日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Print ISSN : 2186-9545
特集2
即時反回神経再建術
笹井 久徳宮内 昭
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2016 年 33 巻 4 号 p. 244-248

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抄録

甲状腺癌の手術において癌の浸潤のために反回神経を犠牲にせざるをえない症例に遭遇することは避けることができない。また意図せずに反回神経が切断されてしまうことも少なからず起こりえることであるが,その結果もたらされる声帯麻痺による嗄声は患者のQOLを大きく損なう。しかしながら反回神経を再建することにより声帯の動きは回復しないものの,音声はほぼ正常にまで改善する。神経再建することで声帯の萎縮を防ぎ,声帯の緊張を保つことが可能となるからである。再建方法には主に反回神経端々吻合,遊離神経移植,頸神経ワナ-反回神経吻合術があり,各々の状況により選択されるがどの術式を選択しても神経再建した群の音声は再建しなかった群と比較すると有意に改善されることが分かった。

はじめに

甲状腺手術における反回神経麻痺はもっとも知られた危惧すべき合併症であり,嗄声や誤嚥をきたし,発声持続時間は短縮し,患者の日常会話におけるQOLは著しく害される。誤嚥は,とくに高齢者においては誤嚥性肺炎による生命の危険ともなる。癌の浸潤のため既に術前より声帯麻痺をきたしている場合は反回神経を剝離温存することはほとんどできない。術前に声帯麻痺がなくても術中に反回神経が甲状腺癌に取り込まれている場合には,拡大鏡下に鋭的剝離にて反回神経の温存に努める。その結果,温存できた反回神経が細くなってしまう場合(partial layer resection of the recurrent laryngeal nerve,反回神経部分層切除)もあるが,意外にも83%の症例で声帯の動きが回復した[]。しかし,このように努力しても癌浸潤のため反回神経を犠牲にせざるをえないケースも少なくない。また,意図せず反回神経が切断されてしまうこともある。このような場合に,次に示す種々の手技で反回神経を再建すると,声帯の動きは回復しないが音声はほぼ正常近くまで回復する。良好な発声のためには,発声時に両側の声帯の位置が正中にあり,声帯の緊張が保たれ,かつ声帯の萎縮がないことが重要である。切離された反回神経を端々吻合すると内転神経と外転神経の間に神経過誤再生が避けがたく,吸気時にも発声時にも内転筋と外転筋が収縮する。声帯では外転筋より内転筋の方が強いので,声帯は吸気時にも発声時にも内転状態となり,その動きは回復しない。しかし,声帯の萎縮は回復し,発声時の声帯の緊張も回復するので音声が回復する[]。また,誤嚥も軽減する。頸神経ワナ・反回神経吻合でも同様に両筋の同時収縮が起こるので結果は反回神経端々吻合とほぼ同様である[]。甲状腺の外科では反回神経切除に遭遇することは避けがたい。このような場合には,その手術において即時的に神経再建を行うことがもっとも容易であるので,神経再建に努めるべきである。

反回神経再建術式

再建方法には反回神経端々吻合(図1),遊離神経移植(図2),頸神経ワナ・反回神経吻合(図3),迷走神経・反回神経吻合があり,各々症例の状況により適宜選択される。反回神経端々吻合は,神経の切除範囲が極めて短い場合や誤切離にしか行えない。神経欠損範囲が長い場合には遊離神経移植を行う。移植する神経は鎖骨上神経などの知覚神経でも頸神経ワナの一部でも良い。この手技は吻合部が2箇所となること,神経欠損が縦隔におよぶと縦隔側での吻合が困難となる。現在当院においては甲状腺癌浸潤に伴う反回神経合併切除を要する際には頸神経ワナ・反回神経吻合術を行うことが多い。頸神経ワナは第1~2頸神経由来の上根と第2~3頸神経由来の下根からなり,上根は総頸動脈前面を,下根は内頸静脈外側を下行したあと同静脈前面で合流しワナを形成し,胸骨舌骨筋・胸骨甲状筋・肩甲舌骨筋などへ数本の支配神経枝を出す。当院では手術の際,胸骨甲状筋の外縁にて甲状腺を露出する前の段階であらかじめ,これらの筋肉に分岐する神経を確認のうえ温存している(図4)。胸骨舌骨筋枝,胸骨甲状筋枝と胸骨舌骨筋枝の共通枝を用いることが多い。この頸神経ワナ・反回神経再建は遊離移植と比較し吻合箇所が1つ少なくすみ,喉頭近くの容易な部位で吻合を行える[,]。なお,吻合部に緊張がかかる場合には下根を切離して神経吻合時の移動距離を稼ぐことも可能である。さらに,頸神経ワナ・反回神経吻合は縦隔での反回神経切除や頸部迷走神経切除例においても応用できる[]。また高度のリンパ節転移などのため同側の頸神経ワナが利用できない場合には対側の頸神経ワナとの吻合も可能である[]。

図 1 .

反回神経端々吻合

CC:輪状軟骨,Tr:気管

図 2 .

遊離神経移植

CC:輪状軟骨,Tr:気管,CCA:総頸動脈

矢印:神経吻合部

図 3 .

頸神経ワナ・反回神経吻合

CC:輪状軟骨,Tr:気管,CCA:総頸動脈,IJV:内頸静脈

矢印:神経吻合部

図 4 .

頸神経ワナの確保・同定

SH:胸骨舌骨筋,ST:胸骨甲状筋,IJV:内頸静脈

矢印:頸神経ワナ

甲状腺癌はしばしば反回神経が喉頭に侵入するBerry靭帯付近でこれに浸潤する。このようなケースでは反回神経の剝離温存は難しく,またやむなく切除した場合には末梢側の反回神経の同定・確保は困難である。そこで,腫瘍の切除に先立ち,甲状軟骨翼後縁で下咽頭収縮筋を切開し甲状軟骨翼をやや翻転して末梢側の反回神経を同定すると(Laryngeal approach)反回神経の剝離温存が容易となる[]。やむなく切除せざるをえなかった場合には,すでに末梢側神経を確保しているので,喉頭内(甲状軟骨背面)において頸神経ワナとの吻合などの再建が可能となる(図5)[]。なお,迷走神経・反回神経吻合は,癌浸潤のため同側の両神経が切除された症例に両方の神経断端を吻合したところ音声が回復したものである。また,右側の迷走神経の内側部分に反回神経になる成分が走っているとの報告に基づき,迷走神経を縦に割いて内側部分を横切し,反回神経と吻合した試みも含まれているが,いずれも特殊な場合であって,標準的には推奨できない。

図 5 .

TC:甲状軟骨,Ansa:頸神経ワナ

反回神経再建の手技

必要な器具はマイクロサージャリー用の器具(鑷子,持針器,はさみ)および手術用の顕微鏡またはルーペ。われわれは拡大率2.5倍のルーペを使用し,通常8-0モノフィラメント糸で吻合する。椅子に座って手が震えないように肘を手術台などにおいて安定させると操作が容易になる。目が良い術者なら裸眼でも可能ではあるが,適切な拡大鏡下にて,より正確な神経吻合を目指すべきである。

吻合の手技

ビニールシート(手術用手袋を切って使用も可能)を敷き,吻合する各々の神経の断端を拡大鏡のもとでまず整容したあと鋭利なハサミで切り,新たな切断面を作る。まず10時と2時の位置に神経外膜縫合を行い,神経を回転させて6時の位置にさらに追加の縫合を行う。ただ神経外膜を縫合すると書いたが実際には神経を突き刺してもあまり差し支えはない。吻合操作の間は少量の生理食塩水を適宜滴下し手技の妨げとなるフィブリンの析出や凝血を避ける。しかしながらBerry靭帯より頭側で反回神経の枝と吻合する場合には末梢側の反回神経がかなり細くなるので2針しか吻合できないことが多い。拡大鏡を使用した方が明らかにうまく吻合できるが肉眼で行っても意外なことに音声の回復には大きな差は生じない[,]。恐らく,声帯筋へ正常状態の何割か神経が再生すれば,音声が回復するのであろう。もちろん,当然ながら,拡大鏡下にできるだけ正確な神経吻合を行うように努めるべきである。いい加減な手術手技を容認するものではない。

当院における反回神経再建症例

当院において1998年1月から2014年11月までに反回神経再建が行われた症例は449例であった。これらの大部分は甲状腺手術時に即時再建されたものである。女性は354例,男性は95例で年齢は9歳から86歳(平均年齢は59.2歳)であった。術式の内訳は反回神経端々吻合が59例,遊離神経移植は35例であり,頸神経ワナ・反回神経吻合が345例でもっとも多く,迷走神経・反回神経吻合は10例であった(表1)[]。

表 1 .

当院における反回神経再建症例の術式の内訳

再建術式(反回神経即時再建症例;449例)

発声機能の評価方法

反回神経再建術後は,定期的に最長発声持続時間(Maximum phonation time:MPT(秒))を測定している。術後3~4カ月でちょうど音声の回復に一致して発声持続時間が延長する。われわれは術後1年でのMPTにて発声機能を評価している。発声機能検査装置Phonation analyzer PA-1000(ミナト医科学株式会社,大阪市)で発声時の呼気流量率を測定することも行っているが,当院のデータではMPTの方が評価しやすいとの結果であった[]。

MPTが計測されていた症例(再建なし40例,即時再建あり286例)を対象とした。

正常群として2014年~2015年に当院で手術を受けた声帯麻痺のない患者の術前MPTを用いた。

反回神経再建後のMPT

われわれは,以前に術後1年におけるMPTは反回神経切除再建群では非再建群より有意に長く,ほぼ正常群のMPTに回復したと報告した[]。これは一人の術者による再建症例の検討であった。最近,当院の全医師による449例の再建例の検討を行った。術後1年のMPTが記録されていた286例の再建症例の検討では,もちろん再建群のMPTは非再建群より有意に長かった。ただし,多数例で検討すると再建群のMPTは正常群に近似した値であったが両群に有意差を認めた(図6)[]。男女ともに即時再建症例は再建なし例よりも術後1年目のMPTが有意に長かった(図7)[,]。また術後1年目のMPTに年齢,性別,術前声帯麻痺の有無,拡大鏡の使用の有無,縫合糸の太さ,再建術式の違いによる有意差はなく(図8)[,],末梢側神経の吻合部位(喉頭内/喉頭外)(図9)[],さらには術者の経験度にも有意差を認めなかった[]。これらのデータは,術前声帯麻痺の有無,年齢,性別にかかわらず,いかなる再建術式にていかなる手術手技を用いてであっても,とにかく再建すれば音声の回復の可能性があることを示している。もちろん,適切な拡大鏡下にきちんとした吻合を行うべきであることは言うまでもないが,最善の状況でなくてもとにかく再建すべきであることを示している。

図 6 .

術後1年のMPT(全症例)

図 7 .

術後1年のMPT(女性),術後1年のMPT(男性)

図 8 .

再建術式別の術後1年MPT

DA:反回神経端々吻合,ARA:頸神経ワナ-反回神経吻合,FNG:遊離神経移植,VRA:迷走神経-反回神経吻合

図 9 .

神経吻合部位別の術後1年MPT

Outside:神経吻合部位が甲状軟骨より外側

Inside :神経吻合部位が甲状軟骨の背面(内側)

おわりに

甲状腺手術,とりわけ甲状腺癌の手術を扱う甲状腺外科医・内分泌外科医・頭頸部外科医・耳鼻科医にとって反回神経に浸潤した腫瘍に遭遇し,やむなく反回神経の切除を余儀なくされる機会は必ず存在する。耳鼻科医,頭頸部外科医には声帯麻痺に対して後日,甲状軟骨形成術や披裂軟骨内転術,声帯内注入術などで対応できるという強みがあり,これで良いと思う向きもあるかも知れない。しかし,これらの物理的な声帯間隙調整手術の効果はしばしば時間経過と共に薄れ,また著者らはこれらの方法よりも神経再建術後の音声の方が自然な声となり良いのではないかとの印象を持っている。さらに,神経再建に伴う音声の改善は長時間の経過を経ても劣化しないようであり,生涯持続するかと思われる。即時反回神経再建が患者のQOL向上に多大な恩恵をもたらすことは紛れもない事実である。即時再建術後の音声改善には術者の経験数や技量による有意差はなかったので,例え初心者であっても即時神経再建を行うことで十分な効果を得ることができるため,甲状腺手術に携わるすべての外科医にとって必須の手技であると思われる。

【文 献】
 

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