日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
特集1
原発性アルドステロン症の病型診断における副腎静脈サンプリングの課題:多施設データベースの構築と臨床的意義
馬越 洋宜和田 典男一城 貴政松田 祐一亀村 幸平福岡 富和藤井 雄一甲斐 達也坂本 竜一小河 淳鈴木 知子小笠原 辰樹難波 多挙立木 美香成瀬 光栄
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2015 年 32 巻 4 号 p. 220-224

詳細
抄録

原発性アルドステロン症の病型診断において副腎静脈サンプリング(AVS)は標準的な診断法とされるが,AVSの判定基準や実施方法は標準化されておらず,その診断精度は十分に担保されていない。そのためわれわれはAVSに関するエビデンスを創出のためのAVSデータベース(WAVES-J)を構築し,1)AVSの成功率,2)左副腎静脈採血部位,3)局在判定基準に関する知見を得た。成功率についてはAVSに熟練した施設では約90%の成功率が得られ熟練施設への集約化の必要性が示唆された。採血部位については,左副腎静脈の中心静脈と下横隔静脈との合流部である共通幹での採血が費用,容易さ,診断精度の点からも標準的であると考えられた。局在判定基準については,AVSの結果が“グレーゾーン”の症例では対側副腎の抑制を示すContralateral ratioが手術適応の決定に重要であること示された。今後さらにAVSの標準化に関するエビデンスの確立が期待される。

はじめに

原発性アルドステロン(PA)は高血圧全体の中で約3~10%を占める,頻度の高い内分泌性高血圧である[]。PAは本態性高血圧と比較して心腎血管合併症を高率に発症するが,病型に応じた適切な治療により臓器合併症の進行を抑制しうるため早期の診断・治療が必要である[,]。PAの診断はスクリーニング検査,機能確認検査,局在診断検査の3つのステップを経て行われ,機能確認検査が陽性の場合,患者の手術希望,手術適応を考慮し局在診断が行われる[,]。副腎静脈サンプリング(AVS)は標準的な病型診断法とされるが,AVSの判定基準や実施方法は標準化されておらず,その診断精度は十分に担保されていない。そのためCommon diseaseであるPAの治療水準の向上のためにも,我が国におけるAVSの実態調査や基準の標準化が必要と考えられる。そこでわれわれはAVSに関するエビデンス創出のための多施設共同研究:West Adrenal Vein Sampling Study in Japan(WAVES-J)のデータベースを構築したため本データベースから得られた知見の一部を紹介する。

1.WAVES-J database

2006年から2013年までにWAVES-J研究9施設:京都医療センター,市立札幌市民病院,済生会横浜市東部病院,三田市民病院,明石医療センター,松山赤十字病院,済生会富田林病院,広島鉄道病院,九州医療センターでPAスクリーニング検査陽性の高血圧患者で手術治療を希望しAVSを施行した551例が後視的にデータベースに登録された。本データベースにはAVSデータに加え患者背景データ,機能確認検査データ,治療経過も登録されている。

2.AVS成功率

AVSは1967年にMelbyら[]によりPAの病型診断としての有用性が報告されてから約50年近く用いられているが,侵襲的検査であり,成功率,特に右副腎静脈での成功率は施設間で差がみられ,専門性の高い検査であるため実施可能施設は限られている。報告により異なるがAVS実施可能な専門施設においてもAVS成功率は約60~80%と容易ではない[,]。一方,AVS前の造影CTでの右副腎静脈の描出やAVS中の迅速コルチゾール測定によりAVS成功率の上昇が報告されている。

WAVES-Jでの副腎静脈への挿入判定はACTH負荷後Selectivity Index(SI):副腎静脈コルチゾール/下大静脈コルチゾール≧5の際にカテーテル挿入成功と判定した。左副腎静脈のカテーテル挿入成功率は98%であり,高い成功率が得られた。挿入が困難とされる右副腎静脈についても挿入成功率は90%と比較的高い成功率が得られ,両側副腎静脈へのカテーテル挿入成功率は88%と高率な成功が得られた(図1)。AVS成功率は経年的に上昇傾向を示し熟練した施設でのAVSの実施が重要であることが示唆された。

図1.

副腎静脈サンプリングの成功率

3.左副腎静脈採血部位:共通幹と中心静脈の比較

右副腎静脈と比較すると採血手技が容易である左副腎静脈であるが,ガイドライン間で採血部位に相違がみられている。日本内分泌学会ガイドラインでは左副腎静脈採血部位として副腎から流出直後の中心静脈での採血を推奨していることに対し[],米国内分泌学会ガイドラインでは下横隔膜静脈との合流部である共通幹での採血を推奨している[]。そのためわれわれは1)採血部位による局在診断の乖離の有無,2)乖離例の治療アウトカムから至適採血部位を明らかにすることを目的として検討を行った。

WAVES-Jに登録された1)ACTH負荷後のAVSが成功し,3)共通幹と中心静脈の2部位で採血が施行された217例を対象とし,共通幹と中心静脈における局在診断を比較した。次いで局在診断乖離例の治療アウトカムから至適採血部位を検討した。

共通幹では54例が片側病変(左31例:右23例),163例が両側病変と診断され,中心静脈では48例が片側病変(左24例:右24例),169例が両側病変と診断され,中心静脈における局在診断では片側病変の診断が減少した(図2)。両部位での局在診断は10/217(5%)例でのみ乖離を認め,両部位での局在診断一致率は良好であった(κ=0.87,P<0.05)。乖離例10例のうち6例で手術が施行された。手術例6例中5例は共通幹で片側,中心静脈で両側と診断されたが,全例術後PAの治癒がみられた。以上より中心静脈での診断により偽陰性が生じる可能性が示唆された[10]。

図2.

共通幹と中心静脈における局在診断の変化:文献[10]より引用

中心静脈での判定で偽陰性を示した機序としては2つの機序が想定される。共通幹での採血を推奨するDaunt[11]やBlondin[12]らは中心静脈での採血は時に,カテーテルが深部まで偶発的に挿入されてしまい,非腫瘍枝の血液を選択的に採血(too selective sampling)してしまい,偽陰性を呈する可能性を指摘している。また,萬谷ら[13]は剖検例での左副腎静脈の検討で約30%の頻度で下横隔静脈に副腎静脈の分枝である上副腎静脈が流入することを報告している。上副腎静脈還流域にアルドステロン産生腺腫が存在する際には共通幹では下横隔静脈を介して腫瘍からのアルドステロンの過剰分泌を反映するが,中心静脈では下横隔膜静脈の血流を介さないため,腫瘍からのアルドステロン過剰分泌を反映できず偽陰性を呈する可能性が考えられる。しかしながら,静脈走行は個人間で多様性があるため左副腎静脈走行については今後さらなる検討が必要である。

共通幹での採血が中心静脈での採血と比較し劣勢である根拠はなく,むしろ偽陰性が少なく,患者負担,費用の観点からも共通幹での副腎静脈採血が標準的な手法であると考えられた。

4.局在判定基準:Contralateral ratioの意義

PA局在判定基準として日本内分泌学会は副腎のアルドステロン濃度の左右差の指標であるLateralized index(LI)と対側副腎の抑制をあらわすContralateral ratio (CR)と副腎静脈血中アルドステロン濃度(PAC)の絶対値から過剰分泌を評価する3つの判定基準を推奨している[]。海外では局在判定基準としてLateralized index(LI)が最も広く使用されているが,LIのカットオフ値は施設間で異なり2~4のいずれかのカットオフが用いられている。AVSに関するRossiらの国際研究(AVIS)[14]ではLI≧4の判定基準が最も使用頻度が高く40%の施設が使用している,一方で日本内分泌学会ガイドライン(JES)の推奨するLI≧2.6の基準は比較的permissiveなカットオフとされる。AVSに関するExpert consensus statement[15]ではLI値が2~4の範囲を片側性病変と両側性病変が混在する“グレーゾーン”と表現しておりLI≧4以外のpermissiveなLI値を判定基準に用いる際は患者背景などを加味し慎重に病型診断を行うことを推奨している。われわれは対側副腎のアルドステロン分泌の抑制の指標であるCRの“グレーゾーン”における診断意義を検討した。

ACTH負荷後AVSが成功し,LI値が4未満であるが,PA治療目的に片側副腎切除術を施行された29名を解析の対象とした。対象をCR<1(対側抑制あり),CR≧1(対側抑制なし)の2群に分類し術後6カ月のPA治癒の割合を比較した。PA治癒は1)高血圧の治癒・改善,2)アルドステロン/レニン比(ARR)正常化,3)血清K正常化の3項目で評価し全てを満たしたものをPA治癒と定義した。

16名がCR<1,13名がCR≧1であった。高血圧の治癒改善はCR<1群で81%,CR≧1群で46%(P=0.06),ARRの正常化はCR<1群で100%,CR≧1群で46%(P=0.004),血清Kの正常化は両群ともに全例で確認された。PA治癒率はCR<1群81%でCR≧1群の23%と比較して有意に高率であった[16](表1)。

表1.

CR<1(対側抑制あり)とCR≧1(対側抑制なし)における術後アウトカムの比較:文献[16]より引用:一部日本語に変更

対側副腎の抑制を示す指標であるCRはDoppmanら[17]によって病型診断としての有用性が報告されたが,LIと比較して使用頻度は少なく診断意義は明らかでなかった。近年,Monticoneら[18]はLI≧4の症例ではCR≧1群とCR<1群の治療予後に差がないと報告したが,本研究からLI<4の“グレーゾーン”の症例ではCR<1が治療予後と有意に関連することが明らかになった[16]。さらに,“グレーゾーン”の症例では低カリウム血症やCTにおける腫瘍など片側性PAを示唆する所見も手術適応の決定に考慮する必要があることが報告されている[19]。

5.おわりに

1967年にAVSが初めて報告されて以後約50年経過するが未だにその実態と実施方法,判定基準は標準化されていない。特に近年,PAの診断数の増加と共にAVS施行件数が増えてきておりAVSの標準化が重要な課題となっている。WAVES-Jの結果から熟練した施設での成功率は高率であることが示され熟練した施設への集約化が望まれる。カテーテル採血部位については手技が容易である共通幹での採血でも正確な病型診断が可能でありより共通幹での採血が標準的であることが示唆された。病型診断に関しては,判断に迷う“グレーゾーン”の症例では対側副腎の抑制を示唆するCRが手術適応の決定に有用であることが示された。WAVES-Jデータベースを生かし今後さらにAVSの標準化に関するエビデンスの確立が期待される。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top