Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Window resection and staged reconstructive surgery for intraluminal cricotracheal invasion by papillary thyroid carcinoma
Sueyoshi Moritani
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2017 Volume 34 Issue 2 Pages 108-112

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抄録

甲状腺分化癌の隣接臓器浸潤は,予後ばかりでなく術後のQOLに影響を与える。気管内腔浸潤の切除および2期的再建について,自験例の成績を中心に検討を行った。気管浸潤140名(表層浸潤:64名,内腔浸潤:76名)を対象とした。10年疾患特異的生存率は,表層浸潤例で91.2%,内腔浸潤例で60.8%と,内腔浸潤例で不良であった。死因の多くは遠隔転移であり,気管や喉頭での再発は低率であった。また気管切除に関連した重篤な合併症はなかった。気管切開孔の閉鎖は,内腔浸潤の30名(39%)で可能であった。閉鎖できなかった46名のうち,12名は気管切除が広範囲となり,管腔の保持の困難な症例であった。他の要因として,他の臓器浸潤の合併,特に反回神経浸潤の合併が影響した。内腔浸潤に対する2期的再建は,局所再発や合併症が少なく,他の臓器浸潤を合併しても気管切開孔の閉鎖が可能なものあり有効な術式といえる。しかし,管腔の保持のできない欠損の再建は困難である。

はじめに

甲状腺分化癌は予後の良好な癌である。しかし,初回治療後のリンパ節再発や遠隔再発は10%程度に認め,局所制御不能(気道出血や窒息など)が死因に占める割合も多いと報告されている[,]。予後に関する因子は複数報告されており,その一つである被膜外浸潤は,呼吸や構音,摂食・嚥下など術後のQOLにも大きな影響を与える。

甲状腺癌の治療に関するガイドラインは複数発表されているが,甲状腺分化癌の隣接臓器浸潤に関する具体的な指針は示されていない。隣接臓器浸潤の中でも,特に気道や食道の内腔浸潤を認めるものの予後は不良である。これらは表層浸潤例と比べ,局所および遠隔再発までの期間も短いと報告され,生物学的特性の変化も示唆されている[]。また臓器の合併切除が必要となるため,どのように再建を行い術後のQOLを保つかも大きな問題である。本稿では気管浸潤の治療成績,特に気管内腔浸潤に対する窓状切除と2期的再建について,自験例の成績を検討し,その利点と欠点につき考察する。

対象と方法

当科で治療を行った気管浸潤140名を対象とした。内訳は,表層浸潤が64名(初期治療例:55名),内腔浸潤が76名(初期治療例:42名)であった。術後の平均観察期間は7.4年間であった(表1)。

表 1 .

気管浸潤140名の詳細

気管浸潤の診断は,術前画像および術中所見にて行った。術前診断として超音波検査を全例に施行し,気管浸潤が疑われる場合は造影CT検査やMRI検査,および気管内視鏡検査を行った。

浸潤部の切除は,表層浸潤に対してシェービングを,内腔浸潤に対して窓状切除を行った。欠損部に気管切開孔を作成し,閉鎖可能なものは2期的に閉鎖術を行った。また迅速病理診断にて切除断端の陰性を確認した。

気管切開孔の閉鎖は,小さな孔は局所皮弁で,局所皮弁で閉鎖できない大きな孔(内腔が保持されているもの)に対しては,DP皮弁もしくは大胸筋皮弁を用いた。また気管内腔の保持できない大きな孔に対しては,鼻中隔軟骨とDP皮弁を用いた硬性再建を行った。

硬性再建は段階的手術である。第1段階として,DP皮弁の遠位端に鼻中隔軟骨の埋め込み。第2段階(約4週間後)では,軟骨付きDP皮弁で気管欠損部を形成。その際に小さな気管切開孔を残すことが多い。第3段階(約4週間後)では,移動したDP皮弁の余剰部分を切除し胸部に戻す。小さく残した気管切開孔は,第3段階もしくはその後に閉鎖した(図1, 2)。

図 1 .

鼻中隔軟骨とDP皮弁による気管硬性再建

a:気管合併切除(輪状軟骨から気管7輪の軟骨部切除)例に対する再建,DP皮弁の遠位端に鼻中隔軟骨を埋め込み,b:軟骨付きDP皮弁による気管再建,c:余剰部位(DP皮弁)の切断

*:鼻中隔軟骨

図 2 .

術前後のCT

結 果

初期治療97名(表層浸潤55名,内腔浸潤42名)の10年疾患特異的生存率は,表層浸潤例で91.2%,内腔浸潤例で60.8%と,内腔浸潤例で不良であった(p<0.001,Log-rank test,図3)。

図 3 .

初期治療97名の10年疾患特異的生存率

実線:表層浸潤55名,91.2%,破線:内腔浸潤42名,60.8%

p<0.001,Log-rank test

頸部再発を内腔浸潤の12名(16%)に,表層浸潤の8名(13%)に認めたが,気管・喉頭での再発はそれぞれ3名(4%),2名(3%)と少数であった。また遠隔再発を内腔浸潤の19名(25%)に,表層浸潤の7名(11%)に認めた。内腔浸潤では,観察期間中に21名が死亡した。16名が遠隔転移,1名が局所制御不能によるものであった。また術後早期の死亡を4名に認めた。4名の死因はARDS(両側横隔神経浸潤による呼吸不全),消化管出血,心不全,縦隔郭清のため切除した鎖骨による腕頭動脈の機械的損傷がそれぞれ1名であった。気管切除が原因の合併症による死亡はなかった。

内腔浸潤76名のうち,30名(39%)で気管切開孔の閉鎖が可能であった。局所皮弁による閉鎖が17名,DPもしくは大胸筋皮弁による閉鎖が5名,鼻中隔軟骨付きDP皮弁による閉鎖が8名であった。また閉鎖できなかった46名のうち,24名に音声再建を目的とした気管孔形成術を行った(表2)。

表 2 .

気管切開孔の閉鎖の有無と閉鎖法

閉鎖できなかった46名のうち,12名は気管切除が広範囲のためであった。他の原因として,両側反回神経浸潤が13名,持続性誤嚥が8名(食道浸潤合併のため食道再建:5名,喉頭合併浸潤のため喉頭垂直半切除:3名),喉頭合併浸潤のため喉頭亜・全摘が5名,その他が8名(術後早期死亡:4名,加齢による嚥下機能低下:3名,脳転移による嚥下機能の低下:1名)であった。

気管切除が広範囲となり閉鎖できなかった12名のうち,10名は気管の半周以上を切除したものであり,残りの2名は輪状軟骨切除が大きく,再建部で狭窄をきたしたものであった。全例が切除部位の管腔保持が困難であった症例である。

内腔浸潤76名のうち,67名(88%)が他の臓器浸潤を合併した。反回神経浸潤の合併が54名,食道浸潤の合併が38名,甲状軟骨および喉頭内腔浸潤の合併が23名であった。内腔浸潤例は,平均1.5個の他の臓器浸潤を合併した。

気管切開孔の閉鎖には,単変量解析では気管長軸切除(p=0.004,Mann-Whitney U検定),半周以上の周径切除(p=0.038,χ 2検定),膜様部浸潤(p=0.024,χ 2検定),反回神経浸潤の合併(p=0.006,χ 2検定)が影響を及ぼした。多変量解析では,反回神経浸潤の合併が影響した(オッズ比,0.32;95%信頼区間,0.107~0.945;p=0.039,二項ロジステッィク回帰分析)。

考 察

気管内腔浸潤に対する切除は完全切除が推奨される。切除術は管状切除と窓状切除がある。管状切除は腫瘍を含めた気管の全周切除を行い,一期的に端々吻合が行われる。窓状切除は腫瘍に安全域をつけた部分切除である。通常,残存した気管と頸部皮膚の間に気管皮膚瘻を形成し,気管切開孔は二期的に閉鎖が行われる。

気管内腔浸潤に対する報告は,管状切除を推奨するものが多い。管状切除を推奨する立場として,Ozakiら[]は気管内腔での腫瘍の広がりを検討し,長軸方向への広がりは外(軟骨)側よりも内腔で小さいが,周軸方向への広がりは外側よりも内腔で大きかったと報告している。この結果より窓状切除は切除断端での腫瘍残存の可能性が高いとして,管状切除を推奨している。また,管状切除を推奨する立場の報告では,治療成績や術後機能が良好なこと,手術合併症も少ないことを推奨する理由としている[]。一方では,大血管破綻や縦隔炎による致死的な合併症の報告もある[]。

窓状切除に関する報告は少ない。Ebiharaら[]は,気管浸潤41名に対する窓状切除および再建術の治療成績を検討している。5年,10年全生存率が78.9%,74.5%と良好であったこと,また気管切開孔が15名に残ったが,13名は両側反回神経麻痺が原因であったことにより,窓状切除の有効性を報告している。各々の術式について利点と欠点があり,気管内腔浸潤に対する術式に関してもコンセンサスは得られていない。

自験例の気管内腔浸潤例の10年疾患特異的生存率は60.8%と,表層浸潤例と比較して不良であった。しかし,気管や喉頭での再発は迅速病理診断を用いることで低率であり,局所制御不能による死亡も少なかった。喉頭浸潤を合併したものでも気管切開孔の閉鎖が可能な症例もあり,他の報告より喉頭全摘率も低かった。これらのことにより気管内腔浸潤に対する窓状切除は有効な術式といえる。

術後合併症も,気管切除に起因する重篤なものはなかった。気管内腔を含む切除を行った場合,術後合併症の原因は気道や食道の縫合不全や感染が多く,致死的な合併症を引き起こす可能性がある。合併症を減らすには,気管や皮弁の血流を保つこと,縫合部に緊張を与えないこと,死腔を作らないことが重要である。窓状切除は気管切開孔を作成するため,縫合不全や感染に早く対処することが可能である点,複数の臓器に浸潤が及んでいる場合でも,気道の確保が容易であるため,術後の嚥下や呼吸機能(声帯可動を含む)の変化に対処することができる点で,合併症の予防に寄与できる。

また,大きな欠損や複数の臓器浸潤が合併する場合や縦隔に操作が及んだ場合に,合併症を予防するための工夫の一つとして,DP皮弁や大胸筋皮弁の有茎皮弁の併用が有効である。DP皮弁は内胸動脈からの穿通枝で栄養される皮弁で,薄くしなやかであり,大きな欠損にも対応が可能である。また大胸筋皮弁は,胸肩峰動脈より栄養される筋皮弁で,自由度は高く厚みのある皮弁であるため,頸動脈浸潤の合併で外膜切除を行った症例などに対して有効である(図4)。

図 4 .

頸動脈浸潤合併例に対する切除と気管切開孔閉鎖

甲状腺乳頭癌再発(気管内腔,頸動脈,食道,反回神経浸潤)に対して,気管窓状切除,食道筋層切除,頸動脈外膜切除(一部中膜浸潤を認め,穿孔を生じたため縫合:aの⇔部),反回神経切断。

術後合併症のリスクを減らす目的でDP皮弁による頸動脈の保護と気管孔形成術,その後に2期的に気管切開孔を閉鎖した。

気管切除が原因で閉鎖できなかったものを12名(16%)に認めた。これらの多くは,気管周径切除が半周以上で,管腔を保持する再建ができなかったものである。管腔を保持できない欠損に対しては,窓状切除は有効とはいえず,管状切除・端々吻合が有効である可能性がある。しかし,周径切除が大きいものでは長径切除も大きくなることが多く,切除後の端々吻合も困難となる。このため端々吻合でも,合併症の頻度も高くなる可能性がある。また気管浸潤に合併した他の臓器浸潤が,気管切開孔の閉鎖に大きく影響した。気管内腔浸潤例では浸潤が複数臓器に及んでいるものも多く,術後の機能予測が困難なものも多い。この点からも2期的再建は有効な手法である。

おわりに

甲状腺癌の気道や食道への浸潤は,予後ばかりでなく患者のQOLに大きな影響を与える。切除の可能性とそれに伴う合併症,また予後と術後のQOLを考え治療にあたる必要がある。

【文 献】
 

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