日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Print ISSN : 2186-9545
症例報告
進行甲状腺癌にレンバチニブを使用した維持透析患者の1例
松尾 知平池田 達彦河村 千登星佐々木 啓太高木 理央星 葵周山 理沙田地 佳那市岡 恵美香井口 研子坂東 裕子原 尚人
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2017 年 34 巻 3 号 p. 195-199

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抄録

根治切除不能な放射性ヨウ素内用療法(RAI)抵抗性の甲状腺癌患者に対してレンバチニブの保険適用が承認されたが,血液透析患者に対する適切な投与方法は不明確であり,有効性や安全性についても未だ報告はされていない。

今回われわれは血液透析中の根治切除不能な甲状腺癌患者に対してレンバチニブを使用した1例を経験した。本症例では過去の文献を踏まえレンバチニブの初回投与量を14mg/日とした。有効性についてはday139の時点で腫瘍縮小率42%と治療効果を認めた。一方,安全性についてはGrade3の手足症候群・下痢・高血圧,Grade1・2の気管支出血・肺感染症・肝機能障害・血小板数減少・悪心・疲労感を認めたが適宜休薬・減量を行いレンバチニブの継続投与が可能だった。本症例の詳細な検討に安全性や初回投与量に関する文献的考察を加え報告する。

背 景

SELECT試験でRAI抵抗性分化型甲状腺癌におけるレンバチニブの投与は無増悪生存期間を優位に延長させる(p<0.001,レンバチニブ18.3カ月 vs プラセボ3.6カ月(中央値),ハザード比0.21(99%信頼区間=0.14~0.31))ことが示された[]。この結果を受けて本邦でも2015年3月より根治切除不能なRAI抵抗性の甲状腺癌患者に対してレンバチニブの保険適用が承認され,以降レンバチニブの有効性・安全性について多くの報告がなされている。特に腎機能に関しては,中山らが腎機能障害を有する甲状腺癌患者に対してレンバチニブを継続投与可能であった1例を報告している[]。また菅沼らは甲状腺癌患者におけるレンバチニブの腎機能への影響を検討しており,レンバチニブの投与前後で腎機能に明確な差はなかったと報告している[]。

一方,血液透析患者に対するレンバチニブの有効性・安全性を検討した報告は未だなく,今回われわれは血液透析中の甲状腺癌患者に対してレンバチニブを使用した症例を経験したため文献的考察を加え報告する。

症 例

患 者:78歳。女性。

既往歴:40歳時,子宮筋腫に対して手術。63歳時,緑内障に対して硝子体手術。

併存疾患:糖尿病性腎症で2014年2月より血液透析中。両眼糖尿病網膜症(福田分類 A1/A1)。左下肢閉塞性動脈硬化症。左足趾潰瘍。高血圧。骨粗鬆症。

生活歴・家族歴:飲酒・喫煙なし。その他特記事項なし。

現病歴:2007年に甲状腺乳頭癌に対して甲状腺全摘および右頸部リンパ節郭清術(D2a)を施行し,病理結果はpT3N1bM0 pStageIVAだった。2009年に胸部CTで多発肺転移を認めたが,当時放射性ヨウ素内用療法を実施可能な施設への入院が困難であり,微小転移で自覚症状もないことから経過観察とした。2011年に左頸部リンパ節転移を認め左頸部リンパ節郭清術(D2a)を施行した。2015年7月に血清サイログロブリン値が3,571ng/mLと上昇し頸胸部CTで左上内深頸リンパ節・右傍咽頭間隙・上縦隔・両側肺門リンパ節転移と多発肺転移の増大を認めた(図1)。同年11月に131-Iシンチグラフィ(13mCi)で転移巣に集積を認めずRAI抵抗性と判断した。無治療では肺門部や右傍咽頭間隙リンパ節転移の増大・浸潤により止血困難な気管支出血や気道閉塞などの致死的合併症をきたす可能性が高いと考えレンバチニブの使用を検討した。透析患者におけるレンバチニブの使用について腫瘍内科・腎臓内科・皮膚科・血管外科と協議の上,①有効性・安全性が証明されていないこと,②他の有効性と安全性が証明されている代替治療がないこと,③臨床試験よりも有害事象が増強して出現する可能性があること,④高血圧の悪化により透析に支障が出る可能性があること,⑤下肢の血流低下や足壊疽が悪化し下肢切断のリスクが高まる可能性があること,⑥気管支出血・心筋梗塞・脳梗塞・脳出血など致死的な合併症をきたす可能性があること,⑦治療継続可能であれば癌の進行や症状の発現を遅らせられる可能性があることなどのリスク・ベネフィットを患者・御家族に十分に説明した結果,レンバチニブの使用を希望され入院となった。

図1.

レンバチニブ投与前のCT所見

a,b:2010年1月 c,d:2015年7月:右肺門部および右傍咽頭間隙リンパ節転移

現 症:PS1。左側頸部に疼痛を伴った腫瘤を触知した。皮膚浸潤は認めなかった。左下肢冷感・疼痛・感覚異常を認めた。左足背動脈触知不良だった。左第5趾外側足底に小豆大の潰瘍を認め,左第1趾尖部の米粒大の潰瘍を認めた。

血液検査所見:血清サイログロブリン値4,992ng/mL,抗サイログロブリン抗体(−)。

治療経過:2015年11月にレンバチニブを初回投与量14mg/日で開始した。Day30の頸胸部CTで多発リンパ節転移,多発肺転移は全体的に縮小を認めた。有害事象により休薬することなくday39に退院となった。Day45に血清サイログロブリン値が95ng/mL(図2)と著明な低下を認めた。Day70に手足症候群Grade3のため休薬とした。Day84に手足症候群がGrade1に改善したため,レンバチニブを10mg/日に減量し再開した。Day119に下痢Grade3のため再度休薬とした。Day139に頸胸部CTで更に転移巣の縮小を認めた(図3)。Day161にレンバチニブを10mg/日で投与再開し,以降レンバチニブによる有害事象での休薬はなく経過している。

図2.

血清サイログロブリン値の推移

図3.

レンバチニブ投与後のCT所見

a,b:2015年12月(day30):右肺門部リンパ節転移,右傍咽頭間隙リンパ節転移,肺転移

c:2016年4月(day139):右肺門部リンパ節転移,肺転移

有効性に関してはday139の時点で腫瘍縮小率42%であり,RECIST ver.1.1に基づく治療効果判定はPRだった。

安全性に関してはGrade3の有害事象として手足症候群・下痢・高血圧を認めたが,各々適切な休薬・減量を行いレンバチニブの継続投与が可能だった。その他Grade1・2の有害事象として気管支出血・肺感染症・肝機能障害・血小板数減少・悪心・疲労感を認めたがいずれも保存的治療で改善を認めた(表1)。全経過を通して血液透析前後で変動する高血圧の管理に難渋したが,ニフェジピンL錠を透析日:1錠・分1夕,非透析日:2錠・分2朝夕と透析前を避けて投与することで透析を延期・中断することなく血圧コントロールが可能だった(図4)。その他の有害事象については非透析患者と同様の管理で安全に治療継続可能だった。

表1.

有害事象と処置

図4.

コントロール前後の血圧の推移(横軸※は透析日)

左:コントロール前 右:コントロール後

考 察

今回われわれは血液透析中の根治切除不能な甲状腺癌患者に対してレンバチニブの投与を行った。しかし現時点で血液透析中の甲状腺癌患者に対してレンバチニブを使用した症例は報告されておらず,また同患者群は第Ⅲ相臨床試験であるSELECT試験からも除外されており,薬剤の投与方法や有効性・安全性については不明確である。そのため医療安全の点から透析患者への安易な使用は控えるべきだが,life threateningな病態かつ他に有効性・安全性の証明された治療がない本症例においては,関連する各科との協議や患者・家族への十分なインフォームド・コンセントを行った上で使用を検討することとなった。

文献では甲状腺癌に対して既に承認されているチロシンキナーゼ阻害剤のソラフェニブにおいて少数ではあるが血液透析中の腎細胞癌および肝細胞癌患者に対する使用報告があり,今回われわれはこれらの報告を治療方法決定の一助とした[]。

一般的にチロシンキナーゼ阻害剤の代謝経路は肝代謝・糞中排泄が80%程度であり,尿中排泄は15~20%である[,]。またKennokiらによるとソラフェニブは血液透析で除去されないとされており,透析中はソラフェニブの血中濃度が上昇し1日の最大血中濃度(Cmax)に達すると報告されている[]。しかしながら透析患者のCmaxや血中濃度-時間曲線下面積を正常腎機能患者のものと比較すると同等~わずかに低値を示すことが報告されており,加えてKennokiらはソラフェニブの血中濃度と治療効果,有害事象との間には一定の関連性はないと報告している[,]。

一方,有害事象に関しては血液透析患者において頻度や程度が悪化する傾向にある。Kennokiらは透析患者では心血管系の合併症や血小板数減少・出血・貧血の有害事象を多く認め,皮膚疾患や肝機能障害は透析患者で少なかったと報告している[]。またOmaeらは長期透析患者と短期透析患者を比較するとGrade4以上の有害事象は長期透析患者のみで認め,症例数は少ないが長期透析は多変量解析で独立した予後不良因子であったと報告している[]。

このようにソラフェニブの血中濃度と有害事象との間に関連性がないにもかかわらず,有害事象は透析患者において増強する傾向にある。これは透析患者で有害事象が増強する理由がソラフェニブの血中濃度上昇ではなく,透析患者に多くみられる動脈硬化や血管の脆弱化などの器質的素因が大きな要因であるためと推測される。

本症例の場合,透析期間2年と短期透析患者ではあるが閉塞性動脈硬化症や足壊疽がみられることから有害事象のリスクが高いと考えられ,われわれは初回投与量の減量が必要と判断した。CALGB 60301では透析患者に対するソラフェニブの初回投与量として200mg/dayを推奨しており[10],他の報告では減量開始時の初回投与量として200mg/dayもしくは400mg/dayを選択している報告が多いことから[,,1113],本症例でもレンバチニブの初回投与量を通常の半量程度に減量することとし14mg/dayから治療開始とした。

おわりに

血液透析患者に対してレンバチニブを有効かつ安全に投与することができた症例を経験した。また過去の文献からは有害事象や投与方法については透析中の薬物動態だけでなく患者側の素因を考慮することが重要であることが示唆された。

一方,本症例では血液透析中のレンバチニブの薬物動態について分析を行っていないため,薬物動態に対する血液透析の真の影響は不明確なままである。今後血液透析患者に対する適切なレンバチニブの使用方法を明確にするために,初回投与量に応じた①透析日と非透析日における血中濃度の推移,②有効性,③血中濃度と有害事象の関係性,④器質的素因と有害事象の関連性の評価が必要と考える。

【文 献】
 

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