml,アドレナリン 21pg/ml,ノルアドレナリン 174pg/ml,ドーパミン<5pg/ml,レニン活性3.7ng/ml/hr,血漿アルドステロン濃度/血漿レニン活性比 94。尿検査で17-KS 7.8mg/day,17-OHCS 7.6mg/day,メタネフリン 0.11mg/day,ノルメタネフリン 0.20mg/dayであり,内分泌機能検査では異常は認めなかった。

CT検査所見:単純CTで右副腎に一致して75mm大の表面平滑で,高吸収域を呈する内部均一な腫瘤を認めた(図1a)。造影CTでは辺縁は造影されるが,内部は造影効果の乏しい腫瘤として描出された(図1b)。

図1.

CT検査(a:単純CT,b:造影CT),MRI検査(c:T1強調像,d:T2強調像)

a)右副腎に75mm大の表面平滑で,高吸収域を呈する内部均一な腫瘤を認めた(矢印)。

b)腫瘤の辺縁は造影されるが,内部の造影効果は乏しい。

c,d)T1強調像で大部分が低信号で,一部に結節状の高信号を認め,T2強調像でやや不均一な高信号を呈する腫瘤を認めた。

MRI検査所見:腫瘤はT1強調像で大部分が低信号で,内部に一部結節状の高信号を認め,T2強調像でやや不均一な高信号を呈した(図1c, d)。

経 過:副腎出血と診断し,重症感染症や脳血管障害,心血管系疾患,熱傷,手術,分娩,出血性素因,外傷などの要因は認めず出血の原因は不明であったが,全身状態は安定していたために保存的治療を行った。第2病日には右季肋部痛は改善した。第3病日に行った1mgデキサメタゾン負荷試験で,コルチゾール 1.3μg/dl,ACTH<5.0pg/mlと抑制された。外来で保存的治療を継続することとし,第9病日に退院した。初診日から1カ月後に施行した造影CT検査で,64mm大の囊胞状腫瘤に縮小し,さらに初診日から3カ月後に施行した造影CT検査で,辺縁に造影効果を示す40mm大の囊胞状腫瘤に縮小した(図2)。保存的治療の経過中に症状の増悪は認めず,CT検査で経時的に血腫は縮小した。しかし,血腫により腫瘍の描出を困難にしている可能性があり,腫瘍性病変の存在が完全に否定できなかった。また,再出血の可能性も考慮し,初診日から4カ月後に腹腔鏡下右副腎摘除術を施行した。

図2.

造影CT検査

a)初診日から1カ月後:64mm大の囊胞状腫瘤を認めた(矢印)。

b)初診日から3カ月後:辺縁に造影効果を示す,40mm大の囊胞状腫瘤を認めた(矢印)。

手術所見:体位は左側臥位で,経腹的側方アプローチとした。右肋弓下で中腋窩線上に12mmのカメラポート,右肋弓下で鎖骨中線上に12mmポート,正中で剣状突起と臍部の中点に5mmポート,右肋弓下で後腋窩線上に5mmポートを挿入した。肝臓をスネークリトラクターで圧排すると,右副腎に一致して突出する表面平滑な腫瘤を認め後腹膜内に限局していた。肝下面の後腹膜を下大静脈右縁から肝外側に切離した後に右三角間膜も切離し,肝後面のbare areaがやや露出する範囲まで肝右葉を脱転した。副腎内側から外側に腎臓との間の後腹膜を切離し,副腎と腎臓との間を剝離した。副腎の背側も十分剝離した後に,下大静脈の右縁に沿って副腎との間を剝離し,下大静脈の右側面に単独で流入する右副腎中心静脈を同定した。中心静脈の周囲は炎症所見など出血による影響はなく処理に十分な長さを露出することができた。中心静脈の中枢側を2重でクリッピングして切離し,右副腎を摘除した。全ての操作は出血による影響もなく容易に行えた。手術時間1時間17分,出血量3mlであった。術後経過は良好で,術後4日目に退院した。

摘出標本:38×30mm大の被膜を有する腫瘤で,内部は凝血塊が充満していた(図3a)。

図3.

a:摘出標本,b:病理組織学的所見(H.E.染色)

a)38×30mm大の被膜を有し,内部に凝血塊が充満する腫瘤を認めた。

b)髄質を中心に凝血塊や壊死組織を認め,腫瘍細胞や異常な血管病変は認めなかった。

病理組織学的所見:H.E.染色で周囲に副腎皮質組織がみられ,髄質を中心に凝血塊や壊死組織を認めた。腫瘍細胞や異常な血管病変は認めず,特発性副腎出血と診断した (図3b)。

考 察

副腎出血は,副腎内に限局するものから副腎外や後腹膜腔におよぶものまであり,剖検例における頻度は0.14~1.1%と報告されている[]。副腎出血の要因として,解剖学的特性に加えて過大な身体的ストレス,外傷,凝固系異常・抗凝固療法による出血性素因や腫瘍性病変(副腎皮質癌,褐色細胞腫,副腎皮質腺腫,副腎血管腫,骨髄脂肪腫,転移性腫瘍)などがあるとされるが,原因が不明で特発性とされる場合もある[,]。解剖学的な特性として,副腎は血流が豊富な臓器であり大動脈や下横隔膜動脈,腎動脈,肋間動脈などから複数の動脈が流入している。一方で静脈は副腎静脈の1本のみであり流出制限を受けることに加え,静脈壁の平滑筋層が収縮して副腎内に血液を留める結果,皮質細胞はACTHなどの全身的な調節因子に,髄質細胞はコルチゾールに暴露されやすくなる。さらに,毛細血管が類洞を形成し脆弱であるとされる[]。また,右副腎静脈は左より短く下大静脈圧の影響を受けやすいため,片側性の副腎出血は右側に多いとする報告もある[]。身体的ストレスには,敗血症や脳血管障害,心血管系疾患,熱傷,手術,分娩などが挙げられる。身体的ストレスはACTHの分泌を増大させ,副腎血流量を増加させる[]。さらに,ACTHは副腎に局所的な出血や壊死を起こすとされる[]。

副腎出血の症状は側腹部痛や背部痛,悪心,嘔吐,腹部腫瘤などがあるが,副腎に特異的なものはなく程度も様々で,無症状に経過し検診などで偶然発見されることもある。また突然発症し,急性腹症を呈する場合や,両側性に副腎出血を認めた場合は急速に進行する急性副腎機能不全をきたすこともある[]。

画像上,副腎出血は発症時期により様々な所見を呈する。単純CTで急性期にはCT値が50HU以上の高吸収域を呈し,亜急性期から慢性期にかけては様々な吸収域を呈することが多いとされる[]。造影CTで内部は造影されないが,辺縁は造影されることがあるとされる[]。MRIでは急性期にはT1強調像で低信号,T2強調像で高信号を呈し,亜急性期から慢性期にかけてはT1強調像で高信号,T2強調像で徐々に低信号へ変化していくとされる[10]。本症例では,右副腎に一致した腫瘤は単純CTで高吸収域を呈し,造影CTで内部は造影されなかった。また,MRIではT1強調像で大部分が低信号を呈し,T2強調像でやや不均一な高信号を呈したことからも,急性期の血腫と診断した。軽微な右季肋部痛で発症し,発熱もなく重症感染症を疑う所見は認めなかった。また,中枢神経症状や胸部症状なども認めず,脳血管障害や心血管系疾患の関与も認めなかった。その他,熱傷や手術,分娩などの身体的ストレスとなる要因は認めず,出血性素因や外傷も認めなかった。内分泌機能検査で異常は認めず,画像上,明らかな腫瘍性病変も認めなかった。以上より原因不明であり,特発性副腎出血と診断した。

また,18FDG PET/CTを用いてFDGの集積程度の差異から副腎の良・悪性病変の鑑別を推定する報告もあり,SUV max>2.68または3.1を悪性病変とする基準や,肝臓との対比で副腎/肝SUV max比>1.37または1.5を悪性病変とする基準が提唱されている[1112]。本症例では,18FDG PET/CTは施行しなかったが,副腎における良・悪性病変の鑑別の一助になると考えられる。

治療は,副腎はGerota筋膜に囲まれているため,筋膜内の圧の上昇により自然止血するとされる[13]。また,Podeら[14]は全身状態が安定しており,腫瘍性病変を認めない場合は定期的にCTやMRIで慎重に経過観察を行うと報告している。しかし,出血時に腫瘍が粉砕され,画像上,腫瘍としての描出が困難になることや,血腫自体が占拠性病変として描出されることなどから,副腎出血は腫瘍性病変の有無の鑑別が困難であるとされる[13]。よって,明らかな腫瘍性病変を認めず保存的治療を行ったとしても,外科的切除が選択されることが多い[1516]。一方で,急激な全身状態の悪化をたどる場合や保存的治療の経過中に増悪した場合は,時機を逸することなく手術を行うことが重要である。

医学中央雑誌で「特発性」,「副腎出血」,「副腎血腫」をキーワードに1990年から2014年までの症例を検索すると(会議録を除く),自験例を含めて24症例検索しえた[,10131529]。年齢は22~78歳で中央値68歳であり,男性11例,女性13例であった。右10例,左14例で左側がやや多かった。症状は側腹部痛が6例,上腹部痛が1例,季肋部痛が1例,腰背部痛が1例,腹部腫瘤が1例,腹部膨満感が1例,発熱が1例,便秘が1例,無症状が11例であった。術前診断は副腎腫瘍が16例,血管腫が2例,後腹膜血腫が1例,神経原性腫瘍が1例であり,特発性副腎出血・血腫と診断したものは4例であった。腫瘤の最大径は3.0~20.0cmで中央値は7.0cmであった。治療は副腎腫瘍と診断した16例は全て手術が行われたが,そのうち5例は保存的治療を行った後に手術を行った。血管腫や後腹膜血腫,神経原性腫瘍と診断された症例も全て手術が行われた。特発性副腎出血・血腫と診断した4例中,1例で保存的治療が行われ,1例で悪性腫瘍が否定できず手術が行われた。残りの2例は保存的治療を行い血腫は縮小したが,腫瘍性病変の存在が否定できず手術を行った。術式は開腹手術が16例,開胸開腹手術が1例,経腰的手術が2例,腹腔鏡手術が4例であった。腹腔鏡手術を行った症例では,腫瘤の最大径は3.0~7.7cmで中央値6.2cmであった。

本症例では,全身状態は安定していたために保存的治療を行った。経過観察中に症状の増悪は認めず,CTで血腫は40mmまで縮小した。しかし,血腫により腫瘍の存在の有無が鑑別困難であることや再出血の可能性も考慮し,外科的切除を行った。さらに画像上,血腫は副腎に限局し周囲との境界は明瞭であったので,腹腔鏡手術を選択した。術中所見では副腎出血の影響はほとんどなく,周囲との剝離も容易であり安全に施行しえた。

特発性副腎出血は腫瘍性病変の有無の鑑別が困難であり,本症例でも保存的治療を行い,最終的に腹腔鏡手術を施行したことは正しい選択であったと考える。しかし一方で,保存的治療を行う中で経時的に血腫が縮小したことから,保存的治療を継続する選択肢もありえた。

おわりに

保存的治療を行った末に,腹腔鏡手術を施行した特発性副腎出血の1例を経験した。精査で原因不明の副腎出血は,全身状態が安定している場合,画像で慎重に経過を追い保存的治療を継続できるかが今後の課題であり,さらに症例をかさね,検討していくことが肝要である。

【文 献】
 

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