日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
濾胞性腫瘍における細胞診および組織診断の問題点
覚道 健一佐藤 伸也山下 弘幸
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2017 年 34 巻 3 号 p. 154-159

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抄録

第3版WHO分類,第7版甲状腺癌取り扱い規約では,境界悪性/前駆腫瘍の概念は導入されていない。WHO分類第4版(内分泌腫瘍)では,新たに境界悪性病変(前駆腫瘍)が甲状腺腫瘍分類に採用された。UMP(uncertain malignant potential)とNIFTP(Non-Invasive Follicular Thyroid neoplasm with Papillary-like nuclear features)が,境界悪性/前駆腫瘍として,良性でもない,悪性でもない腫瘍と定義された。これらの腫瘍は,病理医間で診断の不一致が起こりやすい病変であり,摘出により再発の可能性はほとんどない,癌としての治療が必要のない病変とされた。細胞診では,『意義不明』,『濾胞性腫瘍』,『悪性疑い』と診断される確率が高く,細胞診で濾胞性腫瘍と診断された場合,画像で腫瘍被膜浸潤,甲状腺被膜浸潤,転移を疑う所見がなければ,広範浸潤型濾胞癌,脈管浸潤を示す濾胞癌,低分化癌である可能性は極めて低い。すなわち画像上良性の細胞診濾胞性腫瘍結節は,経過観察も選択肢となる。今まで日本の外科医が実践してきた甲状腺結節の診療方針が間違っていないことを確かめることができた。しかし米国甲状腺学会ガイドラインでは,境界悪性腫瘍(NIFTP,WDT-UMP,FT-UMP)は摘出し病理組織学的に浸潤転移がないことを確認しなければならない病変(Surgical Disease)としている。

濾胞性腫瘍の問題点

濾胞性腫瘍の問題点は,濾胞腺腫と濾胞癌の病理診断に一致性,再現性が十分でない点に原因がある。そのため濾胞癌の予後,治療に関する論文にも大きな乖離がみられる。病理診断の不一致を解決できなかったことにより,異なる病理医の診断による濾胞癌の予後比較ができないことが大きな原因である。どの程度診断がぶれるかを示すため,最近米国より出版されたCiprianiらの論文を紹介する[]。1965年から2007年に濾胞癌として診断/治療された66例の濾胞癌の組織標本を3名の病理医が再検討したところ,47例(71%)が,濾胞癌ではないと診断が変更された。24例(34%)は乳頭癌に,5例(8%)は低分化癌,18例(27%)は濾胞腺腫と変更された。すなわち,今まで濾胞癌として治療され,予後解析に用いられてきた66例の内,19例(29%)だけが3名の病理医により濾胞癌と確認された。今まで腫瘍特異的生存率は10年83.5%,20年75.1%とされていたが,再診断により濾胞癌と確認された19例の腫瘍特異的生存率は10年77%,20年33.7%と大きく変化した[]。このようなことがあれば,今まで行われてきた多くの臨床研究の基盤が根拠を失うだけでなく,病理診断の診断基準に根本的な問題点があることを示している。病理診断はWHO分類を基本として世界的に統一基準で行われている。2017年6月に甲状腺腫瘍分類WHO分類第4版が出版され[],今まで問題とされてきたこれら多くの点の改善をめざし改訂された。本稿では特集の濾胞性腫瘍にかかわる点を紹介する。

甲状腺癌過剰治療への米国甲状腺学会(ATA)ガイドラインの取り組み

画像診断の進歩により,甲状腺癌の診断頻度が世界的に急増し,これらの患者に,癌の治療(甲状腺全摘+放射性ヨウ素治療)が必要かの疑問が疫学者から問題提起された[,]。2015年ATAガイドラインでは,甲状腺癌の過剰診断/過剰治療を解消するために,多くの改定が加えられた。以下の3点は,日本から発信された成果が,取り入れられた。Recommendation 12,甲状腺内の1cm以下の微小癌については,経過観察も治療の選択肢に加え,癌としての治療(甲状腺全摘+放射性ヨウ素治療)はしないことを推奨した。Recommendation 16Aでは,細胞診で濾胞性腫瘍の結節は,リスク分類が薦められ,今までの全例直ちに診断的葉切除を推奨する方針を訂正した。Recommendation 35B,38Aでは,低リスクの乳頭癌,濾胞癌は,癌としての治療(甲状腺全摘+放射性ヨウ素治療)は不必要で,葉切除で十分とされた[]。しかしこれらの甲状腺腫瘍は癌であることを前提として,過剰治療を姑息的に解決する,米国の社会的背景と論理をもとにした方策である。病理医はもっとストレートな別の方法を選択した。すなわち患者が腫瘍死しないとされるこれら甲状腺腫瘍を『癌』と診断することをやめる選択をした。癌と診断することにより,①臨床医が過剰に対応することを恐れたため,②患者が精神的に圧迫されることから解放するためである。これら甲状腺腫瘍は一部にリンパ節転移がみられること,周囲組織に浸潤する例があることより,病理学的定義からは癌(悪性腫瘍)である。しかしこれらの腫瘍は患者にとっては無害であり,腫瘍死の原因とならないことが明らかとなり,甲状腺癌の過剰診断/過剰治療をストップする方策として,病理医は,ATAの目指した解決策と異なる決断をした。これら甲状腺腫瘍を癌と呼ぶことをやめ,癌から異形成/境界悪性腫瘍/前駆腫瘍/前癌病変/非浸潤癌に格下げする方策を選択した。これには患者団体代表が強く『癌』を診断名から除くことを主張したこと,内分泌外科医が,『癌の病理診断を受けた結節を放置することはできない』と主張したことが大きく作用した。

境界悪性/前駆腫瘍

WHO分類第3版では,甲状腺腫瘍分類に,境界悪性/前駆腫瘍の概念は導入されていなかった。2017年6月に出版されたWHO分類第4版(内分泌腫瘍)では,新たに境界病変(前駆腫瘍)が甲状腺腫様分類に採用された[](表1)。今まで甲状腺腫瘍は,良性か悪性の二者択一で病理診断されていたため,所見不十分の場合には,良性と悪性の意見が病理医間で食い違うこと(Observer Variation)が知られていた[,]。意見の不一致は2点で起こることが知られており,①被膜浸潤,脈管浸潤が不完全なとき,②乳頭癌の核所見が不完全にみられるときに起こる。被膜浸潤,脈管浸潤が不完全なときは,上記Ciprianiの論文にみられた,濾胞腺腫と濾胞癌の診断で不一致が起こる。被膜浸潤,脈管浸潤が不完全な腫瘍をWilliamsは,follicular tumor of uncertain malignant potential(FT-UMP)と命名した。乳頭癌の核所見が不完全にみられる腫瘍は乳頭癌(非浸潤性被包型乳頭癌濾胞亜型)と濾胞腺腫の間で診断の不一致が起こる。これをwell differentiated tumor of uncertain malignant potential(WDT-UMP)と命名した[]。二つ合わせてUMP,TT-UMP(thyroid tumor of uncertain malignant potential)とも呼ばれる。しかしこれらの病理診断名は臨床からは歓迎されず,世界的に普及しなかった。

表 1 .

2017年度出版予定の甲状腺腫瘍のWHO分類(第4版)[

NIFTP(Non-Invasive Follicular Thyroid neoplasm with Papillary-like nuclear features)の提唱

非浸潤性被包型乳頭癌濾胞亜型は,乳頭癌に類似する核所見があることから,非浸潤型であっても第3版WHO分類では悪性(乳頭癌濾胞亜型)とされていた[]。しかしその後,被包非浸潤性の場合,再発転移がみられないことから,悪性腫瘍であることに疑問が出され,また乳頭癌に多い遺伝子変化(BRAF,RET/PTC)が確認できないことから,乳頭癌系譜の腫瘍であることにも疑問が出された。2015年210例の被包型乳頭癌濾胞亜型を24名の病理医が再検討し,浸潤性の腫瘍では転移,再発,腫瘍死が低頻度(12%)に起こるが,非浸潤性の確認された109例の腫瘍では平均14年の経過観察で転移,再発,腫瘍死がないことを確認した[10]。この結果から,癌の名称で呼ぶことをやめ,NIFTPと名称の変更を提唱し,境界悪性/前駆腫瘍と位置づけ,癌としての治療(甲状腺全摘+放射性ヨウ素治療)は必要ない腫瘍と結論した。日本甲状腺学会を含む多くの関連学会がこの論文の結論を承認し,第4版WHO分類に取り入れられた[]。境界悪性/前駆腫瘍の導入は,病理医による甲状腺癌の過剰診断/過剰治療の抑制への取り組みである。

境界悪性腫瘍と他臓器領域での取り扱い

異形成/境界悪性腫瘍/前駆腫瘍/前癌病変/非浸潤癌は,第3版WHO分類[],第7版甲状腺癌取り扱い規約では設定されていない[11]が,多くの他臓器領域では既に設定されており,一般に癌としての治療(臓器全摘+リンパ節郭清+抗癌剤治療)の対象とはされていない。子宮頸部の高度異形成(非浸潤癌)に対しては,過去に子宮全摘が行われたが,子宮全摘から円錐切除術に変更された。高度異型大腸腺管腺腫(粘膜内癌)に対しても,多くの例でEMR術が適応される。

2009年ATAガイドラインでは乳頭癌に甲状腺全摘+RAI治療を推奨したが[12],2015年ATAガイドラインでは,T1 or 2,N0,M0,Ex0の乳頭癌,濾胞癌は,甲状腺葉切除で十分な治療と記述され,より抑制的治療に変更された[]。これらの腫瘍は2015年ガイドラインから,癌の治療(甲状腺全摘+放射性ヨウ素治療)の対象外と変更された。すなわち癌ではない,他臓器の境界悪性/前駆腫瘍(癌以下の病変)と同列の扱いと変更した。

細胞診における濾胞性腫瘍の問題点

甲状腺細胞診の米国様式[13],イタリア様式[14],英国様式[15]のすべてで,鑑別困難は,2分割されている。いずれも低危険度群(Low-risk)と高危険度群(High-risk)に2分割している。ここでは乳頭癌の核所見の有無は考慮されず(明確であれば悪性または悪性疑い),そのため,低危険度群と高危険度群のいずれも,手術すると乳頭癌が含まれている。一方日本甲状腺学会推奨の日本様式は,乳頭癌の核所見があるか否かで鑑別困難を2分類し,乳頭癌の核所見のない濾胞性腫瘍A群と,不完全な乳頭癌の核所見のあるB群に分類する[1617]。そのため,手術例からは,乳頭癌は圧倒的にB群に多く含まれる[1819]。

本特集のテーマである濾胞性腫瘍は,細胞診での鑑別困難の高危険群とされ,Bethesda診断様式では,切除例の癌の確率は15~30%と推定されている[13]。最近話題となったNIFTPなどの境界悪性/前駆腫瘍は鑑別困難に診断される比率が高く,鑑別困難に術前診断された甲状腺癌の30~50%程度をNIFTPが占めると報告された[2024]。すなわち甲状腺腫瘍分類に悪性腫瘍と良性腫瘍に加えて,境界悪性腫瘍のカテゴリーを導入すると,細胞診にも大きな波及効果があり,今まで鑑別困難は良性と悪性の区別ができない『良性か悪性か区別できない=灰色の=役に立たない』カテゴリーと誤解されていたが,境界悪性/前駆腫瘍を診断する細胞診カテゴリーの役割を与えられ,他臓器診断と同様に前駆病変/異形成/前癌病変/非浸潤癌を受け入れる診断カテゴリーに衣替えが予想される[2526]。われわれは日本甲状腺学会の診断様式で提案した,鑑別困難A(濾胞性腫瘍)と,鑑別困難B(その他濾胞性腫瘍以外,乳頭癌系)から発展させた,異形成A(濾胞性腫瘍,RAS腫瘍群)と異形成B(乳頭癌系腫瘍,BRAF腫瘍群)に分けることを提案している[2526](表2)。

表 2 .

境界腫瘍導入後の甲状腺細胞診の診断様式(私案)[2526

あまり注目されていないが,第4版WHO分類では,濾胞腺腫と濾胞癌の間にFT-UMP(follicular tumor of uncertain malignant potential)を境界悪性/前駆腫瘍として設定した[]。現在甲状腺細胞診では微少浸潤型濾胞癌と濾胞腺腫の細胞診断が解決できない問題とされ,細胞診でこの区別ができないことから,良性腫瘍(濾胞腺腫)と悪性腫瘍(濾胞癌)の両者を包含した濾胞性腫瘍の細胞診断名が生まれた[27]。しかしFT-UMPは現在悪性とされる微少浸潤型濾胞癌の相当部分を占め,Ciprianiの論文で証明されたように,相当数の濾胞癌が良性の濾胞腺腫(またはFT-UMP)に,第4版WHO分類に従い診断変更されると想定される。細胞診で濾胞性腫瘍とされた結節で,組織診断で濾胞癌とされる結節は激減する(境界悪性のFT-UMP,良性の濾胞腺腫に変更される)と予想される。またNIFTPについても,細胞診で濾胞性腫瘍に診断される例が30~50%とされ,術前細胞診と画像で,ある程度の推定診断が可能との論文が発表されている[2830]。すなわち,細胞診で濾胞性腫瘍と診断される結節の大多数は,良性の濾胞腺腫と境界悪性腫瘍(NIFTP,WDT-UMP,FT-UMP)であり,再発転移をきたす可能性がある広範浸潤型濾胞癌,脈管浸潤を示す濾胞癌,低分化癌はごく少数と考えられる。すなわち,細胞診で濾胞性腫瘍と診断された場合,画像で腫瘍被膜浸潤,甲状腺被膜浸潤,転移を疑う所見がなければ,治療を必要とする広範浸潤型濾胞癌,脈管浸潤を示す濾胞癌,低分化癌である可能性は極めて低い。すなわち手術せず経過観察も選択肢となる。今まで日本の外科医が実践してきた甲状腺結節の診療方針が間違っていないことを,甲状腺腫瘍分類に境界悪性腫瘍の概念を導入することにより,確かめることができた。しかし欧米では,境界悪性腫瘍NIFTP,WDT-UMP,FT-UMPは摘出し病理組織学的に浸潤転移がないことを確認しなければならない病変(Surgical Disease)と,まだ主張している。

境界悪性腫瘍導入にあたっての臨床上の問題点

第3版WHO分類までは,甲状腺腫瘍の診断では良性と悪性腫瘍の二者択一が求められ,良性と悪性の診断のブレが病理診断の問題であった。これを解決するために第4版WHO分類に境界悪性腫瘍が導入され,病理診断は良性と悪性の二者択一から,良性でもない,悪性でもない境界悪性腫瘍が病理診断に加わった。しかしこれを臨床医との合意なく現時点で導入すると実臨床では若干の混乱が生じる可能性が指摘されている。NIFTP,WDT-UMPは細胞診で微妙な乳頭癌の核所見を有し,細胞診では多くの例で意義不明,鑑別困難B,濾胞性腫瘍,悪性疑いなどと診断される。稀に『悪性疑い』,または『悪性』と細胞診断された例が,組織診断で被包型乳頭癌濾胞亜型の病理組織所見を示し,被膜浸潤がないことから,NIFTP(境界悪性/前駆腫瘍)と診断された場合,細胞診が誤陽性の扱いとなり,患者/医師の信頼関係に悪影響を予想する向きもある。欧米ではrisk of neoplasia(腫瘍の確率)の概念を導入し,境界腫瘍であっても,腫瘍であり,誤陽性と判定せず,これを正診と位置づけ解決した。しかし日本の臨床医は『悪性疑い』と細胞診し,手術後NIFTPの診断を受け取ったとき,まだ正診とは受け取る習慣は確立していないと思われる。またがん保険加入者にあっては,保険の支払が良性扱いになるなどの社会的な問題も生じると予想される。最近の超音波の診断能は優れており,その画像所見と細胞所見とを総合してNIFTPの可能性まで術前に説明するのが理想的であるが,現在NIFTPなど境界悪性腫瘍の術前診断は確立されていない。これらの社会的問題を含めて境界悪性腫瘍の概念が定着し,多くの臨床医にとって境界悪性腫瘍の診断が(患者だけでなく)診療上もメリットと感じるまでに時間が必要と考えている。

【文 献】
 

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