日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
当科での内視鏡補助下甲状腺手術(VANS法)の治療成績と今後の課題
野村 研一郎高原 幹片山 昭公長門 利純岸部 幹上田 征吾片田 彰博林 達哉原渕 保明
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2016 年 33 巻 4 号 p. 215-218

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抄録

内視鏡補助下甲状腺手術(Video-assisted neck surgery, VANS法)は,創部が鎖骨下外側の着衣で隠れる位置となるため美容面に優れた術式である。平成28年度より良性病変,バセドウ病に対しての内視鏡下甲状腺手術が保険収載されることとなり今後の普及が期待されている。当科では2009年5月より導入し,独自に開発したリトラクタを使用するなど手術手技の工夫を行ってきた。VANS法の適応,手術結果は外切開手術と同様であることが重要と考えており,良性結節性甲状腺腫では濾胞病変のみならず,大きな腺腫様甲状腺腫にも可能な限り対応するようにしている。また,バセドウ病では内視鏡下甲状腺全摘術を,悪性ではcT1N0を対象とし予防的D1郭清を行っている。当科での治療成績を踏まえて,VANS法での各疾患の適応と課題について検討した。

はじめに

頸部の創部を回避するために,頸部外からアクセス(Remote access)する内視鏡下または内視鏡補助下(以下内視鏡下で統一する)の甲状腺手術は,1997年にHüscherに初めて報告され[],国内でも腋窩[],乳房[],前胸部[]など様々なアクセス部位からの手術方法が開発されている。当科では,2009年から,Shimizuらにより報告[]されたVideo-Assisted Neck Surgery(以下VANS法)を導入し,2016年8月までに230例以上の手術症例を経験した。全症例の患者背景,治療経過を表1にまとめた。VANS法の特徴は,前胸部外側からアクセスし皮弁を吊り上げることで,送気ガスなしでワーキングスペースを作成することが可能であることと,他の頸部外アクセス部位と比較して術野との距離が比較的近いことである。術後の創部は,襟の広い衣服でも隠れるため美容面で優れていることが大きな利点である。また,送気ガスや腹腔鏡下手術用の器具を多く必要としないため,腹腔鏡下手術の経験がない頭頸部外科医にも導入しやすい術式といえる。内視鏡下甲状腺手術は,保険未収載であるため広く普及には至っていなかったが,平成28年度より良性病変,バセドウ病に対する内視鏡下甲状腺手術が保険収載されることとなり,今後の更なる普及が期待される。本稿では,当科で行っているVANS法の工夫と,各疾患での適応と治療成績,今後の課題と展望について述べたい。

表1.

2016年8月までに当科で手術を行ったVANS症例のまとめ

当科でのVANS法セッティングの工夫

VANS法の特徴は,皮弁を吊り上げることでワーキングスペースを作成することであるため,吊り上げ方法に工夫を要する。当科では,独自に皮弁吊り上げ鈎(Mist-Less VANSリトラクタセット,八光)を開発した[,]。簡便に皮弁を吊り上げることが可能なことと,サクション管が付属しているため超音波凝固装置から発生するミストを吸引し良好な視野を保つことが可能である。皮膚切開長は,創部プロテクター(ラッププロテクターTM Sタイプ 3.5cm用,八光)が装着可能な最小長の2.5cmとしている。筋鉤は,ピンバイス式筋鉤[]を用いて固定器具(アイアンアシスタント インストルメントホルダー,GEISTER)で固定することで第2助手を不要としている。また,反回神経刺激モニタリング(NIM, Medtronic社)装置は,内視鏡下甲状腺手術では加算対象外であるが,技術向上,合併症の発生率低下,安全性の担保を目的に全例で使用している。

良性結節性甲状腺腫に対してのVANS法

当科での良性結節性甲状腺腫に対する治療方針はVANS法でも外切開手術と同様に対応するようにしている。つまり術前の細胞診で良性疑いである病変では,3cmを超える濾胞性病変,頸部突出や気管圧迫などを認める病変,3cm以下であるが画像上悪性を否定出来ない病変の際に手術を考慮することとしている。手術方法も外切開手術と同様に全例で反回神経を同定保存しての葉峡部切除としている。結節の大きさに上限は設けてはおらず,縦隔に進展するような大きな腺腫様甲状腺腫でない限り対応可能である。現在までに当科で行った甲状腺結節の最大径は,75mmの腺腫様甲状腺腫の症例である。また逆に,年齢,身長の下限に関しては,吊り上げ用リトラクタが挿入可能な身長が140cm以上と考えており,当科での手術症例の最小年齢は10歳,最低身長は143cmであった[]。

大きな結節の症例で手技的に困難となるのは,片手で翻転させた甲状腺を保持しつつ,反回神経とベリー靭帯の処理を行う場面である。このような際には,対側から腹腔鏡下手術用のワイヤーリトラクター(ミニループリトラクターⅡ,コビディエン)を使用し,助手が甲状腺を保持することが出来るようにしている。また,超音波凝固装置は熱損傷を予防するために反回神経から数ミリ離す必要があるが[10],ベリー靭帯での血管処理で安全な距離が得られない際には,チタン製血管クリップの使用や,コントロールリリース針での結紮を行っている。

2016年8月までに当科でVANSを行った良性結節性甲状腺腫は196例であり,結節最大径の中央値は32mm(10~75mm)であった。手術時間と術中出血量の中央値はそれぞれ123分(65~280分)と21ml(0~598ml)であった。単一術者によるラーニングカーブ安定後の81例での結節最大径と手術時間,結節最大径と出血量(図1)について検討すると,結節最大径が大きくなるほど手術時間,出血量が増加する傾向を認め,結節最大径が60mmを超えると手術時間が2時間半,出血量が100mlを超えることが予想された。合併症は,一過性反回神経麻痺が11例(5.6%),永久的反回神経麻痺1例(0.5%),前頸静脈からの術後出血2例(1%),漿液腫(外来での穿刺で対応)4例(2%),超音波凝固装置先端の気管小穿孔(術中の気管縫合で対応)2例(1%)である。VANS全症例で頸部外切開への移行や追加皮膚切開を要した症例は認めていない。

図1.

単一術者の初回10症例を除いたラーニングカーブ安定後の,良性結節病変に対するVANSの結節最大径と,手術時間(左),出血量(右)の関係を示した。両者とも結節サイズが大きくなると増加する傾向を認めた。

バセドウ病に対してのVANS法での甲状腺全摘術

バセドウ病に対しての甲状腺手術は,従来亜全摘術が広く行われてきたが,術後再発率が低くないことが知られるようになり,欧米と同様に全摘術が標準的な術式になりつつある。当科でも外切開手術,VANS法ともに全摘術としている[]。VANSでの全摘術の適応は,術前CTでの甲状腺容量測定値が60ml以下としている。おそらく現在の術式では,安全に行えるのは甲状腺容量100ml程度が限界と考えている。手術は右前胸部からのアクセスで,内視鏡挿入用トロッカーと筋鉤は両側から使用し(図2),両側反回神経ともに同定保存し全摘術を行っている。VANS法全摘術は,2016年8月までに計15例の症例を行った。全例女性で,年齢中央値は37歳(16~70歳)であり,甲状腺容量,手術時間,出血量の中央値はそれぞれ25ml(10~55ml),184分(118~251分),33ml(9~173ml)であった。合併症は,一過性の片側反回神経麻痺を2例(13%),一過性副甲状腺機能低下症2例(13%)に認めたが,気管切開,外切開への移行,永久的反回神経麻痺,永久的副甲状腺機能低下症の合併症は認めておらず,全例で甲状腺ホルモン剤を内服中である。

図2.

文献より引用。バセドウ病全摘術の際には,右前胸部からのアクセスで,内視鏡挿入用トロッカーと筋鉤は両側から使用している。

甲状腺癌に対するVANS法

甲状腺癌に対する内視鏡下甲状腺手術は,残念ながら現在も保険未収載であるため,当院では先進医療で行っている。当科で行っているVANS法での適応は術前の細胞診で悪性疑いのcT1N0M0としている。内視鏡下での腫瘍が反回神経や気管壁に癒着,微小浸潤時のシェービング操作,または神経切断時の即時神経再建の技術が確立していないため,術前に声帯麻痺を認めない際もCT,超音波検査で腫瘍が神経に接している可能性がないか十分に確認している。胸骨甲状筋は切断するため前頸筋への微小浸潤(Ex1)は問題なく対応可能である。手術は葉峡部切除に加えて予防的なD1郭清(喉頭前,気管前,患側気管傍郭清)を鎖骨の高さまで行っている。

当科でのVANS法での悪性腫瘍手術症例は,2016年8月までに22例存在した。そのうち2例は摘出病理組織診断で悪性所見を認めず20例が乳頭癌であった。手術時間,術中出血量の中央値はそれぞれ,136分(97~172分),15ml(0~113ml)であり郭清を要することより良性結節に対する手術時間より若干の延長を認めた。病理組織診断は,pT1N0:9例(45%),pT1N1a:4例(20%),pT3Ex1N1a:7例(35%)であった。画像上N0でも病理組織学的にN1aである症例が約半数存在したため,外切開手術同様に予防的なD1郭清は必要と考える。術後の合併症は,一過性反回神経麻痺が4例(20%)と高い頻度で認めている。これは主に反回神経周囲郭清の際の超音波凝固装置での熱損傷が原因での増加と考えられるが,永久的麻痺は認めていない。今後は,郭清の際にはバイポーラを使用するなどの熱損傷のリスクを軽減する工夫が必要と考える。

今後の甲状腺癌に対する内視鏡下手術の適応拡大には,D2領域の郭清と周囲組織へ浸潤しているEx2への対応が問題になると思われる。特にサイズの小さな腫瘍でも神経入口部に存在するために反回神経のシェービング操作もしくは切断時の神経即時再建を要する症例を経験することがある。筆者は以前に良性結節に対するVANSで,医原性神経切断の際に内視鏡下神経即時吻合術を行い良好な音声改善を認めた(永久的反回神経麻痺の1例)。これは20cm長の小児心臓手術用の摂子,持針器を前胸部のワーキングポートから挿入し,神経端々吻合を行った(図3)。よって反回神経の即時吻合を要するような症例でもVANS法の適応拡大が可能と考えている。

図3.

内視鏡下での左反回神経端々吻合。顕微鏡下と遜色ない視野であるが,長い鉗子を使用する必要があるため,20cm長の小児心臓手術用の摂子と持針器を用いて,8-0プローリン®で縫合した。

まとめ

VANS法での良性結節性甲状腺腫の手術適応は,単一結節の濾胞病変だけではなく,ワイヤーリトラクター使用などの工夫を行うことで,大きな腺腫様甲状腺腫にも対応することが可能であった。バセドウ病に対しては,外切開手術と同様に全摘術を行い良好な結果を得たが,60ml以上の甲状腺容量への対応は困難となることが予想される。乳頭癌に対するVANS法の適応はcT1N0M0としているが,予防的D1郭清を行うことで半数の症例でpN1aであった。手技的には内視鏡下での神経端々吻合は可能と思われ,今後は神経入口部に腫瘍が存在する症例に対しても適応拡大が可能と思われる。

【文 献】
 

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