日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
喉頭・縦隔に浸潤する高度進行甲状腺癌
大月 直樹丹生 健一
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2017 年 34 巻 2 号 p. 113-117

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抄録

甲状腺癌の多くは進行が緩徐で予後良好な乳頭癌であるが,周囲臓器進展が起こっていても症状に乏しく,発見された際には気管や喉頭など気道や食道への浸潤や,縦隔への進展が認められることも少なくない。喉頭への浸潤例に対する手術においては,根治性を損なうことなく,発声や嚥下といった患者のQOLに直結する機能をできる限り温存しなければならないという問題がある。一方,縦隔への進展例ではQOLの問題だけでなく致死的な合併症を回避することが重要となる。また,周囲臓器に進展する進行甲状腺癌においては,通常の分化癌から悪性度が増し,低分化成分が認められたり,未分化転化している場合もあるため生命予後を考慮した治療方針の決定が必要となる。今後は,分子標的薬の適応拡大により,腫瘍内科医,放射線腫瘍科医を含めた多診療科での進行甲状腺癌に対する取り組みが重要となるであろう。

はじめに

甲状腺癌の多くは進行が緩徐で予後良好な乳頭癌であるが,周囲臓器進展が起こっていても症状に乏しく,発見された際には気管や喉頭など気道や食道への浸潤や,縦隔への進展が認められることも少なくない。喉頭への浸潤例に対する手術は根治性を損なうことなく,発声や嚥下といった患者のQOLに直結する機能をできる限り温存するという問題がある。一方,縦隔への進展例ではQOLの問題だけでなく致死的な合併症を回避することが重要となる。また,周囲臓器進展きたす例では,通常の分化癌から悪性度が増し,低分化成分が認められたり,未分化転化している場合もあるため生命予後を考慮した治療方針の決定が必要となる。本稿では,自験例を紹介するとともに,喉頭・縦隔に浸潤する高度進行甲状腺癌の手術について概説する。

1.喉頭浸潤例に対する手術

甲状腺分化癌が初回治療の際に喉頭に浸潤していることは稀であり,その頻度は1~16%と報告されている[]。乳頭癌を代表とする分化癌では生命予後が良好であるが故に,初回手術では反回神経周囲とくにBelly靭帯付近に浸潤を認めている場合でもできる限り反回神経を残すことが少なくないため,腫瘍の残存による反回神経周囲や喉頭進入部での再発をきたす。このような局所再発例では輪状咽頭筋を含む輪状軟骨周囲や甲状咽頭筋および甲状軟骨周囲へ浸潤する腫瘍がよくみられる。腫瘍の根治をめざし正常域を含めた切除を行うことは重要であるが,喉頭浸潤例での広範切除は術前には認められない機能障害を起こすことは避けられず,患者のQOLは著しく低下する。とくに,自覚症状のない患者では術後の機能障害に対する理解が得られないことも多い。また,切除する部位や大きさはもちろん,患者の年齢やPS(Performance status)は術後の機能障害の程度に関わるが,実際にそれぞれの患者でどの程度の切除により,恒久的な障害が起こりうるのかを正確に予測することは難しい。本稿では,われわれの手術経験をふまえて,喉頭浸潤例の対応について概説する。

(1)輪状軟骨周囲,輪状咽頭筋への浸潤

気管層状切除が必要な症例においては,上方で輪状軟骨やそれに付着する輪状咽頭筋,輪状甲状筋(前筋)にも浸潤を認める場合が多い。輪状軟骨は声門下腔を構成する軟骨であり喉頭内腔を覆っている。そのため,輪状咽頭筋,輪状甲状筋までの浸潤であれば内腔は保たれるが,浸潤が軟骨に及び切除をすると,喉頭腔が開窓される。側方では1/3周程度,前方では1/2周までの欠損までは部分切除の適応と考えている。Friedmanら[,]は輪状軟骨の15%間での切除であれば前頸筋による開窓部の被覆で良いと述べており,それ以上では胸鎖乳突筋付き鎖骨骨膜弁による閉鎖を行うとしており,ステント留置を併用すれば,70%間で切除可能と述べている。われわれは,遅発性の声門下狭窄の可能性を考慮して,一旦,喉頭気管皮膚瘻を作成し,創部が安定した状態になってから局所皮弁による二期的閉鎖を行っている(図1f,図2f)。しかし,輪状軟骨のリング状の連続性が保てない場合には,狭窄のリスクがあることを認識しておく必要がある。

図 1 .

左声門下から輪状軟骨に浸潤を認めた甲状腺乳頭癌(78歳男性)

頸部造影CTで左声門下レベル(a)から輪状軟骨レベル(b,c)に腫瘍の浸潤を認めた。甲状軟骨の左外側下方から切除を行い数ミリのマージンをつけて腫瘍を切除した(d)。反回神経の断端を確認して神経縫合を行った(e)。術後38日目に経口摂取可能となった。切除後は喉頭皮膚瘻(f)として,8カ月後に局所皮弁とDP皮弁を用いて二期的に閉鎖した。

図 2 .

頸部皮膚から喉頭に浸潤を認めた低分化成分を認める乳頭癌(79歳男性)

頸部造影CT(a)およびMRI(b)で皮膚から甲状軟骨,輪状軟骨に浸潤する腫瘍を認めた。喉頭内視鏡検査で左声帯麻痺を認めた(c)。皮膚は合併切除して,DP皮弁で再建した。甲状軟骨の左下1/2と輪状軟骨の外側2/3を切除した(d,e)。DP皮弁に切開を加え喉頭皮膚瘻を作成し,術後照射を行った。術後1週間で経口摂取可能となった。17カ月後に再発ないことを確認し,二期的に局所皮弁で閉鎖した(f)。

(2)反回神経喉頭進入部付近への浸潤

食道筋層から輪状咽頭筋に及ぶ輪状軟骨の側方への浸潤では反回神経への浸潤が認められ,ほとんどの場合に声帯麻痺を認めている。頸部リンパ節への高度な転移などにより再建神経の保存が困難で,反回神経の再建を行うことは難しい場合もあるが,できる限り再建を行うことが術後の音声機能や嚥下機能の維持に良いと考えている。われわれは,甲状軟骨外側下方から下角を切除し,声門閉鎖筋を支配する反回神経の内枝を神経刺激装置により確認し,頸神経ワナを縫合するようにしている(図1e)。

(3)甲状軟骨への浸潤

甲状軟骨に浸潤し内軟骨膜,さらに傍声門間隙に浸潤することは少ないが,このような場合には甲状軟骨の切除が必要となる。患側甲状軟骨の外側2/3までの切除であれば,喉頭内腔は十分に保持される。高齢者の症例が多いため通常の剪刀による軟骨切除は難しいことから,われわれはカッティングバーを使用し切除ラインを削開したのち金冠剪刀(歯科手術用)で切離している(図1d)。乳頭癌で喉頭粘膜にまで浸潤する症例はほとんどないため,粘膜はできる限り温存するようにしている。

(4)喉頭および梨状陥凹粘膜への浸潤

粘膜もしくは粘膜下に浸潤して喉頭内腔にまで及ぶ甲状腺癌は低分化癌や未分化癌と考えられ,喉頭温存の適応となる症例は少ないと思われる。分化癌で輪状軟骨外側から甲状軟骨に浸潤する場合に甲状咽頭筋,輪状咽頭筋を含めて軟骨を切除する場合があるが梨状陥凹粘膜を損傷する場合がある。解剖学的に粘膜筋板をもつ食道と異なり,梨状陥凹の粘膜は裂けやすいため注意が必要で,損傷した場合には一期的に縫合閉鎖するが,食道の場合のように被覆する組織がない。縫合不全による咽頭瘻となった場合には総頸動脈周囲への感染が致死的となるため,われわれは胸鎖乳突筋胸骨頭を上方有茎で縫着して被覆するようにしている。下咽頭粘膜まで切除が必要な場合には遊離前腕皮弁を用いて粘膜側の再建を行う(図3c,d)。

図 3 .

甲状軟骨から輪状披裂関節,輪状軟骨に浸潤する再発乳頭癌

術前の頸部造影CT(a)で甲状軟骨に腫瘍を認め披裂軟骨も確認できない。腫瘍を切除していったが,食道筋層から下咽頭粘膜下に浸潤を認めたため,下咽頭粘膜を一部切除した(b,c)。矢頭は輪状軟骨の切除断端。下咽頭および披裂の隆起を前腕皮弁で再建した(d)。経口摂取までに約1カ月を要し,1年後に気管皮膚瘻を閉鎖した。術後3年の喉頭所見(e)および頸部造影CT(f)。前腕皮弁で再建された下咽頭壁(点線および矢頭)が認められる。

2.縦隔進展例に対する手術

甲状腺癌に対する縦隔の操作が必要となる状況には,縦隔リンパ節転移が頸部とは離れて存在する場合と原発巣もしくは下頸部のリンパ節転移巣から縦隔方向に連続して進展している場合である。頸部リンパ節が連続して縦隔に及ぶ場合で癒着がなく剝離操作が可能な場合には,頸部からの操作で摘出できることもあるが,腕頭動脈や無名静脈などの大血管損傷は致死的となるため,胸骨切開による十分な術野確保を行うことが肝要である。原発巣が縦隔に浸潤している場合には,気管や食道への浸潤も伴っており,縦隔に気管孔を作成せざるを得ないが,高悪性度の進行例や再発例が多いため,遠隔転移を伴っていることも少なくなく手術適応は慎重にすべきである。手術の安全性とともに生命予後やQOLを考慮した治療法の選択が必要であることは言うまでもないが,今後は分子標的薬の登場により腫瘍内科医,放射線腫瘍科医を含めた議論が行われるべきであろう。

(1)胸骨切開による縦隔リンパ節郭清

傍気管部リンパ節転移に対する頸部操作による郭清は総頸動脈の内側に沿って進めるが,無名静脈および腕頭静脈に及ぶ操作や腕頭動脈より尾側の操作は困難と考えている。当院では呼吸器外科医の協力のもと縦隔の術野確保を行い共同で縦隔リンパ節郭清を行っている。頸部操作で摘出が困難なリンパ節転移がある場合には,原則として胸骨を正中切開する方法を行っている(図4c,d)[]。病変の局在によっては侵襲の少ないL字もしくは逆L字切開を行う場合もあるが,視野の面では劣っている[]。逆T字切開により胸骨正中切開と同様の広い視野が得られるとの報告があるが[],われわれは経験がない。縦隔へのアプローチは個々の患者の体格や解剖学的位置関係を考慮して,それぞれの施設で慣れた方法を行うのが良いと考える。当院では無名静脈より尾側から気管分岐部までの操作や腕頭動脈より尾側の操作は呼吸器外科医の主導で行っているが,その際も右迷走神経から分岐する反回神経の確認と確保は耳鼻咽喉科医で担当している。浸潤により反回神経の保存が難しい場合には頸部で神経再建を行うようにしている。胸骨切開の合併症として胸膜損傷および脈管損傷,縦隔炎があるが,幸い重篤な合併症は経験していない[10]。

図 4 .

下頸部から縦隔に進展する乳頭癌リンパ節転移

頸部造影CT水平断(a)冠状断(b)で大動脈弓の高さに及ぶ浸潤性の陰影を認める。気管への浸潤は認めない。胸骨正中切開(c)により視野を確保し,上縦隔の郭清を行った。無名静脈に血管テープをかけている(d)。

CCA:総頸動脈,Tra:気管,Thy:胸腺,迷走神経(矢頭)

(2)胸骨・鎖骨部分切除による縦隔アプローチ

胸骨切開によるアプローチでは,胸鎖関節が保たれ胸骨が元の位置に固定されるために術後の胸郭の安定性に優れているが,リンパ節が大きい場合には鎖骨下動脈や鎖骨下静脈付近の視野は十分ではなく,縦隔気管孔を作成する場合には胸骨,鎖骨部分切除が必要となる。当院では甲状腺癌に対して胸骨・鎖骨部分切除による縦隔気管孔造設術の適応となる症例を経験しておらず,手術の実際や術後管理については成書を参照いただきたい[11]。

3.おわりに

進行甲状腺癌に対する外科的治療として喉頭・縦隔に浸潤する高度進行甲状腺癌について概説した。喉頭・縦隔への浸潤例では高悪性度のものや再発例が多いため気管,食道,総頸動脈などの重要な周囲臓器に腫瘍の浸潤を伴い,すでに遠隔転移をきたしていることも少なくない。手術の安全性はもちろん,根治性を損なうことなく予後やQOLを考慮した治療法の選択が必要である。現在のところ分子標的薬の適応拡大による手術適応の縮小は考えていないが,今後は腫瘍内科医,放射線腫瘍科医を含めた多診療科での進行甲状腺癌に対する取り組みが重要となるであろう。

【文 献】
 

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