日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
原著
当科における局所の顕微鏡的残存を伴った甲状腺乳頭癌症例の検討
齋藤 亙田中 克浩小倉 一恵岸野 瑛美菅原 汐織山本 正利小池 良和太田 裕介山下 哲正野村 長久山本 裕紅林 淳一
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 33 巻 4 号 p. 254-258

詳細
抄録

甲状腺分化癌は予後良好な癌であるが,被膜外へ浸潤するような局所進行例も存在する。今回われわれは,当科で初回治療した甲状腺乳頭癌(低分化癌を含める)で,局所に顕微鏡的残存腫瘍があると考えられる症例を検討した。

2000年1月~2008年12月までに当科で初回治療した甲状腺分化癌250症例のうち,遠隔転移がなく局所に顕微鏡的残存腫瘍が疑われる15症例を検討した。

年齢の中央値は66歳(32~82歳),男性6例,女性9例であり,観察期間の中央値は100カ月であった。また15例中4例が低分化癌であった。被膜外浸潤部位としては反回神経が11例,気管が10例,食道が5例(重複あり)であった。術式は全例に甲状腺全摘+頸部リンパ節郭清を施行し,反回神経浸潤に対してはshavingが7例,神経切除+再建術が4例,気管浸潤に対してはshavingが8例,環状切除が2例であった。また,食道浸潤5例に対しては全例食道筋層切除を施行した。術後の再発は2例(13.3%)認めたが,いずれも頸部リンパ節再発であり,顕微鏡的残存部位からの再発は認めていない。死亡例も2例認めるが,いずれも他病死であった。

甲状腺乳頭癌では,手術による肉眼的残存をなくすことにより顕微鏡的残存部位への再発は認めておらず,その後の長期の生存が見込まれる。また,shavingはQOLを損なわずに治療できる有効な方法であると考えられる。

はじめに

甲状腺乳頭癌は10年生存率が90%以上と予後良好な癌である[]が,一方で初診時より甲状腺被膜外浸潤を認める進行症例も存在する。甲状腺周囲には重要な臓器が多く接しており,技術的に不可能である場合や術後QOLを考慮した場合には浸潤部位をすべて合併切除できない症例も稀ではない。さらに非根治術後に放射線治療(外照射または内用療法)を追加することに確固たる証拠がないのが実情である。しかし,非根治術に終わった甲状腺乳頭癌のすべてが局所再進行による再発をきたさないことを以前われわれは報告しており[],すべての症例で合併切除をすべきかどうかはさらに困難である。今回われわれは,当科で初回治療した甲状腺分化癌(低分化癌を含める)で,局所に顕微鏡的残存腫瘍が疑われる症例の臨床的特徴と転帰を検討したので報告する。

対象と方法

2000年1月から2008年12月までに当科で初回治療した甲状腺乳頭癌(低分化癌も含める)250症例のうち,遠隔転移がなく実質臓器に被膜外浸潤(Ex2)を伴った症例は37例であった。そのうち局所に顕微鏡的残存が疑われる15症例を,年齢・性別・組織型・術式・術後治療内容・再発の有無・無病期間・生存期間について検討した。なお,顕微鏡的残存とは,術中に周囲臓器への浸潤を認めたがshavingなどを施行し肉眼的残存を認めない,もしくは肉眼的残存を認めないが最終病理診断で断端陽性もしくは陽性の疑いがあるものと定義した。術後治療としては全例にTSH抑制療法を行っており,外照射については顕微鏡的残存症例については主治医と患者,家族が相談して決定している。なお,2015 ATA Thyroid nodule guidelineの出版以降は,顕微鏡的残存も肉眼的残存に対しても内用療法を第一とした術後治療をしている。

結 果

年齢の中央値は66歳(32~82歳),男性6例,女性9例であった。15例中4例が低分化癌であり,11例は乳頭癌であった。被膜外浸潤部位として反回神経11例,気管10例,食道5例(重複あり)であった。腫瘍径の中央値は3cm(1.1~4.0cm)で,術後リンパ節転移はpN0が1例,pN1aが8例,pN1bが6例であった。術後治療は全例にTSH抑制療法が施行されており,その他に外照射が7例,内用療法が1例であった(表1)。

表1.

患者背景,病理,術後経過,予後

気管浸潤例10例に対して気管shavingが8例,気管環状切除が2例だった。気管shavingの8例に対して2例で外照射を追加し,そのうち1例で頸部リンパ節再発を認めた。気管環状切除の2例に対しては外照射を追加しており,局所再発は認めていない(表2)。なお,輪状軟骨付近まで腫瘍が進展しぎりぎりで切除しているため,顕微鏡的残存が疑われる部位は輪状軟骨周囲が多かった(図1)。

表2.

気管浸潤を伴った症例

図1.

輪状軟骨周囲までの浸潤症例

反回神経浸潤11例では,喉頭鏡による診断で術前反回神経麻痺を認めたものは7例,認めなかったものは4例であった。術前反回神経麻痺を認めなかった4例では反回神経shavingを施行し,術後の嗄声は認めていない。術前より反回神経麻痺を認めた7例では,反回神経shavingが3例,反回神経切除+神経再建が4例であった。反回神経切除+神経再建術した4例中1例のみ術後の嗄声が改善していた(表3)。

表3.

反回神経浸潤を伴った症例

無病生存期間の中央値は87カ月,全生存期間の中央値は100カ月であり,死亡症例は2例認めたがいずれも他病死であった。また,再発は2例(13.3%)であるがいずれも頸部リンパ節再発であり,顕微鏡的残存部位からの再発は認めていなかった(表1)。

考 察

甲状腺乳頭癌は女性に多く,50歳代がピークである[]。今回の検討では年齢の中央値が66歳であったが,これは被膜外浸潤を認めるような進行症例であったためと考える。

気管浸潤10例に対してはshavingと環状切除を施行しており,環状切除した2例では顕微鏡的残存部位に外照射を追加しているが,気管浸潤10例とも再発は認めていなかった。McCartyら[]によれば,喉頭気管浸潤40例に対して35例はshaving後に外照射,5例は環状切除もしくは喉頭全摘を施行している。35例中6例(17.1%)で再発をしているが,その後の治療により全例生存しており,予後良好と報告されている。また,Gaissertら[]によれば甲状腺癌の気管浸潤82症例に気管環状切除を施行している。そのうち33例(40%)は以前に気管shavingを受けている症例であり,外照射を追加しなければ40%再発するという報告もある。軽度の浸潤であればshavingのみでも予後良好であり,当科での気管shaving後の顕微鏡的残存を伴った8例で再発は認めていない。しかし以前の当科の報告では,肉眼的残存腫瘍の約25%は再増大している[]。また,外照射を追加しなければ40%再発する報告[]もあり,気管shaving後には外照射や内用療法などの補助療法も考慮する必要がある。今回の気管浸潤症例での顕微鏡的残存部位は輪状軟骨周囲に多かった。輪状軟骨には声帯が付着しているため外側部位は切除可能であるが,内側部位にかかると手技的に困難である。合併切除後の縫合部位が甲状軟骨となることから縫合部位の口側と肛門側の周径の差が大きくなったり,加齢による骨化により一次縫合が不可能な場合もあり,この部位の切除はより慎重に考慮している[]。

また,気管合併切除可能例に対して切除例と非切除例を比較したデータはないが,Ishiharaら[]によれば切除例の10年生存率が78.1%であるのに対して非切除例は24.3%と明らかに切除可能例が優れている。当科の以前の報告でも,完全切除と非根治手術例の比較では完全切除群の15年生存率は有意に良好であった[]。甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年度版[]によれば,気管以外に食道などの他臓器浸潤や切除により再建が困難となる症例,縦隔内などの位置的に切除が困難な症例では,術後のQOLや予測される予後などを総合的に考慮する必要があるが,合併症がなく気管合併切除が可能な症例は手術を推奨している。

山崎ら[]は,反回神経浸潤27例を反回神経切除・非再建例(13例),反回神経切除・再建例(9例),剝離・温存例(5例)に分けて検討し,剝離・温存例では局所再発と術後の発声障害を認めていない。本検討でも,反回神経浸潤11例中,術前に声帯の可動性が良好であったが術中に反回神経浸潤を認めた4例は反回神経shavingを施行し,術後の嗄声は4例とも認めなかった。また,1例で頸部リンパ節再発を認めているが,反回神経からの再発はなく,生存している。甲状腺診療ガイドライン[]によれば,術前反回神経麻痺を認めない症例において,議論の余地はあるが術後の声帯の動きを維持しQOLを低下させないため反回神経を温存することが多いとし,推奨グレードC2としている。術前に反回神経浸潤の疑いがなく,術中に反回神経浸潤を認め反回神経shavingが可能であれば,術後のQOLが保たれ長期の生命予後を見込めるため,反回神経shavingは有効である可能性がある。また,反回神経shavingのみの症例に外照射を追加すべきかは不明であるが,顕微鏡的残存腫瘍に追加外照射を行うことによってcause-specific survivalと局所非再発率が改善されたとの報告[]もある。

術前より反回神経麻痺があった7例のうち4例は反回神経切除し,頸神経ワナでの神経再建を施行している。Miyauchiら[10]は神経再建により声帯の動きは改善しないが,健側声帯の代償が起こりやすくなり発声の機能が改善するとしている。今回の検討でも,反回神経再建した4例中1例で術後の嗄声は改善されていた。また,術前に反回神経麻痺があった7例のうち3例は反回神経shavingをしている。当科の方針として,術前より反回神経麻痺を認める場合は反回神経切除+神経再建を基本としている。しかし,症例⑥では反回神経入口部で浸潤があり,術前より患者が気管・神経切除を望まなかったため,shavingの方針とした。症例⑦は術前の声帯は可動性不良ではあったが,完全に声帯固定ではなかった。そして術中にも反回神経を全周性に浸潤しておらず,shavingで反回神経が残った症例である。症例③では,術中所見で腫瘍と神経が接してはいたが肉眼的に完全に浸潤はしていなかったためshavingを施行している。なお,この3例からも再発は認めていない。

おわりに

甲状腺分化癌において手術による肉眼的残存がないということは,顕微鏡的残存部位からの再発がなく,その後長期の生存が見込まれる。また,術中に初めて反回神経浸潤が分かった場合の反回神経shavingは,術後の嗄声を認めておらずQOLを保つ有効な手段である。

本論文の要旨は第46回日本甲状腺外科学会学術集会(2013年9月,愛知県)において発表した。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top