Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Molecular target drug for medullary thyroid cancer
Shiho KawagoeKeita Uchino
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2017 Volume 34 Issue 1 Pages 45-50

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抄録

甲状腺髄様癌は,本邦では甲状腺に発生する癌の約1~2%と稀な癌である。散発性と遺伝性があるが,髄様癌のほとんどでRET遺伝子の変異が認められる。放射線治療や化学療法の治療効果は一般的に乏しく治療は手術が中心であるが,転移・再発症例に対しては有効な全身治療はなかった。近年,主にRET遺伝子変異と血管新生を標的とした分子標的薬の開発が進んできており,本邦でもVandetanib,Lenvatinib,Sorafenibが承認され,他の薬剤も開発途中である。Vandetanibは髄様癌に対する海外第Ⅲ相試験,国内第Ⅱ相試験から有効な薬剤として第1選択となり,髄様癌患者への福音となっているが,特有の副作用も発現する延命目的の治療となることからも適応,投与開始時期,副作用の管理には慎重を要し,多診療科間,他職種間のチーム医療や診療連携を意識した診療が重要となる。

はじめに

甲状腺髄様癌は甲状腺癌の中でも1~2%と非常に稀な組織型であるが,予後は一般的に良好であるとされる[,]。しかし,リンパ節転移や被膜外浸潤,遠隔転移がある場合や手術で全摘出が不可能な症例では予後不良で[],有望な治療が少ない状況であった。近年,甲状腺癌の分子生物学的研究の進歩に基づき,分子標的薬による化学療法という選択肢が加わることになった[]。

髄様癌は散発性と遺伝性(3亜型)で分類されるが,ともにRET(rearranged during transfection)遺伝子変異が,散発性で体細胞系変異が65%[],遺伝性で生殖細胞系変異が95%以上に認められる[12]。

RETはチロンシンキナーゼ受容体であり,細胞表面に存在し腫瘍増殖に重要な働きをしている。同様に血管内皮増殖因子受容体(VEGFR)や上皮増殖因子受容体(EGFR)の回路も甲状腺髄様癌の増殖と関連していると報告されており[1113],これらの知見よりRET受容体やVEGFR,EGFRを阻害するチロシンキナーゼ阻害薬が,進行甲状腺髄様癌に対し欧米において一次治療として推奨されるようになった[14](表1)。

表 1 .

分子標的薬とその標的分子

今回,海外で行われた臨床試験において有効性,安全性が検証され,国内でも承認された薬剤を中心に,分子標的薬の臨床成績と有害事象,今後の課題について述べたい。

分子標的薬

1.Vandetanib

Vandetanibは,RET,VEGFR2-3,EGFRを標的としたマルチチロシンキナーゼ受容体阻害薬であり,甲状腺髄様癌に対する初めての分子標的薬として,欧米についで国内でも2015年に承認された経口の薬剤である。

欧米や本邦で行われた第Ⅰ相試験において,vandetanibの推奨用量は300mg/日であり[15],第Ⅱ-Ⅲ相試験において同量で抗腫瘍効果を得られている[1619]。

局所進行性あるいは転移性の甲状腺髄様癌患者が2:1の比率でvandetanib 300mg/日もしくはplaceboに割り付けられる多施設共同無作為化二重盲検試験(ZETA trial)が行われた。この試験において,vandetanib群はplacebo群と比較し有意に主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)を延長させた(PFS中央値;vandetanib群 30.5カ月 vs. placebo群19.3カ月,ハザード比 0.46,95%信頼区間 0.31~0.69,p値<0.001)。さらに,vandetanibは奏効率45%(placebo群 13%),病勢制御率 87%(placebo群 71%),カルシトニン奏効率69%(placebo群 3%),CEA奏効率 52%(placebo群 2%)と統計学的にも明らかに良好な結果であった。Crossoverも容認された試験デザインであり,全生存期間の改善は認められなかった。vandetanib治療群28人の遺伝性髄様癌患者13人で46.4%の奏効がを認めた。興味深いことに,散発性に分類された髄様癌のうち,RET遺伝子上のM918T変異がある患者において奏効率が高いことが指摘されている(vandetanib群 54.5% vs. placebo群 30.9%)。Grade3以上の有害事象としては下痢,高血圧,QTc延長,疲労などが報告されており,減量が必要であったのはvandetanib群で35%,毒性により治療を中止したのは12%であった[2021]。国内で行われた,14例を対象とした第1/2相試験において,300mg/日の投与により治療効果や有害事象は海外の臨床試験とほぼ同等であり,薬剤の代謝においても日本人と欧米人で差はなかったことが示された[22]。

2.Lenvatinib

LenvatinibはVEGFR-1,2,3,FGFR-1,2,3,4,RET,KIT,血小板由来成長因子受容体(PDGFR)αを阻害するマルチチロンシンキナーゼ受容体阻害薬である。VEGFR阻害活性が高く,FGFRを阻害することから,他のVEGFR阻害剤耐性例への治療効果も期待された薬剤である[23]。

放射性ヨード治療抵抗性分化型甲状腺癌患者を対象に行われた多施設共同無作為化二重盲検試験(SELECT trial)が行われ,主要評価項目PFS中央値を有意に延長することが示された(lenvatinib群 18.3カ月,placebo群 3.6カ月,ハザード比 0.21,95%信頼区間 0.14~0.31,p値<0.0001)。主な有害事象は高血圧,下痢,疲労,食欲不振,体重減少,嘔気嘔吐,口内炎,手足症候群,蛋白尿であった[23]。2015年に米国で放射性ヨード治療抵抗性の分化型甲状腺癌に対し承認され,同年3月に本邦でも承認された。甲状腺髄様癌を対象とした臨床試験は少ないが,欧米での第Ⅱ相試験では36%で部分奏効(PR)を認め,29%で24週以上にわたって病変の維持(SD)が可能であった[24]。国内においては,分化癌25例,髄様癌9例,未分化癌17例に対する第Ⅱ相試験が行われ,奏効率は髄様癌において22%であった[25]。主な有害事象は高血圧,食欲不振,手足症候群,疲労,蛋白尿であり,多くの患者で休薬や減量が必要であったが,毒性による中止は認めなかった。

3.Sorafenib

SorafenibはEGFR2,3,PDGFRβ,FLT3,KIT,BRAF,RAF1,RETを抑制するマルチチロシンキナーゼ受容体阻害薬である。腎細胞癌,肝細胞癌に承認され,甲状腺分化癌に対しては欧米に次いで2014年3月に本邦で承認された。

放射性ヨード治療抵抗性の甲状腺分化癌患者に対する第Ⅲ相試験(DECISION trial)が行われ,無増悪生存期間(PFS)中央値を有意に延長した(sorafenib 10.8カ月,placebo 5.8カ月,ハザード比 0.59,95%信頼区間 0.45~0.76,p値<0.0001)[26]。主な有害事象は手足症候群,下痢,脱毛,皮疹,疲労,体重減少,高血圧であり,Grade3以上の有害事象としては手足症候群,下痢,皮疹,疲労,高血圧が報告されている。有害事象による減量は64.3%に認められ,18.8%で治療の中止が必要であった。中止の理由としては手足症候群が最多であった。

甲状腺髄様癌に対するsorafenibの治療効果のデータは少なく,Lamらが行った16例の第Ⅱ相試験において奏効率6%,SD 87.5%,PFS 17.9カ月と報告されている[27]。

現在本邦では,1~3の分子標的薬剤が承認され使用可能となっている。Head-to-headの臨床試験がなく直接比較は困難で使い分けについては明確な根拠がないのが現状であるが,エビデンスレベルやコンセンサスからもvandetanibが第一選択となる。しかし,vandetanibに不耐の患者や適応に関し注意を要する併存疾患や相互作用のある薬剤の内服を受けている患者では,副作用のプロファイルも参考にlenvatinibやsorafenibを検討することも考えられる(表2)[17202224252728]。現時点では,逐次治療,併用療法については明確な根拠がなく推奨されない。

表 2 .

vandetanib,lenvatinib,sorafenibの有害事象

臨床試験における頻度の高い有害事象のみ記載。

4.その他の分子標的薬

CabozantinibはVEGFR2,MET,KIT,RET,AXL,FLT3などを抑制するマルチキナーゼ阻害薬で,米国において甲状腺髄様癌に対し承認されている薬剤である(本邦では未承認)。

進行性甲状腺髄様癌患者を対象にした第Ⅲ相試験(EXAM trial)では,2:1の比率でcabozantinib 140mg/日またはplaceboに割り付けられた。PFS中央値はcabozantinib群 11.2カ月,placebo群 4.0カ月とcabozantinib投与群において有意に延長された(ハザード比 0.28,5% 信頼区間 0.19~0.4,p値<0.001)。登録された330例のうち,48%にRET遺伝子変異を認めていたが,PFSに遺伝子変異の有無は関連していなかった。奏効率は28%であり,生存期間に有意差は認められなかった[29]。奏効率や生存期間でもRET遺伝子変異の有無に有意差はなかったが,RET遺伝子変異において最も予後の悪いM918T変異症例では生存期間の改善を認めた(M918T変異群15カ月,他のRET変異群 9カ月,ハザード比 0.53,p=0.0179)[2930]。有害事象としては高血圧,下痢,疲労,手足症候群などが認められ,Grade3以上の有害事象は下痢,手足症候群,疲労などが報告されている[29]。NCCNガイドライン(2016,Version1)ではvandetanibとともにcategory 1の推奨となっている[14]。

分化型甲状腺癌で治療効果が認められている他の多数のチロシンキナーゼ阻害薬で,甲状腺髄様癌への治療効果が研究されている(表3)[182027293138]。Axitinibは分化型甲状腺癌もしくは髄様癌患者を対象とした第Ⅱ相多施設共同研究において,甲状腺髄様癌のPRが18%であった[31]。Motesanibは91人の甲状腺髄様癌患者のうち,81%でSD,PFS中央値は48週であったと報告されている[32]。Sunitinibにおいても,甲状腺髄様癌患者を対象とした第Ⅱ相試験において83%でSDであったという報告などがあり[3335],現在多数の臨床試験が進行中である。また,RET遺伝子についても研究途上であり,今後さらなる治療の開発が期待できる。

表 3 .

甲状腺髄様癌を対象としたマルチキナーゼ阻害薬の臨床試験

おわりに

進行再発甲状腺髄様癌に対しては,本邦ではvandetanib,lenvatinib,sorafenibの3剤が承認されている。上記に述べた通り,甲状腺髄様癌に対する第Ⅲ相試験,日本人での安全性・有効性の検証からvandetanibが第一に選択される薬剤と考える[19]。有害事象の管理を緻密に行うことによって「いのちの質」を保ちながら有効性を維持し治療を継続することが重要であり,多診療科や他職種をまじえたチーム医療がそれを支える基盤となる。また,現在関連5学会においても「甲状腺癌診療連携プログラム」を構築し,学会間の連携をもとに診療連携・教育を向上させる事業を行っている。最後に,甲状腺癌髄様癌は進行性であっても進行が緩徐な症例も多く,分子標的薬治療が進行を抑制することを目的とした治療であること,投与による様々な有害事象が出現する可能性などを考慮した上で,投与のタイミングや適応症例の選択は慎重に判断するべきであり,連携の重要性はここでも求められるものと考える。

【文 献】
 

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