日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
甲状腺転移をきたした子宮平滑筋肉腫の一例
大石 一行澁谷 祐一高畠 大典岩田 純松本 学
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2015 年 32 巻 3 号 p. 205-210

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抄録

症例は64歳女性。2008年4月子宮腫瘍に対して膣式子宮全摘術を施行し,子宮平滑筋肉腫(StageⅠ)と診断された。2010年10月再発転移に対してGEM(gemcitabine)+DTX(docetaxel)による化学療法を開始したが,2010年10月CTで甲状腺左葉に9×10mm大の腫瘤が出現し,2012年12月には31×31mm大まで増大した。2013年3月に気管偏位をきたしたため当科を紹介受診し,エコーで左葉全体を占拠する47×36×52mm大の低エコー腫瘤を認めFNAで子宮平滑筋肉腫の甲状腺転移と診断した。7月に甲状腺左葉切除術を施行し,子宮平滑筋肉腫の甲状腺転移と最終診断された。2014年1月にはCTで甲状腺右葉に小結節として再発が疑われた。5月より緩和ケア目的に転院し,甲状腺手術から18カ月後に死亡した。転移性甲状腺癌は比較的稀であり,原発巣として腎癌,乳癌,肺癌の順に多いとされる。子宮平滑筋肉腫の甲状腺転移の報告はこれまでに数例しかなく,比較的稀な症例と思われたため文献的考察を含めて報告する。

はじめに

転移性甲状腺癌は比較的稀で,甲状腺癌手術を受ける患者の1.4~3%に認めると報告されている[]。原発巣としては腎癌,肺癌,大腸癌,乳癌などが多いが,子宮平滑筋肉腫の転移はこれまでに7例の報告しかない[,13](表1)。今回甲状腺転移をきたした子宮平滑筋肉腫を経験したので,文献的考察を含めて報告する。

表1.

子宮平滑筋肉腫の甲状腺転移報告例

症 例

症 例:64歳,女性。

主 訴:頸部腫脹。

現病歴:2013年3月甲状腺腫瘍により気管偏位を認めたため,精査加療目的に当科を紹介受診した。

既往歴:2008年子宮腫瘍に対して膣式子宮全摘術を施行し,子宮平滑筋肉腫(StageⅠ)と診断された。2010年10月多発肺転移,骨盤内リンパ節転移,甲状腺左葉腫瘤を認め,GEM+DTX療法を6コース施行したがPDであった。2012年CTで甲状腺左葉腫瘤の増大傾向を指摘された。

血液検査所見:FT3 3.04pg/ml,FT4 1.27ng/ml,TSH 1.183μIU/ml,Tg 27.9ng/dl,TgAb<10IU/ml,TPOAb<5IU/ml。

超音波検査所見:左葉全体を占拠する47×36×52mm大の形状不整,境界明瞭,内部は低~等エコーで不均一な腫瘤を認めた(図1)。同腫瘤に対してFNAを施行し平滑筋肉腫と診断した(図2)。

図 1 .

頸部超音波検査所見:左葉に最大径52mm大の形状不整,境界明瞭,内部は低~等エコーで不均一な腫瘤を認め悪性腫瘍を疑った。

図 2 .

穿刺吸引細胞診所見:中型から大型,紡錘形あるいは多辺形で,核腫大・核クロマチンの増量・大型核内空砲などの高度の異型を示す腫瘍細胞を孤在性あるいは集塊状に認め肉腫の所見として矛盾しなかった。

頸部CT検査所見:子宮全摘術後の最初のフォローアップCTを撮影した2009年7月には甲状腺腫瘍を認めなかったが,2010年10月に出現し,その後は徐々に増大傾向にあった。2012年12月には気管の右方偏位が出現したためその後当科へコンサルトとなった(図3)。

図 3 .

頸部CT検査経時変化:子宮全摘術後の2009年7月は甲状腺腫瘍を認めなかったが,2010年10月に出現し,その後は増大。2012年12月に気管偏位が出現した。経過中,腫瘍径のDoubling timeは208日から96日と短くなってきている。

経 過:2013年7月子宮平滑筋肉腫の甲状腺転移と診断し,甲状腺左葉切除術を施行した。腫瘍の周囲への浸潤は認めなかった。手術時間2時間15分,出血量87ml。術後合併症なく経過し4PODに退院となった。

摘出標本:腫瘍は境界明瞭な白色結節で一部に出血を伴っていた(図4)。

図 4 .

摘出標本:周囲への浸潤はなく甲状腺左葉内全体を占拠する白色結節を認めた。

病理組織学的検査所見:異型,多形の強い紡錘形の腫瘍細胞が錯綜して増殖していた。免疫染色ではαSMA,desminが陽性となっていた。初回原発巣の子宮平滑筋肉腫の所見とほぼ同様であった(図5a-e, 6)。鑑別疾患として未分化癌,SETTLE(spindle cell tumor with thymus-like differentiation),孤立性線維性腫瘍なども挙げられたが免疫染色からは否定的であった。また,甲状腺原発平滑筋肉腫と他臓器の平滑筋肉腫転移との鑑別は困難だが,前者の発生率は甲状腺全体の0.014%と極めて低く,子宮平滑筋肉腫の既往があり遠隔転移が認められている以上は,両者の合併というよりも後者の転移である可能性が最も高いと考え,子宮平滑筋肉腫の甲状腺転移と最終診断した[14]。

図 5 .

病理組織所見:

(a)HE染色(×40),異型,多形の強い紡錘形の腫瘍細胞が,束状を呈して密に増殖し,部分的に腫瘍細胞が錯綜していた。

(b)HE染色(×100),一部の腫瘍細胞の核は長楕円形のいわゆる葉巻型を呈していた。

(c)αSMA染色(×40),陽性。

(d)desmin染色(×40),陽性。

(e)鍍銀染色(×40),腫瘍細胞が細網線維で取り込まれていた。

図 6 .

子宮平滑筋肉腫病理組織所見:図5aと同様の所見を呈していた。

術後経過:2013年9月Pazopanib800mg/日内服開始となったが,2014年1月甲状腺右葉に小結節が出現し,遠隔転移も増大してPDと診断(図7)。5月から緩和ケアとなったが,12月死亡した(甲状腺腫瘍出現から50カ月,手術から18カ月)。

図 7 .

頸胸腹部造影CT検査所見:甲状腺右葉に小結節が新たに出現し,多発肺・肝臓転移,腹膜播種は増大傾向であった。

考 察

甲状腺は副腎についで血流速度が速く(~560ml/100g tissue/min),腫瘍細胞が定着し難く,また高酸素,高ヨードの状態が腫瘍細胞の発育を阻害するため転移をきたしにくい臓器とされている[1517]。一方で過形成,腫瘍,甲状腺炎などの甲状腺の異常により酸素やヨードの濃度異常をきたし転移しやすくなる[151618]。転移性甲状腺癌は臨床的には1.4~3%とされるが,高齢の剖検例だと1.9~24%で原発巣は乳癌,肺癌,悪性黒色腫が多い[,]。

子宮平滑筋肉腫は婦人科腫瘍の中でも特に予後不良な腫瘤で,子宮体部肉腫の36~38%を占めるといわれている。唯一有効な治療は早期の完全摘出だが,比較的早期より肺,肝臓,腎臓,脳,骨への血行性転移をきたしやすく,再発も多い[]。再発例で可能な場合には手術療法も考慮されるが,治療方針は全く確立されておらず,化学療法や放射線療法も選択される場合がある[19]。切除不能進行例や再発例に対する化学療法としては,DOX(Doxorubicin)単剤,GEM単剤,DOX+Dacarbazine,GEM+DTXなどがfirst lineもしくはsecond lineとして推奨され,最近では分子標的薬としてPazopanibの報告がある[2022]。しかし独立した予後規定因子は二次腫瘍縮小手術のみであることから,婦人科以外へコンサルトがある機会も多くなる[23]。子宮平滑筋肉腫の甲状腺転移に関してまとまった報告はないが,これまでの報告を参考にすると,50代女性に多く,自覚症状として頸部腫大を認め,FNAによる正診率は100%(FNA施行例は全て)であった(表1)。記載がある中で診断時に遠隔転移を認めていた症例は6例中5例(83%)と多く,手術を行った5例中全摘術は4例,葉切除術は1例であった。記載のあった5例全例で子宮平滑筋肉腫診断から5年以内に甲状腺転移をきたしており,経過が確認できた5例中生存例は2例のみ(40%)(それぞれ術後5年,6カ月経過)と予後不良であった。

本症例は腫瘍径のdoubling timeが短くなり(2010年10月~2011年10月:208日→2012年3月~2012年12月:96日),腫瘍出現から26カ月で気管偏位をきたしたため,気道閉塞予防目的に左葉切除術を行った。多発遠隔転移に対してPazopanibを開始したがいずれの転移に対してもPDであり残存甲状腺の再発も防ぐことはできなかった。

子宮平滑筋肉腫の甲状腺転移に対する対応としては,子宮平滑筋肉腫の診断から5年以内に甲状腺転移が出現する可能性があることを念頭に置いてフォローアップし早期発見に努めることが重要であるが,そのためには他癌の治療歴と病期の聴取を十分に行い,FNAで確定診断することが重要である。FNAでの正診率も高いことから,検体不適正の場合は繰り返し行い,検体が採取できたら原発巣の組織と比較するべきである。また,子宮平滑筋肉腫は甲状腺転移がある時点でその他の多臓器転移を認める症例が多いため,腫瘍による気道閉塞所見や両側反回神経麻痺がなければ甲状腺の手術適応はない。患者のQOLを優先するには,診断後に全例全摘術ではなく,甲状腺腫瘍の局在や全身状態を考慮した上で,縮小手術や経過観察も選択肢にいれて慎重に対応することが重要である。

おわりに

甲状腺転移をきたした子宮平滑筋肉腫を経験した。早期発見および気道閉塞を念頭においたフォローアップと治療が重要である。

本論文の要旨は第27回日本内分泌外科学会総会(2015年5月,福島)において発表した。

【文 献】
 

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