日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
症例報告
低分化癌が併存した甲状腺粘表皮癌例
松永 桃子渡邉 佳紀田中 信三平塚 康之吉田 尚生草野 純子吉松 誠芳森田 勲
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2017 年 34 巻 2 号 p. 132-138

詳細
抄録

甲状腺粘表皮癌は非常に稀な癌腫であり,これまで国内外合わせて100例未満の報告しかされておらず,直近の10年間に関しては18例の報告がなされているのみである。低悪性度であり,予後良好とされるが,低分化癌や未分化癌との合併例では予後不良である。分化癌,未分化癌や橋本病との合併,また粘表皮癌内での扁平上皮化生の存在などから術前診断は困難と考えられている。今回われわれは,術前診断に苦慮した甲状腺粘表皮癌例を経験したので報告する。患者は76歳女性,術前に穿刺吸引細胞診を三度行い,三度目で悪性リンパ腫の疑いがあり,開放生検を行った。生検では異型扁平上皮を採取し,甲状腺扁平上皮癌と診断,甲状腺全摘,D3b郭清術を施行した。術後の病理結果では甲状腺粘表皮癌と低分化癌を合併したものと診断された。現在,術後9カ月経過しており,再発所見はないが慎重な経過観察を要する。本症例の報告と近年の本邦・海外における文献の考察を行う。

はじめに

甲状腺粘表皮癌は非常に稀な癌腫であり,これまで国内外合わせて100例未満の報告しかされておらず,直近の10年間に関しては18例の報告がなされているのみである。低悪性度であり,予後良好とされるが,低分化癌や未分化癌との合併例では予後不良である。分化癌,未分化癌や橋本病との合併,また粘表皮癌内での扁平上皮化生の存在などから術前診断が困難といわれている。今回われわれは,術前診断に苦慮した甲状腺粘表皮癌例を経験したので報告する。

症 例

【症 例】76歳 女性。

【主 訴】右前頸部の腫瘤。

【現病歴】近医内科での頸部超音波検査で甲状腺内の充実性腫瘤を認め,当科紹介となった。

【既往歴】高血圧,高脂血症,虫垂炎術後,良性発作性頭位めまい症。

【嗜好歴】喫煙なし,飲酒なし。

【初診時身体所見】右前頸部腫瘤は,弾性硬で可動性は良好であった。嗄声はなく,その他頭頸部領域に異常所見を認めなかった。

【臨床所見】甲状腺ホルモン値は正常値であったが,TSH6.92(基準値0.571~4.261)と軽度の上昇を認め潜在性甲状腺機能低下症の状態であった。血清サイログロブリン値は19.6ng/mL(基準値0~33.7),抗Tg抗体と抗TPO抗体はともに陽性であった。

頸部超音波検査では慢性甲状腺炎による瀰漫性腫大を背景に,甲状腺右葉に充実性の25×15×38mmの腫瘤を認めた(図1)。腫瘤辺縁は八つ頭状に突出しており,胸骨甲状筋と境界不明瞭であり,悪性腫瘍を疑った。転移とおぼしき頸部リンパ節はなかった。

図 1 .

超音波画像

慢性甲状腺炎を反映した全体的に不均一な濃度の甲状腺を背景として,右葉に充実性,辺縁不整,八頭状の25×15×38mm大の腫瘤を認めた。

超音波ガイド下穿刺吸引細胞診(以下,FNA)が二度不適正となり,三度目に細胞異型に乏しい小型リンパ球と間質細胞の所見のため,慢性甲状腺炎を背景とする低悪性度のリンパ腫が鑑別に挙がった。造影CT検査(図2a)では,甲状腺右葉の腫瘍は内部低濃度,辺縁不整であり,被膜外浸潤が疑われたが明らかな気管や喉頭への浸潤はなかった。頸部リンパ節は散見されるも明らかに転移と思われる所見はなかった。縦隔には炎症性としても説明可能であるリンパ節腫大を認めた(図2b)。

図 2 .

a:CT画像(頸部)

甲状腺右葉に内部低濃度,辺縁不整の腫瘍を認めた。一部で前頸筋との境界が不明瞭であり,被膜外浸潤が疑われた(矢印)。明らかな気管や喉頭への浸潤はなかった。頸部リンパ節は散見されるも明らかに転移と思われる所見はなかった。

b:CT画像(縦隔)

縦隔に炎症性の腫大としても説明しうるリンパ節腫大(矢頭)を認めた。

以上から甲状腺リンパ腫の可能性を考え,局所麻酔下に甲状腺右葉の開放生検を行った。しかしながら,術中迅速,永久病理診断結果ともにリンパ腫を示唆する所見は認められず異型扁平上皮を採取し扁平上皮化癌が疑われた。

これらの所見より,甲状腺扁平上皮癌と臨床診断し,精査を行った。

PET-CT検査では,両側頸部リンパ節と縦隔リンパ節への集積を伴い転移の可能性が示唆されたが,他臓器への転移は認めなかった。

以上より,甲状腺扁平上皮癌cT3(Ex1)N1b(両側頸部)M0と診断し,甲状腺全摘術とD3b郭清術を施行した。

結 果

【手術所見】前回開放生検時の皮膚切開部と皮下瘢痕組織を合併切除した(図3)。両側頸部リンパ節の腫大を多く認めたが,明らかに転移と思われるリンパ節はなかった。腫瘍は甲状腺右葉上極から中部を占める硬結として触れた。気管,喉頭や反回神経への浸潤はなかった。経頸部からは縦隔リンパ節は触知できず,胸骨切開に関しては本人希望がなかったため縦隔郭清は行わなかった。

図 3 .

摘出標本

甲状腺全摘術とD3b郭清術を施行。前回開放生検時の皮膚切開部と皮下瘢痕組織を合併切除した。

【永久病理組織学的診断】右葉腫瘍は2.6×1.9×4.2cm大であった。マクロ像を示す(図4a)。図4aの矢印部分に生検時の縫合糸を示す。この部分を拡大すると(図4b),縫合糸周囲に低分化癌を認める。低分化癌部分は不整な小胞巣状であった(図4c)。図4bの左下部分は粘表皮癌部分であり,マクロ像と比較するとちょうど腫瘍の中央に粘表皮癌部分が位置していることがわかる。粘表皮癌部分は腫瘍の中心部のみに存在し,周囲は低分化癌となっており,粘表皮癌が低分化転化した可能性も示唆される。粘表皮癌部分の拡大像(図4d)では粘液産生細胞,類表皮細胞および分化の明らかでない小型の中間細胞,粘液囊胞を認める。図4b右側は背景の甲状腺であり,間質に著明なリンパ球浸潤を認め,リンパ球性甲状腺炎を伴っていた。甲状腺周囲脂肪織に微少浸潤を認めた。右Ⅴbリンパ節に単発の転移を認めたが,その他のリンパ節転移は認めなかった。以上より甲状腺粘表皮癌(低分化癌併存)pT3(Ex1)N1bと診断した。

図 4 .

a:病理標本マクロ像

表面に合併切除した皮膚,皮下組織,筋肉が付着している。割の入っている右葉の白色部分が腫瘍本体である。矢印部分に生検時の縫合糸が見える。

b:縫合糸付近の拡大像(HE染色,12.5倍)

矢印は縫合糸である。縫合糸周囲に低分化癌を認める(点線内)。画像左下が粘表皮癌部分である。画像右側は背景甲状腺であり慢性甲状腺炎像を示している。

c:低分化成分病理像(HE染色,100倍)

腫瘍の大部分は不整な小胞巣状の低分化成分が占めていた。

d:粘表皮癌病理像(HE染色,100倍)

粘液産生細胞(矢印),類表皮細胞(点線内部)および分化の明らかでない小型の中間細胞(白矢印)を認める。画像右上部に粘液貯留を認める。

【経 過】頸部リンパ節転移は,患側の上内深頸の単発病変のみであったこと,その他の頸部リンパ節は類上皮肉芽腫を認め結核性リンパ節が疑われていたことから,縦隔リンパ節は転移ではない可能性も高いと判断し,血清サイログロブリン値や今後の画像検査にて慎重な経過観察を行う方針とした。

CTおよびPET/CTでは唾液腺腫瘍を認めず,甲状腺原発の粘表皮癌であると診断した。

現在,術後9カ月経過しているが,明らかな再発所見はない。

考 察

(疫 学)

粘表皮癌は唾液腺に好発する悪性腫瘍であるが,呼吸器[],消化器[],乳腺[],膵臓[],喉頭[]などにも発生の報告がある。甲状腺粘表皮癌は非常に稀であり,過去10年間では国内外合わせて18例(会議録除く,好酸球増多を伴う硬化性粘表皮癌を除く)が報告されているのみである。男女比は1:2で女性に多く発生し,好発年齢は50~80代,甲状腺機能正常で,無痛性の片葉腫瘤として認識される[]。過去10年間の報告では男女比は1:1.2と男女差は大きくなく,平均年齢59.8歳(23~91歳,中央値64歳),主訴は15/18例(84%)で前頸部腫瘍,その他嗄声5/18例(28%),疼痛2/18例(11%),以下1/18例(6%)で嚥下障害,呼吸困難,寝汗,体重減少などの症状がみられた(表1)[,19]。

表 1 .

直近10年の甲状腺粘表皮癌に関する報告(会議録除く,好酸球増加を伴う硬化型粘表皮癌を除く)

現在のところ,甲状腺粘表皮癌は通常の粘表皮癌と,好酸球増多を伴う硬化性粘表皮癌[20]の2つのタイプがある(甲状腺癌取り扱い規約 第6版以降)。橋本病との合併も多く報告されているが,非合併例の報告もあり,橋本病が病因ではないとされている[]。過去10年間の報告でも,リンパ球性甲状腺炎もしくは橋本病を明らかに合併したとする症例は5/18例(28%)に留まっている。

(起 源)

粘表皮癌の起源については以下のような諸説がある。甲状腺粘表皮癌を最初に報告したRhatiganらは,粘表皮癌は唾液腺組織の遺残により発生すると仮定した[21]が,これを支持する根拠は今まで見つかっていない。

その後,組織学的な類似性[2223]や繊毛円柱上皮の存在・免疫染色結果[1114]から第4鰓囊から発生する鰓後部の遺残であるsolid cell nestsもしくはそこから発生した多能性細胞を発生母地として粘表皮癌が発生するという説が提唱され,現在でも主要な仮説の一つである。

「Solid cell nests発生説」と並んで提唱されている仮説が,「濾胞上皮発生説」である。組織学的類似性,免疫染色に加え,粘表皮癌が濾胞上皮の特徴であるTTF-1とPAX-8のmRNA陽性[24]となることなどからこの仮説が多く支持されている。その他,乳頭癌などの分化癌の脱分化により生じるとする説[1525],乳頭癌,橋本病,その他の慢性炎症性変化のため生じた扁平上皮化生から発生するという説[17]や甲状舌管から発生するという仮説もある。

また,通常の甲状腺粘表皮癌は濾胞上皮から発生するが,好酸球増多を伴う硬化性粘表皮癌はSolid cell nestsから発生し,両者の由来は異なるとする説もある[26]。甲状腺粘表皮癌,好酸球増多を伴う硬化性粘表皮癌に関しては様々な発生仮説が提唱されているが,いまだ確定的な結論は出ていない。

(診 断)

甲状腺粘表皮癌の組織診断所見として,粘液産生細胞,類表皮細胞,小型で分化の乏しい中間細胞の3つが特徴とされる[21]。これら3つ[27]もしくは粘液産生細胞,類表皮細胞とムチンが揃うことで粘表皮癌の診断を下すことができる[17]。間質へのリンパ球浸潤が特徴的であるとされる。

FNAでは扁平上皮細胞と粘液産生細胞やムチンの検出により診断が可能とされている[28]。しかし,乳頭癌にも扁平上皮化生やムチン生成の可能性があることや,甲状腺粘表皮癌においても乳頭状増殖,砂粒小体などの乳頭癌の特徴を部分的に持つことも知られており[23],乳頭癌と粘表皮癌をFNAで鑑別することは難しいと考えられる。また,扁平上皮成分のみが採取された場合は扁平上皮癌と診断される可能性も指摘されている。扁平上皮を採取しうる甲状腺疾患として乳頭癌,髄様癌,未分化癌,濾胞腺腫もしくは濾胞癌も知られており[26]それらとの鑑別も重要になる。そのほか,乳頭癌[,1012141826],濾胞癌[],Hürtle cell carcinoma[],低分化癌[15],未分化癌[252628],橋本病の合併も知られており,これらを合併する場合では粘表皮癌は腫瘍全体の一部にしか存在しないこともあるため,FNAや生検にて術前診断がつく可能性は高くはないと考えられる。甲状腺の他の癌腫や慢性リンパ球性甲状腺炎,扁平上皮癌の転移と術前に推定される割合も高く術前診断がつきにくいと報告されている[1629]。

過去10年間の報告では,FNA結果は,乳頭癌4/18例(22%),濾胞性腫瘍,低分化癌がそれぞれ3/18例(17%),粘表皮癌,悪性疑いがそれぞれ2/18例(11%)とFNAにて粘表皮癌と診断できている例は非常に少ない割合であることがわかる(表1)。また,実際の組織型についても,乳頭癌の合併が9/18例(50%),リンパ球性甲状腺炎・橋本病の合併が5/18例(28%),その他は低分化癌,濾胞腺腫,濾胞癌,Hürtle cell carcinomaの合併がそれぞれ1/18例(6%)あり,これら他疾患の合併率が高いことからもFNA・生検での術前診断が困難であることが推測される。

本例でも,術前FNAではリンパ腫疑い,開放生検では扁平上皮癌疑いとなった。FNAでは細胞異型の乏しい小型のリンパ球を採取したため,おそらくは背景のリンパ球性甲状腺炎を反映しリンパ球を多く採取したためリンパ腫の可能性ありと診断し,粘表皮癌の扁平上皮化生の部分から採取された細胞が扁平上皮癌との診断を導いたものと推測される。採取材料内に粘液産生細胞やムチンが検出された場合には粘表皮癌を疑うことができるであろうが,本症例では腫瘍の大部分を低分化成分が占めており,粘表皮癌自体の腫瘍体積の小ささから術前診断は困難であったと考えられた。

(治療・予後)

症例数に限りがあり,推奨しうる治療法の統一的な見解はない[]。多くの著者が甲状腺粘表皮癌を低悪性とみなし,甲状腺全摘出術もしくは半切術を施行している[]が,局所再発により繰り返し手術を受けている例も報告されている。Steeleらは2年以上経過観察期間がある甲状腺粘表皮癌例において52%が局所再発し,57%が追加治療を要し,リンパ節転移もしくは腺外浸潤していた例においては半数近くが再発もしくは死亡したとし,粘表皮癌についての知見が集積するまでは半切術よりも全摘出術を選択するべきであるとしている[29]。過去10年間のデータにおいても,初期治療として甲状腺全摘を施行された例が11/18例(61%)と最も多く,それに甲状腺半切4/18例(22%)が次ぐ。これらの甲状腺半切例では粘表皮癌との診断後に全摘を施行された症例が4例中3例であり,これを加えると初期治療としては14/18例(78%)が甲状腺全摘を施行されていることになる。その他は甲状腺亜全摘術1例,生検1例,不明1例となっている(図1)。

また,リンパ節転移は比較的多く[23],頸部郭清術を追加している報告も多い。甲状腺分化癌合併例のうちリンパ節転移があった症例において,転移巣からは分化癌の成分は検出されず粘表皮癌の成分のみ検出されたという報告もあり,粘表皮癌は甲状腺分化癌より悪性度は高い腫瘍とする説もある[14]。

術後治療として放射性ヨード治療,外照射,追加手術,化学療法,TSH抑制療法の報告があるが,放射線治療(内・外照射),化学療法は無効とする報告もある[]。これらの治療はいずれも現時点で統一的な見解はない。

また,被膜外浸潤などの局所進行例,リンパ節転移例,複数回の手術を要した例,遠隔転移例,原病死例も報告され,特に未分化癌や低分化成分を合併した症例は予後不良であるとされる[1528]。過去10年間の報告例において,転帰が明確である11例中,無再発生存例は6/11例(55%,観察期間6カ月~3年),原病死が3/11例(27%),再発例が2/11例(18%,頸部再発1例,耳下腺1例)となっており,従来の予後良好とする説には疑問が残る(図1)。

本症例は,根治切除はしえたものの低分化成分を伴うこと,縦隔リンパ節が転移か否か判断できていないことから今後も慎重な観察を要すると考える。

おわりに

・非常に稀な甲状腺粘表皮癌の一例を経験した。

・術前診断に難渋した。

・低分化成分を併存しており,過去の報告からは予後不良である可能性も示唆され,縦隔リンパ節とともに慎重な経過観察を要する。

 

筆者は,申告すべき利益相反を有しない。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top