Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Tracheal resection with end-to-end anastomosis for tracheal invasion of thyroid carcinoma
Toyone KikumoriTakahiro InaishiNoriyuki MiyajimaYayoi AdachiYuko TakanoKenichi NakanishiSumiyo NodaDai Takeuchi
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2017 Volume 34 Issue 2 Pages 98-101

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抄録

気管内腔までの浸潤を伴う甲状腺癌は稀ではあるが,血痰,喀血,呼吸困難などの症状を伴って患者を死に至らしめる重篤な病態である。症例の絶対数が少ないので,切除範囲に対する考え方,気管再建法,周術期管理などについて臨床試験を行うことはほぼ不可能で,比較的症例数が多い施設からの報告があるのみである。ここでは当科における甲状腺癌気管浸潤例に対する気管合併切除および再建の経験を踏まえて,特に膜様部温存気管端々吻合を重点的に紹介する。周到な術前評価,確実な手技,適切な周術期管理により端々吻合再建は安全に施行でき,患者のQOL維持に有用であると考えられる。

はじめに

甲状腺癌,特に乳頭癌はそのほとんどが生命に影響を与えないまま増殖を止めてしまうことが知られている[,]。しかし,気管などへの局所浸潤傾向が強い症例にも遭遇することがあるが,気管内腔まで浸潤を認める症例はさらに稀である。そのような症例においては,気管浸潤は血痰,喀血,呼吸困難などの症状を伴って患者を死に至らしめる重篤な病態である。よって,たとえ遠隔転移が存在するような場合でも,局所コントロールの目的で病変を切除すべき場合が多い。内腔までの浸潤なので,病変を切除すると,気管は部分的に全層欠損状態になる。切除後の気管の再建法としては種々の方法があるが,ここでは主に乳頭癌を念頭において,端々吻合,特に膜様部温存について紹介する。

適 応

甲状腺癌に対する気管合併切除・端々吻合再建は周術期合併症のリスクが高い手技であり,慎重に適応を考慮すべきである。手術適応および適応を判断する際に考慮すべき点を列挙する。

1.分化癌であること。未分化癌は気管内腔まで浸潤を認める場合,局所を外科的にコントロールすることは不可能であり,薬物,放射線治療を優先すべきである。

2.術前画像診断で気管内腔への腫瘤の突出が認められるもの。CTなどで気管壁の直線化を認める場合は内腔までの浸潤は認めない場合が多く,いわゆるシェービングで対応が可能である。

3.輪状軟骨への浸潤が片側にとどまるもの。両側の声帯下までの浸潤に対しては喉頭摘出が必要となるので,今回の適応から外れる。

4.気管が吻合可能であること。われわれの経験からは8気管輪程度(約3cm)の吻合は充分安全に施行できる。

5.遠隔転移を有する症例に関しては内照射および分子標的薬が有効なことが多いので,コントロールが付くと予想されるものに関しては適応としている。

6.気管に浸潤する甲状腺乳頭癌は非常に高率に患側の反回神経に浸潤し,同神経が麻痺している。健側の反回神経を温存できると判断した場合は,患側の反回神経麻痺は適応外ではない。

7.外照射既往症例,コントロール不良の糖尿病症例などでは,吻合部の血流障害の可能性が高く,無理に吻合はせずに,気管開窓術にとどめる。

切除範囲

気管切除範囲について:局所根治性を追求するあまり,組織学的断端陰性を確保すべく,切除範囲を広げると,甲状軟骨を大きく切除する必要性が生じたり,気管欠損部が非常に大きくなったりして,合併症発生のリスクが高まる。乳頭癌の生物学的特性を考慮して,肉眼的根治で充分と考える。浸潤部が輪状軟骨に及んでいない場合は,浸潤部を含む平行面で気管を切離する。気管軟骨間に平行に切離ラインを設定する(図1a)。しかし,浸潤部が第一気管輪に及ぶ場合は全周にわたる輪状軟骨との吻合は困難であるので,やや斜めの切除ラインを設定する(図1b)。浸潤部が輪状軟骨に及ぶ場合は,患側の反回神経麻痺が生じているので,患側声帯の機能については考慮する必要はない。しかし健側の声帯機能温存は必須であるので,輪状軟骨の切除範囲を小さくするために,図1cのように段差付きの切除範囲とする。甲状軟骨も一部切除する必要が生じることがあるが,限界としては甲状軟骨の下縁より数ミリ程度と考えられている。気管は気管支動脈から主に背側,側面から血行支配(図2a)を受けているので,吻合部の安全のためには気管膜様部を温存した方が有利である。よって,術前画像検査で気管膜様部に浸潤が及んでいない場合は気管軟骨部のみの切除としている。膜様部がたるんで,気道狭窄をきたしたことはない。膜様部も切除する術式については既報を参照[]。

図 1 .

気管切除範囲

a:浸潤部が第一気管輪より尾側の場合

b:浸潤部が第一気管輪に及ぶ場合

c:浸潤部が輪状軟骨に及ぶ場合

網掛け部分:癌浸潤部,破線:切離線

図 2 .

気管の血行支配および授動

a:気管は背側・側面から気管支動脈の血行支配を受けている。

b:術者の示指を用いて気管を周囲より鈍的に剝離する。

灰色矢印:用指的剝離方向

リンパ節郭清範囲に関して:しばしば内深頸領域に転移を認めるが,この部位に関しては二期的に切除が可能であること,縫合不全が生じた場合,露出した血管が,直接,感染の危険性にさらされ,重篤な転帰に至る可能性が高い。よって,通常,再手術が困難な気管周囲リンパ節の郭清にとどめている。

甲状腺の切除範囲について:遠隔転移巣をすでに有していたり,出現の可能性が高い気管浸潤症例はいずれ分子標的薬による治療対象となる可能性が高い。分子標的薬の適応が,現在のところ放射性ヨウ素(RAI)治療抵抗性となっているため,RAI治療を可能にすべく,甲状腺全摘が原則である。

術前準備

術前評価としては,通常の甲状腺癌に対する検査(頸部超音波,造影CT)に加え,反回神経の評価のための喉頭ファイバースコピーを施行する。浸潤範囲はCTの前額断画像で確認しておく。CTで浸潤の有無の判断が困難な場合にはMRIでは腫瘍と気管のコントラストが強調されるので有用である[]。

麻 酔

通常の経口挿管が可能な場合がほとんどであるが,術前に麻酔科医と充分に挿管困難時の対応を打ち合わせておく必要がある。また,術野挿管も必要になることがあるのでその手順に関しても充分打ち合わせておく。

術後,数日ほど絶飲食となるので肘静脈からの中心静脈ラインを確保する。

術 式

体位・皮切

通常の甲状腺癌と同様である。皮弁の作製において,胸骨切痕にある鎖骨間靱帯を切離しておくことが,気管の授動を容易にする。この際,腕頭静脈がかなり高い位置に存在することがあるので,注意する。

甲状腺切除およびリンパ節郭清

気管切除範囲は可及的に小さい方が,吻合が安全に行える。浸潤範囲は通常,気管外側の方が広範なので,まず甲状腺全摘および気管周囲リンパ節郭清を施行し,気管を露出し浸潤範囲を肉眼で確認する(図1)。このため,甲状腺を気管浸潤部を含む気管とen blocで切除することにこだわる必要はない。肉眼的に浸潤部位が確認できたら,皮膚ペンなどを用い,気管切離線を設定する。切除範囲が安全に吻合できるかどうかを判断する。甲状腺癌の浸潤により気管輪の変形が生じるため,切離ラインは必ずしも,同一気管輪上にならない。断端の周径がほぼ同じになるようにデザインすることが重要である。吻合に自信がない場合は,開窓術などにとどめる決断が必要である。浸潤部が術前評価と矛盾しないか確認をする。浸潤が膜様部に及んでいないかも肉眼的に確認しておく。

反回神経を気管から充分遊離しておく必要があるが,本幹から分枝する気管食道枝は切離する必要がある。この操作は通常健側のみ必要となる。リンパ節郭清は通常通りの手順で行う。

気管の授動

胸骨切痕から術者の示指を気管分岐部のレベルまで気管前面および側面に挿入して周囲の剝離を行う(図2b)。これにより,気管の可動性が改善する。

気管切離

針付き絹糸(3-0)などを用いて気管切離線の尾側の正中,左右側壁に支持糸をかけておく。この支持糸は気管壁を貫通する必要はなく,気管軟骨表面のみをすくうようにかける。

通常,尾側から気管切離を始める。設定した切離線上の気管軟骨間を尖刃メスで前面から数ミリ程度切開する。切開する際には気管チューブのカフの空気を一旦抜いた方がよい。ここで,気管チューブのカフの位置を充分確認する。カフが切離線の尾側にあることを確認の上,カフを再度膨らませて,メッチェンバウム剪刀で軟骨部を切開する(図3a;点線)。次いで,健側の軟骨部と膜様部の移行部を頭側に切り上げる。次いで,気管の頭側側の切離に移る。移行部から設定したラインに沿ってメッチェンバウム剪刀で気管を切離する。段差を付けた切離ラインの場合は輪状軟骨を切離する際にかなりの抵抗を感じることが多い。ここまでの操作により,気管内腔が翻転し,浸潤部を肉眼的に確認できるようになる(図3b)。浸潤部を肉眼的に遺残させない様にして患側の移行部を尾側へ切り下げて,一旦浸潤部を含む気管を摘出する。その後頭側の切離ラインと吻合面がうまく合うように尾側の気管を追加切除することもある(図3b:斜線部)。

図 3 .

気管切離

a:浸潤部の尾側,健側,頭側の順で切離する。末梢側気管の気管軟骨両側面,前面に支持糸がかけてある。

b:気管軟骨部を翻転し,患側を切離する。

網掛け部分:癌浸潤部,横ストライプ:気管内腔浸潤部,斜めストライプ:気管追加切除部位。

気管断端の術中迅速病理診断

肉眼的に断端が陰性と判断できる場合は,迅速病理診断は原則施行していない。

気管吻合

吻合に先立って,頸部の伸展位を解除して,やや前屈位にする。膜様部を切除していない場合は,気管チューブは縫合の妨げにはならないので,そのままとしておく。吸収性編糸,具体的には3-0バイクリルを用いて結節縫合により吻合している。非吸収性モノフィラメント糸は気管軟骨損傷の可能性が高く肉芽形成を引き起こしやすいので避ける。結節が気管外側になるように運針する。移行部から縫合を始める(図4a)。縫い代は2~3ミリで軟骨に糸をかける。軟骨部のみの縫合の場合,通常11~12針程度かけている(図4b)。輪状軟骨を切除した場合には,頭側は甲状軟骨に糸をかける必要があるが,かなりの抵抗を感じる。すべての縫合糸がかかるまで結紮ができないので糸の順序が混乱しないように糸を把持しているモスキート鉗子をケリー鉗子などに通して整理しておく。これらの糸を先に末梢側気管にかけておいた支持糸を牽引して気管を引き寄せておいて,1本ずつ結紮する。

図 4 .

気管吻合

a:軟骨に糸をかけるように運針する。甲状軟骨を縫合する場合は,そこから縫合を開始する。

b:通常11~12針縫合する。

吻合終了後,縫合間隔が不均等な場所には縫合を追加しておく。

吻合部のリークテストとしては術野に生理食塩水をみたし,気管チューブのカフの圧を抜いて,気道内圧を20~30cm水柱まで加圧する。

閉 創

気管の両側に閉鎖式のシリコンドレーン(10Fr 程度)を留置し,頸部創外側より体外へ誘導する。閉創手順は通常と同様である。

術後管理

術当日は挿管のままICUで管理する。術翌日,気管支ファイバーで観察しながら気管チューブを抜去する。もし喉頭浮腫,健側の一過性反回神経麻痺などで呼吸困難が生じた場合は再度挿管のまま,しばらく経過観察をする。ステロイド(デカドロン®8mg静注など)を1日2回程度投与し,浮腫などが改善するのを待つ。抜管後の喉頭浮腫(再挿管が必要なほどではないもの)に対してはデカドロン®,エピネフリンが入った吸入などで対処する。

気管チューブのカフが吻合部にかからないようにするために若干通常より深めの挿管になることが多く,片肺挿管になっていないことに注意。

装具および離床

頸部過伸展を抑制するための装具は頸部から肩にかけて固定するタイプを用いている。術後4~5日装着する。臥床時は付ける必要はない。気管チューブが抜管できたら,なるべく早期に離床,歩行を開始する。

経口摂取開始時期

気管吻合部の安静を保つため,経口摂取は術後4~5日目を目途に開始する。

気管切開

再挿管後時間(通常数日間)をおいて抜管を試みても,呼吸困難が続く場合や,縫合不全が生じた場合には気管切開が必要となる。この場合,気管吻合部より末梢に造設する。周囲への気道分泌物のたれ込みを防止するために,気管切開口に前頸筋を密に縫合する。さらに,皮下組織も,気管切開口に縫合する。これにより,気道分泌物が気管周囲,および皮下に拡散することを防止できる。

終わりに

気管端々吻合は開窓術と比較し,術後早期より発声が可能であること,頸部に醜形を残さないことなどにより高い術後QOLを期待できる手技である。また軟骨移植などによる気管形成と比較しても,手技は簡便であり,侵襲も少ないと考えられる。さらに,膜様部に浸潤が及んでいない場合は,術中気管チューブの交換が不要で,気管の血行温存に有利な膜様部温存術式が適している。

【文 献】
 

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