2017 年 34 巻 2 号 p. 139-142
メトトレキサート(以下,MTX)は関節リウマチ患者に使用され,投与中にMTX関連リンパ増殖性疾患(以下,MTX-LPD)を合併することがある[1]。われわれは甲状腺を中心に発生し,甲状腺未分化癌や甲状腺原発悪性リンパ腫との鑑別を要し,MTX中止により自然寛解を得た症例を経験したので報告する。症例は59歳女性。関節リウマチに対して12年間MTX内服中であった。持続する乾性咳嗽の精査目的に当院受診。造影CT所見から甲状腺原発悪性リンパ腫または甲状腺未分化癌の全身転移の可能性を指摘された。甲状腺から針生検を施行したところ,びまん性大細胞性リンパ腫の像であった。血液内科医と連携して早急にPET/CTを行い,その後準緊急入院の措置をとるなど甲状腺原発悪性リンパ腫に準じて対応した上で,MTX-LPDを疑いMTXを中止した。その後,速やかに全身の腫瘍は縮小し,1年6カ月経過した現在においても自然寛解を維持している。MTX内服中の患者で甲状腺腫大を認めた場合,MTX-LPDの可能性を考慮すべきであると考えられた。
葉酸代謝拮抗薬であるメトトレキサート(以下,MTX)は主に関節リウマチ患者に使用されている。MTX投与中にリンパ節増殖性疾患を合併することがあり,MTX関連リンパ増殖性疾患(以下,MTX-LPD)と呼ばれている[1]。今回,われわれは甲状腺を中心に発生し,甲状腺未分化癌や甲状腺原発悪性リンパ腫との鑑別を要し,MTX中止により自然寛解を得たMTX-LPD症例を経験したので報告する。
患 者:59歳,女性。
既往歴:関節リウマチに対して12年前からMTX内服中で寛解状態。
現病歴:2016年5月,持続する乾性咳嗽のため近医を受診した。胸部レントゲンで多発肺腫瘤を指摘され,精査加療目的に当院を受診した。造影CT所見から甲状腺原発悪性リンパ腫または甲状腺未分化癌の全身転移の可能性を指摘された。
血液検査:TSH;1.69μIU/ml,FreeT4;1.09ng/dl,TSHレセプター抗体;<0.3IU/L,抗サイログロブリン抗体;<10IU/ml,抗TPO抗体;7.5IU/ml,血清サイログロブリン;12.18ng/ml。後日判明した可溶性IL2レセプターは7,010U/mlであった。
甲状腺超音波(図1):両葉とも正常甲状腺を置換する低エコー腫瘤を多数認めた。
甲状腺超音波画像
両葉にわたり正常甲状腺を置換する様な低エコーの腫瘤が多発していた。
胸部~骨盤造影CT検査所見(図2):甲状腺両葉構造が不明瞭になる軟部影と気管の圧排を認めた。両肺に多発結節影と両腎に多数の乏血性腫瘤を認めた。
胸部~骨盤造影CT検査所見
甲状腺両葉構造が不明瞭となる軟部影(a,b),両腎に多数の乏血性腫瘤(c)と両肺に多発結節を認めた(d)。
経 過:初診時の検査結果から,甲状腺未分化癌の全身転移を強く疑った。同日,甲状腺針生検を施行し,迅速病理検査で甲状腺原発悪性リンパ腫が疑われた。早急なPET/CT検査の後,準緊急入院の予定とした。一方で連携を依頼した血液内科医からはMTX-LPDの可能性を示唆された。PET/CTでは,甲状腺両葉,両肺多発結節,両腎腫瘤,胃,頸部リンパ節,傍大動脈リンパ節,多発骨・骨髄に集積を認めた(図3)。翌日,気道閉塞に対応すべく準緊急入院とした。血液内科医の指示に従いMTXを休薬し,慎重に経過観察を行った。甲状腺針生検の結果はEBER in situ hybridizationは陰性で,びまん性大細胞性リンパ腫(以下DLBCL)の診断であった(図4)。MTX休薬後に骨髄生検,頸部リンパ節生検を行ったがDLBCLの浸潤は認めなかった。第11病日に施行したCT検査で全身の腫瘤の縮小を認めたため,第12病日に退院となった。MTX休薬後1年目で施行したPET/CTでは寛解状態であった(図5)。1年6カ月経過の時点で,MTX-LPDは自然寛解を維持しており,甲状腺病変の再燃も認めていない。
PET/CT画像所見
多発骨・骨髄(a)甲状腺両葉(b),両肺多発結節(c),両腎腫瘤,胃,頸部リンパ節,傍大動脈リンパ節に集積を認めた。
甲状腺針生検(200倍)
中型から大型の円形細胞がびまん性に増生していた。免疫染色ではCD20+,CD3-,CD5-,CD10-,AE1/3-であり,組織学的にはdiffuse large B-cell lymphomaの像であった。
MTX休薬後1年目のPET/CT
骨・骨髄(a),甲状腺(b),両側肺(c)への集積改善を認めた。
MTX使用中の関節リウマチ患者におけるMTX-LPDは多数報告されており,WHOでは“他の医原性免疫不全症関連LPD”に分類されている[1]。MTX-LPDの病理組織像は様々であり,DLBCLが最も多く35~60%,次にHodgkinリンパ腫が12~25%と続く[2]。甲状腺を中心としたMTX-LPDの組織像の特徴について筆者が渉猟する限り,それに言及した文献は見当たらなかった。MTX-LPDでは他のリンパ腫に比べて節外病変の頻度が高いとされ,消化管・皮膚・肺・軟部組織に多い[2]。頭頸部領域では頸部リンパ節や扁桃組織,唾液腺や甲状腺などの報告もある[2~4]ので,頸部リンパ節腫大や甲状腺腫瘤を主訴に甲状腺外科医のもとを受診する可能性のある疾患である。治療はMTXを中止し,寛解に至らなければ組織型に応じた化学療法を行うことが推奨されている[2]。
自験例では甲状腺両葉に病変を認め,甲状腺原発悪性リンパ腫,甲状腺未分化癌の鑑別が必要であった。腫瘍の急速増大による急性気道閉塞を来すという点では甲状腺原発悪性リンパ腫と甲状腺未分化癌の臨床経過や臨床像は類似しているが,前者は化学放射線療法導入によって極めて良好な予後が期待できるのに対して[5],後者は2015年9月にlenvatinibが臨床応用可能になったとはいえ,依然その予後は極めて厳しい[6]。両疾患はいわゆる“oncology emergency”の状態である点は共通だが,その治療方針や臨床的アウトカムは全く異なる。したがって,組織学的確定診断,stagingに費やす時間は可及的に短くし,速やかに治療を開始する必要がある。当科では両疾患の鑑別に迷った場合は,①針生検検体を迅速病理検査し病理医の意見を聞く,②放射線科と連携をとり大至急PET/CT検査を施行する,③血液内科医に連絡してアドバイスを得る,④急性気道閉塞に対応すべくPET/CT検査の翌日に準緊急入院を予定する,などの配慮をしている。自験例に関しても同様の対応を行った。初診時の針生検検体の迅速病理診断で悪性リンパ腫の可能性が指摘されたため血液内科医に連絡したところMTX-LPDの可能性を指摘された。そのためMTXを中止して経過観察するという治療方針の決定は容易であった。結果,全身の腫瘍は速やかに縮小して自然寛解を得ることができた。
MTX-LPDは内分泌外科医にとってはなじみの薄い疾患であるが,病院内の連携によって早期から適切な対応をとることができていた。今後,甲状腺oncology emergencyに本疾患を鑑別診断の一つとして挙げるべきと考えられた。
一方で,自験例では自然寛解を得られているが,約半数は再燃するといわれており[2],引き続き慎重な経過観察が必要である。
MTX内服中の患者で甲状腺腫大を認めた場合,甲状腺原発悪性リンパ腫や未分化癌に準じた対応をしつつ,MTX-LPDの可能性を考慮すべきである。
この論文の内容は第49回日本甲状腺外科学会学術集会で発表したものである。