日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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原著
当科における甲状腺未分化癌12例の検討
渡邉 佳紀田中 信三平塚 康之吉田 尚生草野 純子森田 勲松永 桃子
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2018 年 35 巻 4 号 p. 277-281

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抄録

甲状腺未分化癌は急速に進行する極めて予後不良な悪性腫瘍である。発生が少なく,これまで治療の確立が困難であった。本邦では甲状腺未分化癌コンソーシアムによる解析から多くの情報がもたらされ始めた。また分子標的薬Lenvatinib(以下,LENV)が保険収載され,新たな治療手段として注目されている。今回われわれは,当科で初回治療した甲状腺未分化癌の治療成績から,当科での今後の治療方針を再考した。対象は,2006年から2016年までの11年間に当科で初回治療を行った12例。診療録調査。結果は,男女比6:6,平均年齢76歳,観察期間中央値176日,初診時に42%の例で遠隔転移があった。治療は,手術単独:1例,手術+化学放射線療法:3例,手術+LENV:2例,化学放射線療法:2例,LENV単独:2例,無治療:2例であった。生存期間は29から574日(中央値176日)で,手術を行った群で中央値320日,術後追加治療を行った例で中央値338日と長かった。LENV導入4例のうち3例では,外来通院で加療継続でき,手術後にLENVを導入した群で生存期間中央値456日と長かった。全例原病死であったが,手術の介入にて局所・頸部の制御ができた例では生存期間は長かった。遠隔転移の有無に関わらず,局所・頸部の制御を目的とした積極的な手術介入と薬物療法を含む術後追加治療にて生存期間延長が期待できる可能性が示唆された。

はじめに

甲状腺未分化癌(以下,ATC)は,急速に進行する極めて予後不良な悪性腫瘍である。全甲状腺癌例の1~2%と発生が少ないこと,生存期間中央値が5~6カ月と惨憺たる成績であることから有効な治療法の確立が難しいとされてきた[]。本邦では2009年に甲状腺未分化癌研究コンソーシアム(以下,ATCCJ)が設立され,集計結果から様々な情報がもたらされ,治療法の確立が進められている[]。また,Weekly paclitaxelの高い安全性と効果が確認され,ATCに対する標準的化学療法に位置づけられ,これまでになかった有効な化学療法が報告され始めた[]。さらに,2015年5月より切除不能な甲状腺未分化癌に対する分子標的薬Lenvatinib(以下,LENV)が保険収載され,新たな治療手段として注目されている[11]。今回われわれは,当科で初回治療した甲状腺未分化癌12例の治療成績から,分子標的治療を念頭に入れた今後の集学的治療の可能性を検討した。

対象と方法

対象:2006年から2016年までの約10年間に当科で初回治療を行ったATCの12例。

方法:診療録調査による後方視的症例集積研究。生存率曲線は,Kaplan-Meier法で作成し,生存期間の統計学的検定には,Log rank検定(エクセル統計)を用いた。また,TNM分類は国際対がん連合(UICC)のTNM分類 第7版を使用した。

結 果

男女比は6:6,年齢は61~95歳(平均76歳),観察期間は29~574日(中央値176日)。cStage IVAはおらず,cStage IVBが7例(58%),遠隔転移巣を有するcStage IVCが5例(42%)であった。遠隔転移巣は,肺が4例,縦隔リンパ節1例,脊椎1例で,1例で肺転移と脊椎転移が併存していた(表1)。

表1.

当科のATC治療例

ATCの診断は,9例が細胞診(1例は他院),3例が術中迅速組織診断で行われていた。

治療は,手術単独が1例,手術+術後追加治療が5例,化学放射線療法が2例,分子標的薬を用いた薬物療法単独が2例(全例LENV),無治療が2例であった。

LENVは,全例24mg/日から開始した。LENV単独治療例はともに総頸動脈や腕頭動脈を全周性に取り巻く腫瘍が存在した例であった。他の2例は手術後の再発病巣,残存病巣を標的として投与した(表2)。

表2.

LENV導入例の治療経過

転帰は,全例が原病死で,直接的な死因が原発巣によるものは6例,遠隔転移巣によるもの(以下,遠隔死)は5例,原因不明が1例であった(表1)。生存期間は,29~574日(中央値176日)。cStage別で生存期間に差はなかった(図1)。無治療となった2例を除く10例で,手術を行った群(手術群)と手術を行わなかった群(非手術群)で比較すると,前者の生存期間中央値は320日,後者は95日であり,手術群の生存期間が長い傾向にあった(図2)。また,手術+術後追加治療例の生存期間は224~574日(中央値338日)と長期であった(表1)。手術単独例は,LENV導入前の1例のみで,生存期間は64日と短く,R1(癌の顕微鏡的残存が疑われる)かつ術後追加治療ができなかった例であった。

図1.

cStage別生存曲線

図2.

治療手段としての手術の有無別生存曲線

手術群かつR0(癌の遺残がない)の2例は,生存期間が長く(301日,574日),いずれも遠隔死であった。またこのうち,術後治療としてLENVを使用した例は,574日と本検討群で最長の生存期間であった。

頸部の根治術後の腹腔内リンパ節再発に対してLENVを投与した1例は,進行する血小板減少にて維持量10mg/日となった(表2)。1年1カ月の長期間内服が可能で,腹部再発巣による十二指腸閉塞が死因となったが,局所と頸部は制御ができ,574日と最長の生存期間であった。術後の頸部残存腫瘍に対して,5カ月間24mg/日の投与を継続できた他例は,全身倦怠感,さらに腫瘍の急速増大にて投与経路を経たれ,338日で原病死した。

LENV単独例では,頸動脈出血の兆候があり8日目に中止となった例,蛋白尿で20mgの維持量とし2カ月内服継続した例があったが,生存期間は93,97日と同等であった。

ATCの予後と相関するprognostic index(以下,PI)の4項目である①急性増悪症状,②腫瘍径>5cm,③遠隔転移あり,④白血球数≧10,000/mm3では,6カ月生存12%とされるPI3項目以上を有するものは7例(58%)であった[]。予後良好を示すPI0または1の症例では,224~574日の長期生存が得られた。

考 察

ATCは,診断時に約70%に原発巣が隣接臓器に浸潤していること,約半数に遠隔転移があることから根治的治療が不可能なことも多い。各施設から症例報告や検討報告が見られるが,これまで高いエビデンスレベルに基づく有効な治療方法の確立は困難であった。本邦では,ATCCJの設立により世界に類をみないほどの膨大な臨床データが集積され,予後因子[],手術や化学療法ならびに薬物療法の意義と有効性などが解析され[11],臨床病期ごとの治療手段の構築がなされ始めている[]。

肉眼的な根治手術と術後追加治療しえた例の予後が良いことは明白である。当科の検討でも,手術+術後追加治療を行ったものの生存期間は長く,局所制御しえた2例は癌の遺残がないR0で,かつ術後追加治療を行っていた。このうち,遠隔転移を要する例でも,1年近く生存していたため局所制御の意義は大きいと言える。ただ,当科で積極的手術を行った6例のうち5例では,術前にATCと診断されておらず術後病理組織診断で判明した例であった。一方で,術前の細胞診あるいは術中迅速組織診断結果でATCと診断されていた6例のうち5例では手術以外の方法が選択されていた。後方視的に見れば,超高齢者や総頸動脈への広範な浸潤を伴い切除不可能な例も存在する反面,局所と頸部の根治切除が可能と思われた症例も含まれていた。また術前にATCと診断されていない手術例の5例においては,気管,喉頭や食道などの周囲臓器浸潤部に対し,気管表層切除,甲状軟骨部分切除や腫瘍部分のみの食道筋層切除など機能温存のため,R1(癌の顕微鏡的遺残が疑われる)に留める例もあった。術後にATCと診断された,いわゆるincidental ATCでも根治切除しえた例では長期予後が期待できるとする報告があり[12],術後の嚥下機能や喉頭機能に配慮しつつも,R0を目指した手術計画を立てていきたい。

多くが進行した状態で発見され,その悪性度故に,拡大切除を含む積極的な手術が躊躇されることもあるが,Itoらは,隣接臓器に浸潤を伴う症例においても根治手術しえた例は,cT4a(甲状腺内限局)の根治切除例と予後が同等であり,一方で,根治切除しえなかった例は,遠隔転移並存例と同等であったと報告している[13]。また,遠隔転移の有無に関わらず,可能な限り切除し術後化学放射線療法を行うことで予後向上に繋がるという報告もある[14]。局所や頸部の制御は長期生存の可能性があることがうかがえる。小野田らは,甲状腺被膜を超える伸展のあるcStage IVBに対して予後が見込める症例で肉眼的完全切除,遠隔転移のあるcStage IVCに対しても局所制御や集学的治療の効果延長,QOL向上を目的とした完全切除または減量手術も許容されるとしている[]。また,拡大切除についても,詳細な予後評価を行った上で十分インフォームドコンセントを得ることを前提に,皮下軟部組織,喉頭,気管,食道あるいは反回神経などの合併切除も考慮して良いとしている。またSugitaniらは,①気管,喉頭,咽頭,食道の部分切除あるいは全摘,②骨操作を要する縦隔手術,③主要な大血管の切除を要した「超拡大手術」を行ったcStage IVB 23例では1年疾患特異的生存率が33%であり,症例を吟味すれば(執刀医の手術技術,予後因子などを用いた腫瘍の生物学的悪性度,患者の全身状態,患者と家族の理解など),「超拡大手術」の適応があると報告している[15]。

当科の手術群で追加治療を行った5例は,生存期間が224~574日と他に比べ長期であった。当科で局所手術を行っていない6例のうち4例は気道閉塞あるいは頸動脈破裂で死亡しており,生存期間も短かった。やはり局所の制御は長期予後に繋がると考えられる。

当科での検討でも,次に挙げる1例を除き,概ねPIと予後は相関していた。無治療で生存期間384日と長期な1例が存在した。周囲臓器浸潤のない原発巣,一側鎖骨上窩の単発頸部リンパ節転移,大血管や気管に接さない比較的小さな縦隔リンパ節転移,PI3であった。死因は気道閉塞であった。当時局所と領域の切除と追加治療にて局所コントロールできた可能性はある。また,治療前診断が細胞診でなされていたため,ATCでなかった可能性もあり,治療方針の決定のためには組織診断が重要であることが示唆された。

LENV導入4例のうち手術適応外の2例は,総頸動脈の全周性伸展があり,頸動脈出血や破裂などの致死的合併症や他治療(化学放射線治療など)の説明のもとでLENVが選択された。気管切開をした例では,腫瘍縮小・壊死による内容物が気管切開孔や食道瘻から漏出し,総頸動脈周囲が死腔となり予兆出血にてLENV投与8日目と早期中止としたが,結果的に頸動脈破裂にて原病死となった。これを受け,他例では,気道狭窄はなかったために頸部処置をせずにLENVを導入した。腫瘍床は液状化するも含気や死腔はなく退院し2カ月外来通院にて治療しえた。

LENV導入前の症例は,ほぼ全例が初回治療から入院のままで死亡していたが,LENV導入4例のうち3例は,外来通院可能となった。一方で,頸動脈破裂や気管瘻などの致死的合併症や高率に起こる高血圧や蛋白尿,食思不振,倦怠感に十分留意する必要があった。

ATCに対する放射線治療の有効性は明確であり,局所や頸部制御に関しては術後治療の第一選択であると考える。Soらは,R1であっても50Gy以上の術後追加放射線治療を行うことで生存期間中は全例で局所制御できていたと報告している[16]。また手術の有無を含めた放射線治療,姑息的放射線治療においても,それぞれ77.8%,66.7%と高い局所制御率であったと報告している。Jacobsenらは,64Gyの過分割加速放射線療法で術後追加治療を行った例では死因が気道閉塞であった例はなかったと報告している[17]。また生存期間中央値19カ月と長期であった。

以上より,分子標的薬を念頭に入れた今後のATCの治療方針は,小野田らの提唱するATC治療戦略を基とし,術前・術中にATCと診断された例でも,全身状態やPIを含めた予後予測を検討し,積極的に局所・頸部制御のための手術を行うべきである。まずは術前組織診断が重要であり,R0手術を目指した術前化学療法[]や「超拡大切除」[15],術後放射線治療[1617]の追加を標準化して導入する必要があると考えられた。R0手術が困難な例,遠隔病巣並存例などでも,放射線治療や薬物療法を含めた集学的治療の一環として,局所・頸部制御のための手術治療が生存延長に繋がると考えられた。

おわりに

当科で初回治療を行った甲状腺未分化癌の治療成績を検討した。

手術と術後追加治療を行った例で生存期間が長かった。

分子標的治療を念頭に入れた手術,放射線,薬物療法を含めた集学的治療にて,長期生存が期待できると考えられた。

本論文の要旨は第49回日本甲状腺外科学会学術集会(2016年10月27日,甲府)にて口演発表した。

【文 献】
 

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